第455話 松ちゃんの仕事

景虎さんに料理勝負で三連敗した松ちゃん。

…でもそんなにダメージは無い。

悔しいけど楽しいって感じ。

その帰り道、


『承、明日も俺カレ行く!

…仕事の日か…。』


忘れがちだけど松ちゃんは松方グループの関連会社社長。

本人曰く、大した仕事はしていないとの事。

そうなんだ?


俺の好奇心が顔に出たんだね、松ちゃんは皮肉げな表情で、


『明日…会社行くけど見に来るか?』


正直興味はあった。社長って何するの?

俺は頷き、翌日朝イチで松ちゃん家に向かい、車に同乗してその大企業へ向かうことになった。

買って貰ったスーツ使う機会が多いね。


☆ ☆ ☆


『ほえ〜。』


想像してた五割り増しの大きな建物だった。10階まであんの?

松方グループは松方パパが総帥の一大グループで息子とはいえ松ちゃんは27歳の若造なわけで。

関連会社のひとつを預かってるって言ったってこんなでっかいビル?


『おい、こっち来い。』


窓口でパスを発行して貰いそれを首から下げる。

ガラス張りエレベーターで最上階…こっわ!高い、高いよ!落ち着かない!


最上階へ着くとまた警備の人が居て、中に入ると広く綺麗なオフィス…。


『…社長、お待ちしていました…。』


『うん。』


明らかに秘書って美人なお姉さんが寄って来て松ちゃんの横に付き話しながらすすむ。

俺をチラッと見たけど何も言わずに1番奥の社長室へ入る。


『…これが今日のリストです。』


渡される分厚い紙束。

松ちゃんはデッカい机の前の座り、俺は入り口横で立ってる様に言われた。


美人秘書お姉さんが横に付いて説明、説明。

頷きながら松ちゃんは書類を処理していく…。

松ちゃん有能!意外!!


『…お茶をお淹れします。』


秘書のお姉さんが出て行って…。

松ちゃんは皮肉げに俺に声かける。


『大変だなあとか思ってる?』


『そりゃそうでしょ!すごいね!

松ちゃん書類を次から次へと!』


興奮気味に感心する俺に松ちゃんは首を振って、


『あんなの捺印とサインしてるだけだから。』


え?

最近親の顔より見てる松ちゃんの自嘲する表情。


『俺はさ、お飾りなんだ。

週3か4来て書類を承認してサイン捺印するだけの世襲社長。

上辺だけ敬意を示されるけど本心じゃ道楽むすこの金持ちのボンボンで居ても居なくても…いや居ない方が良い存在なんだ。』


『…。』


そんな事ないって言えれば良い。

でも俺にはわかんない色々がきっとあったはずで…。

…適当な事は言えない。


…そんな松ちゃんとボソボソ話していると若い頃は綺麗だったろう…いや今も綺麗だけど少し険のある年配の女性が入室した。


口早く松ちゃんに色々話していて松ちゃんはたじたじ。

俺の事にも言及して、松ちゃんが最近雇った警護だって説明して、勝手されては困る!って松ちゃんは終始従順だった。

そのおばさんが業務のアレコレを話し終わって出ていくと、


『専務取締役なんだよね…。』


『偉い人…!』


松ちゃんによると彼女が実質的な会社の運営と統括をしている。

松ちゃんの承認が要るもの以外は彼女が全部処理してて松ちゃんでも勝手出来ない…する気も無いらしいけど。


『パパの初期の愛人なんだよね…美人で有能。

会社の運営統括したい!って若かりしパパに頼んだのが…叶って。』


…この家どうなってんだ。

なんで息子社長、愛人専務取締役って人事が罷り通る?

秘書室も専務の支配下で松ちゃんは書類の承認のために出勤してる。

…やり甲斐無さそうな仕事。


『でも、これで年収……だからな?』


『ふぁっ?!』


信じられない金額…

他にも贈与税かからないギリギリパパから口座に振り込まれてるし、

代襲相続?とやらで祖父の養子になっててかなりの資産を持っているんだ!って誇らしげに松ちゃんは語る。

…俺が想像してた…ううん、想像出来ないほどのブルジョワジー!


