CASE1 : 職業、神官③

「その柔らかな口調。失業していても、そして怪しげな宗教の勧誘かもしれない事態に遭遇していても、声を荒げることはせずごく穏やか。しかし押しに弱いわけではなく、揺らがない芯がある。それゆえかもし出される、その素晴らしい余裕!」


 真っ直ぐに見つめられ、こんなに褒め上げられるとさすがに照れてしまう。もちろん獲物を逃したくない、狩人的な思惑もあるのだろうが。


「まさに求めていた人材です。鳴神さん、あなたこそ我らが神官に相応しい。ぜひとも入社をご検討いただけませんか」


 水内さんはそう力説し、力が入るあまりついには私の手まで握ってきた。もの凄まじい熱意だ。絶対に適任を集めるという気迫が伝わってくる。


 つい先ほど隣のテーブルに通された若いカップルが、なんとも言い難い表情を浮かべ、時折心配そうにチラチラこちらを見ていた。美女から怪しげな商売に勧誘されているようにしか見えない、この行きずりの人間を心配してくれているらしい。


 ありがとう、健やかなる青少年たちよ。他人を思いやれる心優しい君たちに、どうか幸あれ。大丈夫です、壺は絶対に買いませんから。


「私は今までエンタメ業界で働いたことは、一度もありませんよ?」


「もちろん大丈夫です。当社の研修制度は、あの某有名テーマパークに勝るとも劣りません」


「ちなみにアルバイトですか?」


「いいえ、正社員です。3ヶ月間は試用期間になりますが、その間も月給制になります。額面は入りたての最低ラインでこの金額です。有給、賞与、昇給、福利厚生、社会保険完備、リフレッシュ休暇や育児休暇もあります」


 すでに勝利を確信しているのか、爛々らんらんと目を光らせながら水内さんは端末を操作し、その待遇を表示した。さすがは上場企業である。前に勤めていた会社より、よほど良い扱いだった。


「……なるほど」


 その画面を見ながら、私は顎を撫でる。考え事をする時の癖で、ついやってしまうのだ。


 確かに、学生時代の私のあだ名は〝菩薩さま〟だったし、友人に「お前がいると荒れ場が治まるから」と駆り出されたことも、一度や二度ではなかった。そういうことをかえりみると、水内さんの言う通り神官役としては適性があるのかもしれない。


 そして何よりも。


 そう——————何よりも。


 私は昔から、異世界を舞台にしたロールプレイングゲームが大好きだった。のどかという名前の通りのほほんとした子どもだったので、攻撃職よりは補助や治癒役を選びがちで、それは今でも変わっていない。


 こんな世界で生きてみたい。異世界転生なんて面白そう。それは幼い頃から思っていたことだ。


 あまりに非現実的すぎて、夢だと思いもしなかったような夢が、まさかこうして仕事として叶うだなんて。人生とはなんとも驚きに満ちている。しかも失業してすぐ、渡りに船とばかりにだ。


「……せっかくのお話です。私でよければやってみましょう」


「ありがとうございます!ありがとうございます、鳴神さん!」


 喜びのあまり、水内さんは再び私の手を熱く握った。その温もりにもちろん悪い気はしないのだが、少しばかり心配にもなる。私は誤解するようなことはなくとも、このように度々手を握られては何か勘違いする連中もいるのではないだろうか。


 もしこの先仲良くなれることがあったら、その辺りもやんわりと伝えた方がいいかもしれないな、などと思いを巡らせながら彼女と入社の日取りを相談する。


 白状しよう。


 私はこの時点では、神官としてのんびり受付でもしていればいいのかな、などと実に安直に考えていた。しかし研修に突入してすぐに、その認識があまりにも甘すぎたことを悟ることになる。


 革新的な事業というものには、当然のように思いもよらないトラブルがつきものだからだ。そしてそれに対処するのは、他ならぬ私たち内部のスタッフだった。


 これは現場で多種多様なトラブルに遭遇する羽目になった、神官たちの業務記録である。

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