境界線の隙間から

電源

願いをかなえる自販機

 これは俺が中学生だった頃の話だ。

 場所は伏すが、俺の住んでいた町の、通学路の途中にある空き地の入り口に、ポツンと置かれている自販機があった。

 所々錆びが浮いていて電気も通っておらず、ケース内のサンプルは所々日焼けしていて、明らかに使われなくなった廃自販機だとわかった。

 俺が物心ついた頃から使われていないようで、町の風景に溶け込んでいた。なんて事のない身近な廃墟だ。

 当然、この自販機に金を突っ込めば、金は返ってこないし何も買えない。しかし、この自販機には子供たちの間でとある噂があった。


 それは、120円を入れて、特定の商品ボタンを複数押すと願いが叶うというものだった。

 当時の俺は、賽銭箱に金を入れるのと同じ、願掛けの類だと思っていた。しかしまぁ、子供の噂話という事で、ボタンを押すタイミングというものは個人によってバラバラで、ある意味都市伝説みたいなものだった。

 オーソドックスな言い伝えが「コーラ、オレンジジュース、麦茶の順でボタンを押す」というものだ。でも、誰が実践したかは覚えていない。

 俺も、友達が120円を入れて硬貨が飲まれただけで終わって悔し紛れに自販機を蹴った光景を今でも覚えている。それぐらいの与太話だった。

 でも、中学生2年の夏、俺はその都市伝説が本当だったと知った。


 発端は学校の帰り道の事だった。夏休み直前でジワジワと暑くなり始めたこの時期、登下校中に喉が渇いていると、たとえ廃自販機でも視線が誘導されるのは仕方ない事だつた。

 その日、俺は友達たち数人と一緒に下校していて、あの廃自販機の近くに差し掛かった。誰かが例の都市伝説について話した事で、友人のAが「手持ちがあるから試して見るか」と笑いながら話した。

 俺たちは問題の自販機の前までやってきた、Aが「見てろよ」と言いながら財布から硬貨を取り出し、120円を入れた。当たり前だが電気は入ってなくて、ボタンは光らなかった。