…なら何故?なぜ松ちゃんはこんなにやりがいの無い仕事でコンプレックス抱えて楽しく無さそうに生きている?

お金は無いと困るし不自由も多い。

でも無い家庭に生きて来た俺でもわかること。

…お金じゃ無い幸せがあって繋がりがあって…うまくまとめられないけどお金は大事!でもそれが全てじゃ無い訳で。


…前々から思ってたこと今日提案してみよう。


『松ちゃん、今日仕事終わったらさ?

うち来ない?』


『は?』


『うちの夕飯今日鶏の唐揚げなんだよ!』


『…。』


『うちの家族に松ちゃんの事話してあるし?

祖父祖母父母妹弟俺と食卓囲もうよ!』


…松ちゃんは結構躊躇ってたけど最後は頷いた。

一つだけ注意事項がある。


『松ちゃん…一般家庭で愛人って居ないもんなんだよ。

空気が凍りつくから愛人話しはNGね?』


『…そうなん?承のパパだって外にひとりやふたり居るんじゃないか?』


『居るわけないよ!

…居たら父さん命無いと思う。』


『…心せま!』


『…そっちの常識がおかしいんじゃ…!』


そんなやり取りしながら書類を3時間ほどで処理を終えた松ちゃんは早々に退勤する。


『え?いいの?』


俺が聞くと、


『もう俺居てもしょうがないし。』


松ちゃんは家へ帰る。

日課のアニメとソシャゲをこなしながらだべる。

…急に家に誘ったの不躾だったかな?

乗り気じゃ無い様なら無理強いは出来ないな…。


そう思ってると16:00。


『じゃ、早いけど承の家行くか?』


思いの外乗り気!

駅前のスーパーでなんか箱詰めのお菓子どっちが良い?って聞かれた。

甘いの?しょっぱいの?

どっちも食べるよ?そう言うと両方買った。

望ならハムが良い!とか言いそう。


…結構緊張してるのかも知れないって思ったのはやけに家族構成と癖?性格を俺から聞き出そうとしてくる。


『大丈夫だって。俺を育てた家なんだよ?』


松ちゃんは深刻げに、


『…友達の家に行くの20年ぶり…!』


…友達って思ってくれてるんだ…

嬉しさと罪悪感…香椎さんの解放の為って事が自分の中で引っかかるけど…。

何にせよ松ちゃん一般家庭の暖かさの一環に触れて貰いたいって気持ちで我が家へ案内する。


家にロインはしておいた。

…前々から年上の友人を家に招待したいって母さんには言ってあった。

…松ちゃん好物って俺と同じだったから、鶏からデーに招待したかった。


車を駐車場に入れると見慣れぬ車(青いスーパーカー)に釣られて出てくるひーちゃん!


ひー『いらっしゃい!

ぼくはたちばなひかるです!おにいさんは?』



おじさんって呼ばなくて良かった…!

意外にも松ちゃんはひーちゃんに視線を合わせて、


『…まつかたしんじだよ。

ひかるくん?』


ひー『みんなぼくのことひーちゃんってよぶよ!』


『じゃあひーちゃんって呼んでいい?』


『いいよぉ!』


松ちゃんは俺の方へ振り返ると、感動面持ちで、


『…めっちゃ可愛いな…承の弟…!』


『うちの弟マジ天使!』


…玄関を開けると望が部屋着姿で…!

お客さんだよ!露出高い!人の目気にして!

望はジロって松ちゃんを見ると、


望『だれ?兄ちゃんのともだち?』


松ちゃんがひーちゃんにした様に、


『松方新二って…』

望『…!

松方ってお前が香椎先輩の!!』


自己紹介途中に望が暴発!お客さん!!

望!ダメ!


『ステイ!ステイ!

…うちの妹香椎さんの弟子みたいな感じで…。』


望『ふーっ!!しゃー!!』


『威嚇すんな!松ちゃんごめんね?』


松ちゃんは呆れた顔して、


『…お前の妹…可愛く無いなぁ…。』


『…可愛い所もあるんだけどね?』


何故か人に言われるとフォローしたくなっちゃう兄の心情…!


…我が家へ立ち入るなり天使と猛獣の洗礼を受けた松ちゃん。

一般家庭食事会上手く行くと良いな…!

俺は気負わず流れに任せる事にしたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る