第504話 俺のメニュー side松方新二
俺カレの新作品評会の翌週。
俺は俺カレに朝から居た。
思い起こせば…
景虎『じゃあ限定ランチで出すからさ?新二その日半日手伝ってくれよ?』
『は?イヤだよ。』
景虎のおっさんにはレシピを伝えてある。
…みんな絶賛してくれたし、コレが店で出るってちょっと嬉しかった。
金一封よりそれが嬉しい。
景虎『えー?出来ないのぉ?
一皿はぁ用意できてもぉ、ランチタイム通して同じクォリティは維持出来ないのかなぁ?』
『出来らぁっ!!』
こうして8月ももうじき終わるって頃の平日、俺は俺カレの手伝いに駆り出されてるってワケ。
めんどくせぇけどちょっと楽しみでもある。
学生時代ほとんどのイベントをスルーしてきた俺にしたらコレはちょっとした文化祭の飲食店みたいなもの。
景虎のおっさん、奥さん、大学生のバイト、女子大生バイト、保利って言ったっけ?…そして承。
承『松ちゃん!オーダー入れるけどその前に厨房に声かけるからね?
もし立て込んでる時は遅くなる旨伝えるし、お客さんがイライラしてたら最速!とか捩じ込むかも!
ホールも慣れない松ちゃんをフォローするから!』
承は休みだったのをずらして今日来てくれた。
…承と出会ってから、
立花家の皆の食卓に招いてもらったり、映画撮影でちょっと学生時代を追体験したり、兄貴と和解するキッカケ、ママと話せるようになり…。
承は不思議な男だ。
何処にでも居そうだけど芯に熱を持っている。
『…頼むな。』
承はニコニコしながら、
承『絶対美味いもん!めっちゃ人来ると思うよ?
しかも!サービスデーで100円引きだもん!今日絶対忙しい!』
☆ ☆ ☆
昨日から煮込んでいた寸胴鍋を確認、豚骨、もろもろの野菜煮込んで煮込んで作ったスープ。
コレを俺カレのスパイスカレーに合わせる。
スパイシーさが豚骨スープのマイルドさで尖った感が減る。
その分旨み、口触りは格段に良くなる。
スパイシー過ぎるのが苦手な人にはこっちのが…!
さっとスープで煮込んだスペアリブたちも適度に脂が抜ける。
本来の脂の旨みもスープに逃げちゃうワケだけど煮たことにより柔らかく、骨から身が外れやすい。
失った旨みを補填するようにスパイスとタレに漬け込んである。
コレを直前に炭火で炙って香ばしさと表面パリッとさせてカレーに添える。
あとは俺カレのライスかパン、サラダ、スープ、ピクルスに一口杏仁豆腐を添えて980円…がサービスデーで880円だって。安すぎない?
景虎『多めに仕込んでおけよ?
絶対売れるし。』
本当に?店内は最大60〜70席程度の普通のファミレス。
そんなに入る?
朝礼が始まる。
連絡事項で今日の限定ランチセットは俺作の豚骨カレースペアリブ添え!って大袈裟に景虎のおっさんが宣言して、店頭ポップとテーブルのメニューを皆に見せる。
『『『おぉ!』』』
なんか恥ずかしい。
景虎『その為の1日シェフ…松方新二くんです!』
『知ってますよ!』
『超常連じゃないすか!』
承『松ちゃん!ふぁい!』
保利『客からスタッフ側に来たんすね…。』
奥さん『新二くんは慣れてないし、豚骨カレーに専念してもらうわ。
場合によって調理補助もお願いね?
私も場合によって調理補助ホール兼ねるからね?
何かあったらフォローしあいましょ!じゃ接客七大用語!』
なにそれ?!
承が復唱すれば良いよ!って。
挨拶と声出し!って。
景虎『いらっしゃいませ!』
『『『いらっしゃいませ!!』』』
景虎『かしこまりました!』
『『『かしこまりました!!』』』
…!
…!
景虎『ありがとうございました!また起こし下さい!』
『『『ありがとうございました!またお越しください!!』』』
景虎『じゃあ今日も1日よろしく!!』
『『『よろしくぅ!!』』』
最後のはノリなの!承が笑って俺の肩を叩く。少し緊張してる俺を気遣ってるのがわかる。…心強いってこうゆう感じなんだな…。
俺は思ってた事を聞いてみる。
『…景虎のおっさん、いらっしゃいませって言うんだな…。』
承は首を振りながら、
『朝だけ。俺は染まらないようにしてるんだけど…。』
承の言ってる意味がすぐにわかる。
開店!お客さん入ってきた!
俺はランチタイム要員でまだ仕込み中。
最初のお客さんだな…。
景虎『へらっしゅー!!!』
『…いらっしゃいませ!』
承が横に来てポツリと言った。
『これが伝染するんだよ…ランチタイムの修羅場になると半分のスタッフが、
『へらっしゅー!!』って言い出す…。
アレだけは染まりたくない…。』
ランチタイムは11時から。
俺は緊張と高揚のわけわからんテンションでひたすら準備する。
もっと味濃い方が良い?追いスパイス…!