 Aは試しにコーラのボタンを押す。何も起きない。

 次にオレンジジュースを押す。何も起きない。

 最後に麦茶のボタンを押す。

 周りが「120円無駄にしてやんの」とか「こいつバカだ」と笑いながら囃し立てて、押したA本人もあちゃー、というリアクションを取っていた。

 だが、


 ガコン、と音が鳴った。


 まるで笑い立てる俺たちを黙らせるかのように、その自販機は「飲み物を落とす音」を上げた。

 俺たちは一気に静まり返った。誰もが沈黙し、互いに顔を見合わせて信じられないと言わんばかりの顔を浮かべた。


 Aは勇気を振り絞って取り出し口に手を伸ばした。そこには何も無かった。

 普通なら得体の知れない不気味さに、みな気色悪さを覚える所だが、俺たちはそれよりも先に伝説が本当だったのでは?という好奇心が勝った。

 友人たちは一斉にざわめき出すと、もう一度あの「ガコン」という音を聞きたくなって、次々に同じ真似をした。結局、Aを含む友人のBとC、その3人が硬貨を入れた。

 一方で、本当に喉が渇いて仕方なかった俺は貴重な小遣いが飲まれるのが嫌で、その輪には参加しなかった。

 しかし、待てども待てども何が起きる訳でもなく、俺たちは「金を入れたら廃自販機が動いた」程度の与太話を持ち帰っただけだった。


 それから夏休みに入り、俺は待ち遠しい休みを迎えた。

 あの日、一緒に帰ったAとBとCにも会ったが、皆して顔を輝かせていた。

 話を聞くと、あの伝説が本当だったんだ!と打ち明けた。


 Aの願い事は「お金が欲しい」という即物的な話だったが、その夏に父親が買っていた宝くじが当選し、少なくない額をゲットした事で、お零れにありつけた。

 色々なゲームや玩具が手に入り、それでも尚、高額の小遣いが手元に余ったと嬉しそうな顔だった。

 Bの願い事は「新しい自転車が欲しい」というもので、Bの両親が夏のボーナスで買ってきたと言っていた。

 不思議な事に、欲しいメーカーやどの型式かも言ってないのに、ちゃんと欲しかった物がどんぴしゃりで届いたらしい。

 Cの願い事は「足が速くなって陸上部の大会で優勝できること」で、夏の地区大会で優勝を掴んだ。

 しかも、大会ではぶっちぎりの成績であり、地区どころか県で見てもトップの成績を残せたとの事だった。


 俺は正直嫉妬した。そんな事なら俺も自販機に120円を入れたらよかった!と思ったが、盆を過ぎてから夏休みの終わりまで親戚の家へ長期旅行へ行く事になり、地元を離れる事になったので、その夏の内に願いはかなわなかった。

 でも、それが結果的に俺を救った。


 9月1日、始業式の日。俺は学校に行きたくないと思いながらも、そのまま登校した。

 新学期の始まりだったが、朝礼前のクラスメイトたちの何人かはまるで通夜にあったかのように静まり返っていた。

 何より、クラスにはCの姿がない。Aは学校に来ていたが、まるで感情を無くしたように浮かばない顔をしていた。Bに至っては松葉杖を突き、右足には痛々しいギプスが嵌まったままだった。


 そして、すべての話を俺は聞いてしまった。

 Aは数日前、自宅が火災が発生し、Aの部屋が全焼したという。昼間、不在時にいきなり出火したようで、原因は分かっていないが、本当にあっという間の出来事だったという。

 もちろん、Aがこの夏に手に入れた物は全て焼け落ちた。そればかりか、今まで集めていたトレーディングカードやゲーム、昔から大切にしていた品物などすべてが焼けて無くなってしまったという。

 どうにか家は修復出来そうだと語っていたが、Aはほぼ全てを失ってしまったようなものだった。

 Bは新しい自転車を乗り回して夏を楽しんでいたが、つい2日前に事故を起こして右足を骨折した。

 曰く、事故の直前までは一切の予兆がなく、まるで何かに足を取られるようにいきなりコントロールが取れなくなった瞬間、側溝へと突っ込んでしまったとの事だった。

 不思議な事に、本当にあっという間の出来事で反応する時間はおろか、まるで時間が切り取られたかのような一瞬の事故であり、自転車も激しく壊れてしまい修理は難しいそうだ。


 AやBは、例の自販機の伝説を友人にバラし、夏祭りの帰りにかなりの同級生がその伝説を試して成功させたらしい。

 浮かない顔をしているクラスメイトの何人かは、口々に「怪我をした」「散々な目に遭った」などの不幸を口にしていた。皆して、その直前までは「幸せの絶頂」と感じるような出来事はあったと言っていた。

 俺たちは怖くなった。でも、真の恐怖は顔を真っ青にして教室に駆け込んできた、担任の口から伝えられた。


 Cが通学中に交通事故に遭った。


 Cは交通事故で片足を切断し、2度と走る事は出来なかった。

 新学期が始まると同時に、俺たちが発見した「伝説」は「呪われた伝説」となり、以降はその自販機には何があっても硬貨を入れ、ボタンを押してはならないという話が広まった。

 単なる偶然だろうと大人たちは言ったし、同級生の中にも「あれはたまたまただろう」と流す者もいたが、俺たちは絶対にあの自販機の仕業だと確信している。


 高校に進学して1年目、あの自販機は撤去された。

 地元に戻る度に、あの呪われた夏の事を思い返す。あの時、俺は120円が惜しくてボタンを押すのを躊躇った、それが結果的に「命」を救ったと思っている。

 何故って?あの時、俺の願い事がなんだったかは言うつもりはない。でも、Cがどうなったかを思えば結果は見えてる。俺は助かったんだ。


 それ以来、俺は未だに自販機で飲み物が買えない。 

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