第518話 帰還

新二『…承が奥まで入れるから苦しかった…。』


松ちゃんのコメントで視界に入る小幡さんが反応した…この娘は…。


出来るだけ海水を吐かせて息を整えて貰う。

連絡した松ちゃんの執事さんが15分ほどで駆けつけた。

…え?どうやって?


執事『坊ちゃん!おいたわしや…!』


新二『…人前なんだから社長とか若社長って呼べ…。』


執事『はいはい坊ちゃん、それでお加減は?』


新二『気持ち悪いだけ。』


老執事はギロリと周囲を見渡し、


執事『まさか…坊ちゃんを亡き者に…?』


殺気が膨れ上がる。

松方家命のおじいさんはきっと若い頃武闘派だったのであろう怖さを持ってる。


新二『…じいや、そんな事無い。

俺、ここの皆を見ながら沖に歩いて行ったんだもん。

気付いたら落ちてた…?本当に不思議…。』


そうだよね、泳げなくて海が怖い松ちゃんは先端のテトラポッドは絶対行かない!

コンクリートブロックの幅広くてよかった!って言ってたもんね。


執事『誠ですか?』


新二『だってそうだろ。

あの辺で海に落ちたら放っておけば絶対助からない。

最低でも俺は。

…それを承は…。』


執事さんは俺の手を握り深々と頭を下げて、


執事『大変失礼なことを申しました…心からお詫びします。

…そして坊ちゃんを助けて頂き誠にありがとうございました。』


新二『…承、ありがとう。』


このお礼は必ず後日!

老執事は松ちゃんを連れて大急ぎで帰って行った。

もう海どころの雰囲気では無い。

この場でお開きになった。

執事さんは車を手配してくれて釣り道具や松ちゃん車は回収に人が来ると。

松ちゃんおやつとクーラーボックスを中身ごと貰って解散。

優奈さん班、洋介さん班はそれぞれ車に乗り込み帰って行った。

俺は手配された高級車に気後れしながら出来るだけ砂を落として乗り込む。

望は無表情に、ひーちゃんは高級車に興味深々。

車内でもひーちゃん大興奮!望は言葉少なめで。

微妙な空気のまま車は新川長へ。


家の近くの大通り、そこで望はここで良いって言って車を降りる。

…家の前は車すれ違えないほど狭いから確かに迷惑かもだけどクーラーボックスもあるんだし、近くまで送って欲しい…!


望『…。』


誰であろうが怒られる心当たりがあって、完全にキレてる人が居たら察してしまうよね。

俺は従順に車を降りた。


ひー『ありがとうごじゃります。』


運転手さんと仲良しになったひーちゃんは車が見えなくなるまで手を振った。

兄妹弟3人で歩き出す。

もう夏が終わるのにまだまだ暑い。

近所の人が通りかかって挨拶する。

…兄弟揃って微笑ましいって顔で見られる。なんか照れるよね。

意外と兄弟でいるとこ見られると恥ずかしいって中学生高校生は多いみたい。

俺は平気!


…しかしまた帰って来るとはなぁ…。


中学校へ通ってた頃、この道を多用した。

少し行けば青井に襲撃された空き地がある通り。


望『…ひーちゃん、イヤホン貸してあげる♪』


ひー『あ!このうた!』


ひーちゃんは踊りながら歩き始める、


ひー『こーころあそばせあなたにとどけ♪』


去年のお遊戯で見たあの歌だね。

望はひーちゃんにニコニコ笑いかけながら、



望『…なんであんな事しようとしたの?』


目も合わせずに俺に冷たい口調で言葉をぶつけた…。

…聞いてたか…。

俺は玲奈さんの夢を叶えたかった、好きだから…死ぬほど好きだから。

望も知ってる婚約の話、松ちゃんとの賭け、反故にされた事、打つ手が無いこと、玲奈さんに誓ったこと、これしか思いつかなかったこと。

目も合わせずに歩く。

ひーちゃんは軽快に踊って歩いて時々俺たちを振り返る。

俺も望も笑顔で頷くけど…。


望『…最低!信じられない!

死ぬほど好き!とか君の為なら死ねるとか例え!比喩!ある意味社交辞令!本当に死のうとするバカいるわけないでしょぉ!』


俺は帰り道ずっと罵倒されながら歩く。

…まぁ無理も無い。

でも…俺にはそれしか…。


望『もし!もしあたしが好きな男の子が居て!

その男の子の為なら死んでも良い!って…』

『わかった!わかったから!』


前にもこんな事…玲奈さんのお弁当の時相手の立場に立って考えろって叱られたヤツ!


