余所者
大学時代の友人のFから聞いた話だ。
Fの地元は山間の村で、限界集落と言うほどでもなく、コンビニと農協と郵便局があり、車を走らせれば大きめの街にすぐ出れるような、そんな「村」だった。
Fが高校生2年生だった頃、地元に都会からある一家が引っ越してきた。
幼い子供を連れた夫婦で、新しい住民が来たとなれば村人は新顔について色々と話すようになる。F曰く、都会人が想像するよりも田舎というのは誰より何よりもゴシップやご近所の噂話で盛り上がるものだ。
Fが両親から聞いた話だと、どうやら訳ありの様子で親戚の伝手を頼って移住してきたらしく、よくある「田舎の暮らしに憧れた都会人」が来たものだとばかりFは思っていたらしい。
その数日後にFが実際にその一家を見たのだが、Fが思っていたような一家の姿ではなかったそうだ。
暗い顔で思いつめたような顔をしている奥さんと、痩せこけ、ギラギラした目でブツブツ何かを呟く旦那と、恐怖や不安におびえている様子の幼い子供。一目見てFは関わってはいけなさそうな人達だと感じたらしい。Fの家族も同感だったそうだ。
だが、村社会というのは思ったよりも厳しい。地元の有力者でNという男性が居たが、彼にとっては余所者の態度や挨拶にも顔を出さなかった事が癪に障ったらしい。
暫くしないうちに、一家に対する村人の「いじめ」や「いびり」が始まった。Nと親しい家は、法には触れないが倫理的にダメな方法で一家をいびり始めた。
回覧板は回さなかったり、村の行事から省いたり、地元のルールを教えず、間違いを犯したら容赦なく叱責する、行事に参加させたかと思えば、新参者だからと面倒事をすべて押し付ける。
傍から見ていて気持ちいいものではなく、Fやその家族も良くは思っていなかったし、幾つかの世帯はNに逆らい、一家に融通を利かせたり助け船を出してやるなど、世話はしていたらしい。
Fが高校3年生になる頃には、その一家はますますひどくなっていた。
奥さんはストレスで見る見る衰え、子供は毎日のように泣いたり俯いたりしていて、旦那はまるで幽鬼か、それこそゾンビのような廃人になっていた。
Nはそんな一家を見てご満悦だったようで、村の社会に馴染まない余所者はこうなるんだと、村の集会で楽しげに話していたという。
終わりは突然訪れた。
Fが大学受験中の冬頃、その一家が住んでいたアパートが全焼する火事があった。アパートの住民はほとんど無事だったが、一家だけは助からず、そのまま焼死体で発見されたそうだ。
県警の捜査では一家が心中を図ったものだと推測されたが、真相は分からずじまいだった。でも、村の住人たちは内心、心中したと思っていた者が大半だった。
余所者いじめに精を出していたNは邪魔者が消えたと喜びながらも、火事なんて迷惑かけて死にやがってと言っていたそうだ。
大学受験に受かり、Fは地元を離れた。
Fにとっては都会生活はたいそう素晴らしいもので、地元に顔を出さないままでいた。
地元に戻ったのは大学で俺と友達になった後、大学2年生の春休みの事だった。Fの地元の近くにあるキャンプ場で、キャンプを楽しむ事になったので、そのついでにFの帰省に付き合った時だ。
その時、Fが高校を卒業するまでに体験した話も本人から聞いていた。嫌な話だとは思っていたが、Fは大学を卒業したら都会で暮らすし、あの村にはもう二度と戻らないからと
Fが帰る頃にはかなり様子が変わっていて、数世帯ほどが村を離れて、親戚のいる近隣の村や、あるいは市街地の方へ出て暮らしたりしていた。Fが両親に聞くと、Fが地元を離れてから、村では相当悲惨な事が続いたらしい。
Cさんの旦那が交通事故で亡くなった、Mさんの家で一酸化炭素中毒事故が起こって高齢の両親が亡くなった、元気だったEさん夫婦が病に倒れ病状が急激に悪化して亡くなった……など村では異様な頻度で死者が出ていたらしい。中には、山でチェーンソーを扱った仕事中に、誤ってチェーンソーに巻き込まれ、切断事故が起きて亡くなった人までいたそうだ。
さらに恐ろしい事は、亡くなった人達すべてが中心になってあの一家をいじめていた家族の関係者だったからだ。
呪いの類は信じないが、不穏なものを感じて村を離れた人もいたらしく、一件に関わってなかったFの家族は重苦しくそんな話を語ったが、いじめを先導していたNの家は誰も亡くなっておらず、祟りではなく悪い偶然だと一笑に付す人もいたそうだ。
俺たちが村を後にする時に、Fが村の中を出歩く一人の男性を指差した。あれがFの言う、渦中のNだと言う。
ただ、俺たちは彼の姿を見て背筋が冷たくなった。Nは、その目をギラギラとさせながら、俯きつつ、支離滅裂な独り言をブツブツと呟いて、村の道をとぼとぼと歩いていたからだ。
村を後にして車を走らせる頃には、これから楽しいキャンプをするんだという高揚感は失せていた。Fも俺も得体のしれない気味の悪さに足を引っ張られていた。
村から離れた時、キャンプに同行していた別の友人がボソッと、思い出したように呟いた。
「あれ、憑いてるな」
その友人は霊感が強い体質だった。Nを見た時に、何かが見えたらしい。
ビビり散らかしていた俺たちは、そいつの言葉でさらに背筋を冷たくしたが、Fはさらに顔を真っ青にして、あの一家の呪いか?と聞き返した。友人は首を左右に振った。
「違う、あれ、人の形じゃなかった。もっとやばいやつ」
俺たちは山のキャンプを中止して、急いで海に向かった。あの村の近くに居たくは無かった。
後日聞いた話では、Fは大急ぎで伝手を頼って除霊師を呼び、両親を御払いさせたそうだ。
除霊師の人に話を聞いた所、どうやら亡くなった一家の旦那に「あれ」が憑いていたそうである。
あれ、とは何なのか、その除霊師は詳細については口を閉ざした。簡単な説明では、かなりの悪霊であり周囲の人間を不幸にさせ、破滅させては新しい人間を探して不幸にさせる存在だと言う。余所者の一家に憑いてきて、今度はこの村の誰かに憑いて、更なる不幸を呼び寄せようとしていると。恐らく亡くなった旦那さんは昔から「あれ」に憑かれていて、本人が限界に達したため家族を巻き添えにして死んだのだと。
村人の死が続いているのは、亡くなった人の祟りではなく、憑いて来たそれが、村の誰かを標的に定めて、また誰かを巻き込んだ「大きな不幸」を起こそうとしているのだと。除霊師は「あれ」と直接対峙する事は出来ない、と言い残して足早に村を去っていった。
Fは必死になって両親を説得させて村から遠ざけさせた。Fの家族は幸い無事に暮らしている。恐らくは「大きな不幸」から逃れられる事が出来たのだろう。
Nは引っ越したらしいが、どこへ越したかは分かっていない。
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