第68話 彼に笑顔を【side香椎玲奈】

今日は勝負だよ!やや気負いながら朝の支度をする。

修学旅行は勝負の2日目。

朝8時半に旅館を出発。夕方5時までにここへ戻ってくる。

メンバーは私、立花くん、一条さん、二村さん、小石くんの5人。

地下鉄で目的地へ出発。


『香椎さんたちどこまで?』

『一緒に回らない?』


(今日は付き合ってられない。)

受け流すよ!


最初の目的地は有名な山荘で立花くんの希望。

庵って感じの詫びた素敵な建物で雰囲気あるよね。

大きいメジャーな観光スポットと違う落ち着いた雰囲気。


地下鉄降りて駅を出ると少し雨だった。

コンビニでお茶を買う、立花くんは傘を持っていなくって折り畳み傘を購入していた。


目的地へ出発!雨が少し降っている。

京都って土地の不思議さ、雨が風情を感じる。


後ろから声が聞こえる。


『立花くんどうした?』


『二村さん、いや、傘がね?』


『どうしたの?』

私も慌てて戻る。


傘に手こずる立花くん。


私は申し出る。

『ちょっと貸して?』


二村さんは一条さんとこへ戻る。


『あれ?あれ?』

(なんだ内側の折るところいじるだけだよ。)


立花くんに私の傘を渡すと心配そうに私の傘を持ち、私が濡れないようにさしてくれる。


『立花くんが雨が当たるからもっと近くに来てよ?』

(きゃー!相合い傘ってやつだー!)


もう傘直ってるけどしばらく傘をいじる。

こんなに立花くんと密着したことない!

立花くんの匂いがする。少し汗の匂いがするけど全然不快感は無い。

むしろすっごい安心する。くんくん。


さすがに引っ張りすぎたので。


『あ!わかった!この内側の関節をこう!』


『ありがとう!』


『いえいえ!』


良い時間だった!折り畳み傘ぐっじょぶ!


到着!拝観料を支払い建物へ入る。


みんな思い思いに散らばり山荘に入っていく。

最終的には全部見るけど茶室、日本庭園、縁側、絵画、和室見るところは多くそれぞれ見たいものを見に行く。

正直大きい建物じゃないし急げばすぐ終わっちゃう。でもそうゆうものじゃ無いでしょ?


今日はまだ始まったばかり。

もちろん名所は余さず見るし、風情を楽しみ雅を感じる!

それプラス立花くんやみんなと思い出作りたい!

昨日の全体行動の感じだとはたして2人っきりになれるかな?って思った。

クラス委員長業務的にもクラスの立ち位置的にも絶対1人になんてならないよね?

こっそり1人になってもすぐに誰かが私を探しに来るのは間違いない。

やっぱり2日目の今日しかない!


私のプランではさっきみたいな傘のハプニングや一緒に名所回って段々距離が近づいて。夕方くらいにどっか雰囲気のいいところで2人っきりになってお互いに意識して…無言になって…立花くんから何かしらアプローチされちゃって…いい!


もしくはそこでは何も無かったけど旅館で夜に呼び出されて

『さっき俺本当は!』

みたいな!みたいな!


ふう、いけない。小幡ちゃんを笑えないよ。

妄想しちゃった。



妄想を切り上げて私も中に入って庭を見ようって思った。小石くんが私を待ってるけどジャスチャーでいいよ、先入ってって促す。

入口横の引き戸のとこ?誰か居る?


薄暗い、昔の台所スペースには壁にまん丸の穴が開いていてそこから光が入っている。

(薄暗い中に切り取られたように日本庭園が見える!)



中には立花くんが居た。

その丸い穴から見る庭園に夢中なのかな?

ぼーっと見惚れているようにも見える。

きっと彼なりの何かを見つけたんだろうなあ。

何を思ってるのかな?


暗い室内、窓の光景に飽きずに見惚れる立花くんを見ていて私も飽きない。

この光景と立花くんを同時に見れるというかいつまでも見てられる。



(こんなに静かで、暗い室内にふたりっきり。

?!)



落ち着け。私。



静かな室内、外からは雨音しかしない。

みんな庭や茶室や絵画や和室に夢中なはず。多分しばらくは邪魔も入らないよ。


どうしよう!お姉ちゃん!

ただいま朝9時20分。早くも『その時』が来た!


どうする?まだ早い?

でもチャンスは次いつ来るかわからないし来る保証は無い。


テニスの試合中に感じる勝負時のあの感覚がある!

ここが私の修学旅行の最高潮クライマックス



さっきから私はふんわり笑みを浮かべている。

ずっと美しい光景とそれに見惚れる立花くんを見ていたから。

自然に笑顔になっちゃうよ。多分はにかむような微笑み。


必死に!必殺の笑顔!って練習したけど今この室内の落ち着き、雨音、ロケーションからするとそんな大袈裟なものは必要ない。

(姉ちゃんには悪いけどで好きになってもらいたい。)


後は目で訴える。

私は前々から仮説をたてていた。


立花くんは香椎玲奈が立花承を好きなことを知らないんじゃ?


だったら今日少しだけでもそれを伝えなきゃいけない。

私は微笑みながらずっと立花くんを見つめていた。

絶対に視線は外さない!


数分たったのかな?立花くんがこっちに振り返る。




私はそのまま言葉を発せず黙って見つめる。

(伝われ!私は立花くんが好きなんだよ!

きっと半分どころかほんのちょっとしか伝わらないでしょ?

どうせ乙女心なんてわからないんでしょ?

いいよ!わかってて好きなんだから!

君は君のままで良い!君のしでかすことが私はたまらなく好き!

好きだよって想い伝われ!)



立花くんはびっくりして私を見る。

一瞬照れて目を逸らしたがすぐに目を見つめ返してくれた。




丸い窓から差し込む光で立花くんはキラキラ輝いていた。

いつもより瞳に熱がある、その視線から私は目を離せない。

暗いから立花くん側からはわからないだろうけど私の顔は真っ赤になっている。


室内はさーっと外の霧雨の音しかしない。

顔は火照り、心臓はうるさく騒ぐ。


何秒見つめ合ったのか本当にわからない。数秒かもしれないし、数分かもしれない。時間が止まったようだった。



立花くんがゆっくり私に近づく。視線は外さないしさっきより情熱的に見つめてくれる!

いつもの距離より2歩近い。

(近い!でも、不愉快じゃない!)


立花くんは私の目を見ながら口を開く








『…行こう、玲奈さん!』



!!!



『…うん!承くん行こ!』


承くんは真っ赤になりながら頷き、私の左手をキュッと握ると入り口へ手を引いた。名前で呼んで良い?って確認しないで呼ばれたのは意外だった。全部確認されるとがっかりしちゃうよね?

そして!手を握られてる!

これから他に誰も居ない時は名前で呼んで良いよね?手も繋いで良いんだよね?


(立花くん…いや承くんにどこまでかはわからないけど私の気持ち届いた!)


暗い室内を手を繋いで歩く、ほんの数歩がもどかしい。


(手、大きくてあったかいな。

お姉ちゃん!承くんはふにゃちん野郎じゃ無かったよ!)


私はきっと今日を忘れない!

私はこの山荘が大好きになった!




入り口に戻ると小石くんが私たちを探していてすぐに手を離さざるをえなかった。

小石くん…何してくれてるのかな?

君も山荘の良さを隅から隅まで堪能してれば良いでしょ?!



それでも私は上機嫌、今日はまだ始まったばかり。

修学旅行の自由行動楽しいね!承くん!

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