望は激昂してるうちに感情が溢れたのか涙をポロポロ溢して俺をキッと睨む、


望『宏介くんも言ってたけどさぁ…

兄ちゃんが香椎先輩と絡むとロクな事が無いんだよね。』


望は香椎玲奈の良いとこをあげていく。

うんうん、納得。


望『…でもね、それで兄ちゃんが傷付いたり酷い目にあったり…まして死んじゃうなんて絶対嫌!絶対に嫌なの!』


ポロポロ大粒の涙を流しながら望は俺に言う。

…ひーちゃんはノリノリで踊って先行している。


望『…だったら…前に言ったかもしれないね。

なるちゃんで良いじゃん?とわちゃんでも良い。

どっちも兄ちゃんには勿体無いほどの魅力的な女の子だよぉ!』


『…ふたりが魅力的なのは知ってるよ。

…でも違うんだよ。わかんだろ?』


望『兄ちゃんはバカだなぁ。

…でも絶対、絶対にもう二度とこんな事しようとしないでよね!』


『…あぁ。』


望は泣き笑いの表情で、


『…命がけで守ってくれるんでしょ?

あたしもひーちゃんも!いつもそう言ってたじゃん!

こっちも誓いでしょ!もう絶対命を粗末にしないでよね!』


そう言って愛しい妹は俺に抱きつこうと近寄って来て…



パァアン!!!!



痛っっっっっったぁ!!!!



望は俺に抱き付く瞬間クルっと一回転、遠心力を効かせたスナップで俺の頬をビンタ!!

全国4位にまで登ったテニスプレイヤーのスナップの効いたビンタは痛いなんてもんじゃ無い!

猛獣…!俺の妹猛獣だった!


望『これは命の痛みだよ!目が覚めた?

二度とあたし…あたしとひーちゃんを悲しませるようなマネ許さないからね!』


ビンタの音にひーちゃんが近寄ってきて、


望『…どうしたの?!けんかはよくないよ!』


望『ケンカじゃないよ。

…兄ちゃんが悪い子したから姉ちゃんがお仕置きしたの♪

そうだ!ひーちゃんもビンタする権利なくなくなくない?』


『…。』


俺は屈んでそっと頬を差し出した。

ビンタされる位のやらかしはしてるしね。


そしたらさ。



ぎゅっ。


ひーちゃんは俺を抱きしめる。


『ふぇ?』


ひー『にいちゃんくるしかったんだよね?

ねえちゃんもそれをみてくるしかったの…。

ほっぺいたい?でもきっとたたいたねえちゃんのてもいたかったんだよ…。』



『…俺の弟…まじ天使…。』

望『完全にひーちゃんに負けた…あたしより良いこと言ってるよぉ…!』


3人で抱き合ってるとこまた違う近所の人に見られた。

生ぬるい目っていうか…微笑ましいものを見る目で。



☆ ☆ ☆

…ひーちゃん真ん中3人で手を繋いで家に戻る。


『なぁ望?』


『兄ちゃんのたからものこと望ですけど何か?』


さっきのアレでわだかまりは流したと思ってたけどチクチク望は俺の傷口をイジってくる…!まさかアレを聞かれていたとは…恥ずかしくってたまらない!


家の前で少し立ち止まる。

…また帰って来るなんてなぁ…。

もう帰らないって覚悟で出て行ったのに…。

生まれた時からの生家…見るだけでホッとする。


望はイヤらしい笑みを浮かべて俺を煽る。



望『ねぇ今どんな気持ち?

もう帰って来ることは無いって悲壮感バリバリで出て行って家に帰って来るってどんな気持ち?教えてよぉ!』


俺は一瞬考え出た言葉は、


『…恥ずかしながら戻って参りました…。』


ふふって笑って3人で家に入ろうとした時、となりのおばあちゃんと出会った。

※おばあちゃん少し訛ってると思ってください。


『こんにちわ、こないだのきゅうりとお土産のおまんじゅうご馳走様でした!』

望『美味しかったよ!』

ひー『ごちそうさまでした。』


おばあちゃん『はいはい♪

いつも仲良しだねぇ♪』


いつも畑の野菜や何処か行くとお土産買って来てくれるとなりのおばあちゃん。

では!って声かけて家に戻ろうとすると、




『承くん…外では服着た方がいいよ?』



『ふぁh?!』

※誤字だけど雰囲気あるのでそのまま採用w


俺上半身裸?!迷彩柄のカーゴパンツでサンダルだけ?!

なんで?松ちゃんのことでパニックだった?!

でも…白いサマーパーカー…

あ!玲奈さんに没収されたまま?!


望はゲラゲラ笑いながらひーちゃんは真面目な顔で、


望『兄ちゃんいつ気付くのかな?って思ってたけどw

家まで気付かないかと思ったよぉ!顔真っ赤w』


ひー『にいちゃんはわいるど。』


海ならともかく…こんな田舎町の畑エリアとは言え…

俺は上裸で歩いて来たの?

通行人が生ぬるい目で見てたのは兄弟団欒ではなくて…



『あー!!』


俺は家に急いで入る!


父『おかえりーって…承はしゃぎすぎだぞ?』

母『あらあらまあまあ…。』

祖父『どんな服より鍛えた体がかっこういいぞ。』

祖母『その格好で海から帰って来たのかい?』


…俺…死ぬ気で出て行ったの家族からはしゃぎすぎて裸で帰って来た長男(孫)って思われてる…。


もう何もかも忘れたくてシャワー浴びて、昼寝した。

疲れていたし、ここんとこ色々煮詰まってて俺体力の限界だったんだ。

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