第49話 その計算は危険です

 オードリー嬢は、冠を作るためなら命も辞さないって言った。

 そんな重い決意はいらないけど、必要なものはあるからその手配をしてもらおう。


『ほかに部屋はないのか。男爵令嬢にすぎない箒スズメでさえ、作業小屋をもっていたぞ』

『ノアさま、普通の貴族令嬢に貴金属を加工するための場所は必要ありません』


 それは、そのとおりだな。

 オードリー嬢には、作業台として使えそうなテーブルの追加や、素材が飛び散ってもいいように絨毯の上に敷物を広げることを頼んだ。

 エミリア嬢は、使用人たちが部屋の模様替えをしているあいだに道具なんかを自分が使いやすいように配置してる。魔道具の断熱板を持参してくれたのは助かった。

 俺はあちこちに耐熱耐冷の魔法をかけたり、制作途中の冠や素材を保管する予定の場所に警備の魔法をかけたりした。ほかにも防音とか防護とか目くらましとか換気とか気温や気圧の一定化とか、作業環境を整えるのに思いつくかぎりの魔法を使った。


『大盤振る舞いだねえ。これ、魔法使いに正式に依頼したら相当な費用がかかるよ』

『そうなんですか!? わたし、いまお支払いできるものがなくて……あの、せめて分納にしていただければ』

『金をとる気はない。きさまは、虫ケラに気まぐれに水を恵んでやったからといって、水代を払えというのか』

『とうとう鳥類じゃなくて昆虫類にされてしまった……。でも、箒よばわりもされてるから、無生物よりはマシかな……?』

『なにをブツブツ言っている!』

『あの、父がっ。「商人としてもっとも軽蔑すべきは、相手に利益のない一方的な取引を結ぶことである。そしてもっとも危険視すべきは、無償の取引である」と……言ってました』


 それ、きいたことある。たしかオードリー嬢が、アルバートが自分の解呪に協力してくれる理由がわからないって訊ねたとき口にしてたんじゃなかったかな。

 エミリア嬢のお父さんは凄腕の商人らしいし、無料より怖いものはないって教えこまれてるんだろう。支払いを分けるっていう発想も商人っぽいな。だけど、俺は商売としてエミリア嬢に協力してるわけじゃないしなあ。


『いらん。こんな子どもの遊びのような魔法で対価を得るなど、俺の沽券にかかわる』


 それでもエミリア嬢は納得しなかった。彼女は職人だけど、商人の家に生まれてるから、身にしみついた教えみたいなものなんだろう。本音をいうと、問答してる時間がもったいない。適当な金額をいってもいいんだけど、あんまりお金がないっていうエミリア嬢からむしり取るのは心苦しいしなあ。

 俺に必要で、エミリア嬢にとって負担じゃないものってないかな。うーん、あっそうだ!


『そこまで言い張るなら、きさまの体で支払え』


 エミリア嬢は『いいですけれど、どうやってです……?』って首をかしげて、オードリー嬢がバンッと両手をテーブルについて立ち上がった。殺気だった目つきだった。なんで。

 ルイーズ嬢が、オードリー嬢をなだめるように右手をヒラッと振った。


『いやいやノアくん。そういうつもりで言ったんじゃないとわかるくらいは、性格を知ってるけどさ。もう少し言い方を考えようね』

『どういう意味だ。俺はスズメに、俺の妹の装飾品を制作するという栄誉をあたえてやろうとしただけだ』


 素材はこっちでそろえて、エミリア嬢に作ってもらったらいいんじゃないかな。もちろん、時間があるときでいいからさ。ティリーの誕生日はもうすぐだから、それには間に合わないだろう。でも昔っから俺の魔力暴走や魔法実験で迷惑をかけてるし、贈り物はいつしたっていいのだ。

 そんな提案をしたら、『まかせてください!』って張りきられた。


『新しい魔法のおかげで、作れる物、作りたい物がたくさんあります。妹さまの装飾品ですね。ぜひ、わたしにおまかせください……!』

『未熟者が偉そうな口を叩くな。とっとと一人で魔法を使えるようになれ、俺の手をいつまでもわずらわせるな』

『が、がんばりますっ』


 そんなこんなで、ようやく準備が終わって作成に入ることができたのだった。

 エミリア嬢の手元で冠が仕上がっていくさまは、圧巻だった。

 まるで生きてるみたいに、金が広がって伸びて渦巻いて、優美なかたちをとっていく。それを間近で見ることができたのは、俺にとって驚きだった。「魔法で金属を熱して加工をすることができる」のはわかってたけど、「魔法があるからこんなに美しいものを作ることができる」のは知らなかった。