景虎『新二!そのままで良いんだよ。
それでお客さんの反応を見るんさ。
俺が良いと思ってもちょっと辛いって言われたり感想は人様々。
それで良い。』
『…了解…。』
いよいよランチタイムが始まる。
☆ ☆ ☆
11:00からのランチタイム。
客数は一気に跳ね上がる。
閑散としてた店内はお客さんが満ち始める。
景虎『新二!こっから!まだまだ12時台からが本番!
今は慣らし!』
承『松ちゃん!限定ランチの豚骨カレー出てるよ!』
ニコニコ嬉しそうに笑う承に引き攣った笑みで答える。
…もう結構忙しいのだが…!
一件目が入った時は慎重に調理してそーっと出した。
保利『新二さん、カレー評判良いみたいですよ。』
『…ほんと?』
慌ただしく動く厨房。
俺は豚骨カレとレギュラーカレーを担当して残りは全部景虎のおっさんが回している。
景虎『…新二!ちょっとだけレジ横見てこい!』
『は?』
良いから!俺は厨房から追い立てられる。
真っ白なコックコートにカレーの水玉を付けてフロアに出るとお客が俺を見る。
このコックコートは今日用に仕立ててくれた物。
まるでここのスタッフみたいに見えちゃう不思議な白衣。
レジへ行くと承がお会計を打っていた。
承『…はい!限定ランチ豚骨カレーセットおふたつで1,760円になります!』
俺を見つけた承がニヤッと笑って、お客さん…大学生っぽいカップル?に声かけた。
承『限定ランチのカレーどうでした?』
『あぁ美味しかったよ?』
『スペアリブで手が汚れちゃう…。
でも!私辛いの苦手だけどクリーミーで美味しかったよ♪』
ふたりは顔を見合わせて、
『『美味しかったね。』』
って。
くすぐったいような恥ずかしいような不思議な気持ち。
胸がむずむずする…。
ガシって景虎のおっさんに肩を組まれる。
景虎『な?お客さんが美味いって言ってくれると嬉しいだろ?』
『…まぁ。』
俺は景虎のおっさんの目を直視出来ない。
照れる、恥ずかしい、良い歳した大人が子供みたいに…!
景虎『…これでまた来てくれたら。
同じメニュー頼んでくれたらもう嬉しくなっちゃう。
慣れるようで慣れない嬉しさがあるんだ。
今日はお客さんどんな反応だろうな?
よし!そろそろ地獄の2丁目!いくぞ!』
…言ってる意味がわかった。
12:00が近付くにつれ客数は増加の一途!
食べて退店していくお客さんより入店客が多い!
さばいてもさばいてもオーダーが来る!来る!来る!
奥さん『とんこつ!現在オーダー累計12!!
後のことは良いから全力でスペアリブを調理して!』
奥さんの檄が飛ぶ!
『最速!』『最速!』『2番テーブル催促!』
飛び交うオーダー!マジで?
俺カレってこんなに客入るの?
唯一俺を癒すのは、
『限定カレー美味しい!』
『レギュラーメニューになるの?』
『スペアリブうま!』
…お客さんの感想が俺を喜ばせる。
嬉しい!俺はそれだけを励みに頑張れる。
そして他スタッフと一緒に店を回してるって感覚、一体感。
初めて感じる働いてる!って感覚に俺は戸惑う。
☆ ☆ ☆
景虎『むう…サービスデーに限定ランチぶつけたのは失敗だったかも知れん…!バイト増やしておけば良かった。』
もうひとり出勤させるか迷ったらしい。
出せよ!承とかホールも死にそうじゃん!
地獄の3丁目はもうじき13:00。
客数はピーク。待合まで人が溢れる。
景虎『常連ばかりだけど…がっかりさせたくねぇ!飛ばせ!
ホール!頼むぞ!』
『『『ういっす!』』』
全力で全速、俺は無心にカレーマシーンと化して出来るだけサラダや一口杏仁豆腐を小皿に盛り付ける!
景虎のおっさんも隙間に手伝ってくれたり、奥さんが皿などやりやすいように配置してくれる!
13:00を超えて、コレでピークは過ぎるって聞いてたけど…
…客数は減っていない。
話が違うくね?
みんなで一丸となり店を回す!
やっとピークを超えたって思えたのは13:30を過ぎた頃。
用意し過ぎた?と思った豚骨カレーとスペアリブも残りわずか。
あんなに用意したのに完売しちゃいそう…。
…感動…なんだろうな。
今日は何故か胸が熱い。
それでもまだまだ忙しく、無心で調理して盛り付けて夢中でお客さんの感想に耳を傾ける。
景虎『へらっしゅー!!』
お客さんの入店にもう反応もしなくなった頃、景虎のおっさんが俺にオーダーを取りに行けって言う。
それどころじゃ無いだろ?いいから!
俺はコックコートのままフロアへ指定されたテーブルへ向かう。
…なんなんだよ…。
玲奈『こんにちわ。』
鶴田『…こんにちわ。』
そこには玲奈さんと…こっぴどく振られてビンタまでされた…
学生時代の憧れの娘、鶴田さん…鶴田舞が困ったような顔をしてメニューを見ていた…!
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