解放

 俺が撮り鉄をやっていた頃に体験した話だ。そろそろ話してもいい頃だと思う。


 やっていた、と言う通りに俺は昔は撮り鉄だった。高いカメラを揃え、レンズを何本も買い、カメラワークの勉強をして、暇さえあれば三脚を担いで日本中を駆け回っては電車の写真を撮った。

 割と狭い界隈なだけに、どこにいっても撮影する時に似たような連中と出会う。そうなると同好の士というか、知り合いも自然と出来ていくものだ。俺はAという若い男が中心になった数人ほどの撮り鉄のグループと知り合いになった。

 その後、意気投合し、グループの一員……というほどでは無いにせよ、Aのグループとは何度か一緒に写真を撮るようになった。

 当時は俺もまだ若くて、そして無軌道で、非常識だった。Aのグループは強引なやり方で写真を撮るタイプだった。

 私有地に平然と立ち入る、畑を踏み荒らす、撮影の邪魔になるものを勝手に撤去する、他所様の土地なのに俺たちの撮影スポットだと勝手に独占する。

 恥ずかしながら白状するが、俺もAと一緒になって同じような事をした。若気の至りもあったし、当時は熱中するあまり「常識」という当たり前の行動を蔑ろにしていた。

 でも、俺は撮り鉄を辞めた。辞めるに値する事件が起きたからだ。


 切欠はとある夏の日だった。

 俺が撮影のスケジュールを練っていると、Aから連絡が入った。良い撮影スポットを見つけた、お前は俺の仲間だから特別に教えてやる、一緒に撮りに行こう。そんな旨の連絡だった。

 二つ返事でOKを出すと、俺は撮影機材を引っ掴んで車に乗った。

 撮影場所は明かせないが、川を一本挟んで線路を眺める事のできる、山奥のスポットだ。このローカル線を目当てに写真を撮る連中は沢山いるが、撮影に適した場所は基本的にどこも撮り鉄が占拠し、場所の取り合いになってしまう。

 Aが見つけたのは、山の中を少し歩いて向かう、地図の空白の場所。現地の写真や地図を参考にして、ここなら良い画が撮れると確信していたという。


 撮影当日、俺はAのグループと合流して山道を走らせて目的地についた。

 それはもはや電車の撮影というよりは、完全にジャングルの秘境で幻の生き物を撮影するような、そんな強行軍だった。夏だから虫も多かった。

 10分ほど沢を下ると、やや開けた場所に出た。そこは中々の撮影スポットで、アングルを確かめた俺はこれだけの苦労を重ねる価値があった、と確信した。

 ただ一つは、カメラを立てやすいと思われる場所に邪魔なものが立っていた。


 この大自然のど真ん中に似つかわしくない、1メートルほどの石柱。

 それを囲うストーンヘンジのように、石の塊が放射線状に積み上げられていた。

 長らく人が踏み入ってないのだろう。その石は苔むしていた。何かの慰霊碑か……それとも墓か?

 その時、俺はどことなく強い違和感のような、何か不気味な雰囲気を感じていた。こんな場所に、意味のわからない物があれば誰だってそう思うだろう。


 Aのグループはカメラを展開しながら、石柱が邪魔だと言い始めた。

 よけて撮るアングルもあっただろうが、石柱が積み上げられた石が「完璧な構図」を完全に邪魔していると思ったのだ。

 こいつを倒してしまおう。そんな事を言い始めると、Aのグループは周囲の積みあがった石や石柱を力づくで倒し始めた。電車が来るまで時間はあった、まるで楽しむようにそれらを蹴散らし、壊し始めた。

 俺は気味が悪くなった。なんだかバチあたりな事になりそうで、俺は「他にいいアングルがないか探してくる」と言って、その場を離れた。

 円柱はかなり土の深くまで突き刺さっているようだった、Aのグループはやっとの思いで石柱を倒したのか、俺が別の場所でカメラを展開させていると、Aたちのいる方向から「おーっ」と声が響いた。

 俺は結局、そのまま離れた場所で撮影する事にした。冷静になって「俺らがしている事ってやってはいけない事なのでは?」という気持ちになり、Aのグループと距離を取りたくなったのもある。

 その選択は正しかった。


 その日の撮影は円滑に終了した。

 ただ、撮影が終わる頃には夏だと言うのにやけに周辺は冷えていた。

 俺はそそくさと撤収準備し、10分かけて沢を進み、山道の脇に停めた車に乗り込んだ。Aたちのグループも撮影から戻ってきて、ご満悦の様子だった。

 それから、打ち上げをして、晩には解散になり、各々が自宅へと帰っていった。



 次にAたちと会ったのは1ヵ月後のことだった。この時は某地方のとある駅近く、住宅街と畑が広がるポイントでの撮影だった。打ち合わせはしていなかったが、Aと鉢合わせした。

