第2話 将来は何になろうかしら?
「実は、この世界に生まれ変わるときに神様っぽい人から、あなたを虐めるように言われていまして……」
「は、はぁ……」
わたしはターヤの病室にて状況を説明した。
「そして、あなたに一目惚れしました! 好きなんです!! 結婚してください!!!」
「展開が速すぎるのよ!? もう少し段階を踏みなさいよ!?」
ていねいにツッコミを入れてくれた。嬉しい。
「まぁ、それは冗談として」
「笑えない冗談はコミュ力弱者のすることよ」
「あ、もちろんターヤのことが好きな気持ちに嘘はないわよ」
「嘘でありなさいよ。町で出会うナンパ男でももう少していねいに距離を詰めるわよ」
残念ながらわたしは町でナンパされたことが無いから、一般的な距離の詰め方を知らない。
そんなことより。
「ターヤのことをいろいろと教えてくれないかしら。まだ、顔と名前しか知らないのよ」
「顔と名前しか知らない人間によく求婚できるわね……」
「ターヤは顔と名前だけで天下を取れる器なのよ!」
「褒め方が盛大過ぎるから、嬉しさを通り越して恐怖なのよ」
むう。女の子なんて褒めちぎればなんとかなると思っていたのに、ターヤはそうもいかないらしい。コミュニケーションとは難しいものだ。
「じゃあ、ありきたりな会話をしようかしら?」
「ありきたりって言うな。会話は差しさわりないところから、始まっていくものでしょうが」
では、無難なところから。
「年はいくつ?」
「すごい、無難な話もできるじゃない。17よ」
「高校二年生?」
「ええ、そうよ」
「わたしは三年だからほとんど同じね」
この国が日本と同じ学校制度で良かった。6334。分かりやすい。
「でも、生まれ変わる前の記憶もあるんでしょ? それなら実際はもっと年を重ねた知識があるんじゃない」
「言われてみると、そうね……」
その換算をすると……46ってこと? この見た目で? なんか嫌だな。
「私よりだいぶ上ってことじゃない」
「でも、わたしは18ってことで」
「はいはい。それで、生まれ変わる前は何をしていたの?」
ターヤが質問してくる。
「あれ? わたしに興味がある?」
「ごく普通の会話よ。妙な期待をしないでよ」
それはそう。
「生まれ変わる前はマジシャンをしていたわね」
「マジシャン? 手品師?」
「そう、手品」
「へー。手先が器用なのね」
「まぁね。そんなに売れてはいなかったけど……」
マジシャンとしてもう少し成功していたら、29で死ぬことはなかったのかもしれない。
まぁ、そんな暗い話はいいや。
「今、なにか見せてくれる? マジックできるの?」
ターヤに無茶振りをされる。
「そうね。じゃあ、手を貸してくれる?」
ターヤは手をわたしに伸ばす。白くて小さな右手。わたしはその小さな手を自分の大きな両手で包む。
ターヤは手というパーツ一つに着目して見ても可愛い。なんだよ、この美少女。身体のどこをとっても完璧かよ。
「あの?」
「今、手には何も持っていなかったね?」
「ええ」
「じゃあ、手をぎゅって握って」
「こう?」
ターヤはわたしの手の中で、ぎゅっと手を握る。
「それじゃあ、わたしは手を離すよ?」
「うん」
わたしはターヤから距離を置いた。
「手を開いて見て?」
「うん。……あっ!」
ターヤの手から花が現れた。赤いツバキの花。
「えっ!? すごい!? いつの間に花を握っていたの!?」
ターヤは目を丸くして驚いていた。可愛い。
こっちの世界に転生していてからも、ちょくちょく手品を披露する場面があるから、日々の鍛錬は怠っていない。
手品は便利だ。初対面の人でも、すぐに会話のとっかかりができる。
「すごいでしょ?」
「ええ、びっくりしたわ。あなた、ただの色ボケじゃなかったのね」
「わたしに対するイメージって、ただの色ボケだったの?」
まぁ、ここまでの会話を振り返ってみると、色ボケでしかないか。
そんな楽しいことをしながら、おしゃべりを続けていた。
「ターヤはどうして入院しているの?」
「これ見てよ」
ターヤはかけていた布団をはいで、脚を見せてくれた。ショートパンツから伸びた生脚にはしゃぐべきかどうか一瞬迷ったけれど、そんな雰囲気ではなかった。
「その脚、どうしたの?」
ターヤの両脚は青白かった。ターヤの顔や腕とは肌の色が全く違う。医療の知識が無くても分かる。明らかに異常で病的な青さ。
「原因不明だってさ」
「原因不明?」
「そうなのよ。理由は分からないけれど、去年くらいから青白くなっていってね。段々、脚に力も入らなくなってきたの」
「脚に、力が?」
「ええ。先週からとうとう歩けなくなって入院。今は毎日いろんな検査をしているんだけど、やっぱり原因は分かっていないのよね」
「…………」
思っていた以上に難病だった。これは迂闊にはしゃげない。
「でも、あなたが来てくれて良かったわ」
「え?」
唐突に感謝された。
「この部屋に来る医者も看護師も、見舞いに来る友達も辛気臭くて仕方ないのよ。
原因不明の難病とはいってもすぐ死ぬわけではあるまいし。
脚以外は全然ぴんぴんしているんだから。
こんなにふざけた話ができるのは久し振りよ。
あなたみたいに明るく話ができる人は貴重だわ」
「……褒められちゃった」
「それなりに感謝しているわ。ありがとう」
ターヤのその言葉が、わたしの心にずっきゅんと突き刺さった。
「ねぇ、ターヤ」
「何かしら?」
「わたし、医者になるわ」
「え?」
「医者になって、あなたの病気を直して見せるわ」
将来は医者になるかどうか迷ってはいたが。
こうしてわたしの転生後の生きる道が決まったのである。
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