 セッティングを終え、待ち時間にAと世間話をしていたが、Aのグループは皆気が立っているというか、以前よりも神経質な感じだった。

 どういう事かと話を聞くと、ここ最近の撮影活動は満足に行えていないらしい。どれだけ完璧な撮影をしようにも、邪魔な人影がぽつぽつと写真に写り込んでしまう。

 大声で退くように言っても聞く耳を持ちやしないので、Aたちは大声で罵倒したというが、それでも人影は消えない。撮影が終わっても、その人影はこちらをじっと見てくるのだと言う。

 それは大変ですねえ、と俺は答えた。すぐに、電車がやってきた。


 バシャバシャとシャッターを切る音が響く、周りの撮り鉄たちも同じようにバシャバシャとシャッターを切った。

 Aのグループが「どけ!」「ふざけんな消えろ!」と不意にいきなり大声を上げた。いきなりの出来事に俺はビクッと震えた。周りの撮り鉄たちも同じような反応をした。

 電車から去った後、Aのグループは「あーあ」と呆れ半分、怒り半分と言った様子でファインダーから目を離した。


「どうして大声なんか上げたんですか」

 俺は反射的にAに言っていた、逆にAは驚いた。

「なんでって、また誰か現れて邪魔したんだ」

「誰って……」


 俺は思っていた事を口にした。


「誰もいなかったですよ」


 Aのグループは、それまでの怒りが嘘のようにしんと静まり返った。

 だが、咄嗟にAのグループの1人が撮ってきた写真を見せてきた。デジカメのディスプレイに映った写真を見せつける。ここだ、ここにいるんだ、と。あいつら、まだあの場所から俺らをずっと見ているんだよ。

 俺はさらに震えた。その写真は何一つ代わり映えしなかった。俺が今撮った写真と同じ、電車と風景だけの写真が。指差した方向、電車が消えた線路の向こうには無人の風景だけが広がっている。

 それからの反応は劇的で「俺を騙そうとしているんだろ」「嘘だろ」「まさか」とAのグループは狼狽した。Aは「何か疲れてるんだろう、ここ最近、あちこち強行軍で飛び回っていたからな」と、やけに冷静になって場を修めようとした。

 だが、俺にはすぐにわかった。Aは強がりをしているんだと。

 別れる間際、俺はAに対して「お祓いでもして貰ったほうがいい」と忠告をした。夕方になって解散となり、俺はそのまま車を走らせて家へと戻った。


 それから半年間、俺はAのグループとは会わなかった。

 仕事が繁忙期に入り始めたと言うのもあるが、もっと足を延ばして違う区域で撮影がしたくなかったからだ。あちこち、色々な場所で写真を撮っているうちにAのグループとは疎遠になった。

 やがて春になった頃、久々にAから連絡が入り、会わないかという話になった。

 撮影以外で会う事はほぼ無かったが、俺はOKと返事をした。


 待ち合わせ場所で会ったAは、見るからに変わっていた。

 Aはやせ細り、頬はこけ、生気をまるで失っていた。取り巻きのようにセットで現れる、Aと同じグループの親しい仲間は誰もおらず、Aたった1人がやってきた。

 あれから調子はどうです?何かあったんですか?お祓いは受けたました?などと尋ねると、Aはボソッと答えた。


 みんな死んだがいなくなった。残ってるのは俺だけだ。


 Aは、あれから半年間に起きた出来事をありありと語ってくれた。

 俺のお祓いという言葉を真に受けないまま、グループの全員はその後も写真を撮り続けた。

 全員が仕事や学業で撮影の強行軍で疲れているんだろう……と思う事にしたが、その次の撮影でも「人影」は現れた。そして、その人影はどんどんと近付いていく。

 そんな中、メンバーの1人が交通事故で死んだ。それからはジェットコースターのように不可解な出来事と死が連続していった。ある者は心臓発作で突然倒れて帰らぬ人となり、ある者は駅のホームから飛び降りた。

 連絡がつかなくなったので親族に尋ねたら「行かなきゃいけない」とだけ言い残して失踪した者もいる。

 撮影ばかりか、日常的に人影が現れるようになった。会社の片隅、駅のホーム、学校の教室、そこに見慣れた人影がぼうっと現れては消えていく。

 Aを含めて残った者たちはお祓いや霊能力者に頼むなどの、出来る限りの事はしたという。だが、そんなものは無意味と言わんばかりに不幸は続いた。


 グループで今残っているのはAだけだと言う。

 全部あれを倒したのが始まりだ、頼むから一緒に戻すのを手伝ってくれ。Aは俺にそう話を持ち掛けて来た。

 俺は怖くなって断った。それをすればAが助かるのかもしれなかった。でも怖さが勝った。

 適当な理由を付けて断り、俺は足早にAを残して去っていった。Aはただ黙って俺をじっと見続けていた。


 それから暫くたって、Aがどうなったのか気になった俺は、Aを知る撮り鉄仲間に連絡を取って確認をした。

 Aはあれ以来見ていない状態で、行方不明になったという。Aの家族は捜索願いを出したが見つからず、年月が経って死亡扱いとなった。

 俺はAの失踪を知ってから、カメラも撮影データもすべて処分し、二度と電車を撮ろうとも思わなくなった。


 あの場所がどこにあるのか、俺は語るつもりはない。

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