 あらためて、魔法って使い方次第でいろんなことができるんだって感動した。

 だから、いい経験ではあったんだ。

 エミリア嬢が、これまで以上のこだわりを発揮さえしなければ。

 作るのに時間がかかるのはわかってたよ。部屋の準備に想定外に時間がかかったし、その日中に完成するとは思ってなかった。だから翌日、学園の休日に、俺は朝からウェントワース伯爵家に行ったんだ。ルイーズ嬢は、ほかに用事があって来なかった。

 夜になっても、エミリア嬢にとって満足のいくものは作れなかった。

 提出期限は、すぐそこまで迫ってる。


『それ以上こだわるな!』

『こだわりますっ』


 おかげで俺は、最初は通いで、数日後にはウェントワース伯爵家に泊まりこみでエミリア嬢を補佐することになってしまった。

 エミリア嬢がオードリー嬢のところにお泊まりするのはちょくちょくあったらしく、なにも問題はなかった。

 俺は、塔に通ってたころはたまに何日か研究室に籠ることがあった。塔は、俺が子どもだから、夜まで仕事をさせないようにはしてた。でも一緒に研究してたベイリーが魔法さえ極められればほかはどうでもいいっていう人間だったから、徹夜で魔術式を試験して、二人して怒られたりしてたんだ。

 だから家には、魔法関連の事態だって連絡を入れておけばどうにかなった

 そうだ、これ、納期が間に合わないとか、報告会用の資料ができないとかで、塔のみんなが目の下に隈をこしらえて仕事してたときの空気とおなじだ。ちょっと懐かしいな。


『時間がないという絶対の事実から目を背けるな、愚か者』

『時間なんて作ればいいんです』


 宿泊初日の夜、エミリア嬢が焦点の合わない目でフフッと笑った。


『睡眠時間を減らせばいいんですよ……ノアさまがいないときにやれることは少なかったですが、それでもどうして四時間も寝るなんてもったいないことをしてたんでしょう……完全にムダですよね……』

『きさまが寝ないのは勝手だが、必然的に俺も寝られないことになるんだぞ!』

『ノアさま、ありがとうございます』

『承知していないっ』


 ちなみにいまの俺は、ルイーズ嬢の護衛ではなくエミリア嬢の侍女という肩書で滞在してる。オードリー嬢とエミリア嬢の体面を保つためだ。見た目は魔法で操作してるから、平凡で印象に残らない女の子にみえてるはずだ。

 俺だって、表向きは侍女としてエミリア嬢とおなじ部屋に寝泊まりすることになったとき、ためらったんだ。いいのかエミリア嬢とオードリー嬢、俺は一応男だぞって思ったんだけど。そう言いもしたんだけど。


『それが、どうかしましたか』


 オードリー嬢から、ドスの効いた声で問い返された。


『締切が……締切までに作り上げないと……。だけど、これじゃ足りない……。もっと、もっといいかたちにできるはず……。さあ、ノアさま、もう一度です』

『ウーンデキム祭に間に合わないことに比べれば、ノアさまの性別などささいなことです。ええ、もう、まったくもって、どうでもいいことです』

『寝ずに食べずに息もせず、いまより三倍速く作れれば、締切にはまだ余裕がありますよね……ふふふ』

『その計算はいろいろ間違ってるぞ!?』


 目を血走らせた二人にとって、俺と夜を明かすということは些末事でしかなかった。

 そういうわけでウェントワース伯爵家での時間は、制作に集中するエミリア嬢、その補佐をする俺、そして家や学園に俺たちのことをとりつくろったり言い訳したり、食事の手配をしたりするオードリー嬢という、色気が介在する余地はかけらもない状態で進んでいった。

 そうそう、泊まるようになって何日かは、俺はウェントワース伯爵家から学園に通ってた。だけど最後には、学園を休んでの追いこみ作業になった。オードリー嬢は制作そのものを手伝うことはできなかったけど、休む口実とか対外的な部分はすべて担ってくれていた。

 そしてある日、朝なのか昼なのか夕方なのかわからない光が射しこむ中で、エミリア嬢がとうとう宣言した。


『できた……、できましたオードリーさま、ノアさま! これです、わたしが作りたかった冠……!!』


 テーブルには、燦然と輝く黄金の冠。

 冠をかこんで、俺たち三人は飛び上がって喜んだ。

 がっしり手を握り合って、バンザイをした。目に涙を浮かべて、ワハワハ笑った。歌いながら、輪になってダンスのステップを踏んだ。

 ららら~、ららん!

 るんっ。

 寝不足続きで、俺たちは気分が変なふうに高揚していたのだった。


『間に合います……よね?』

『ええ! わたくし、身なりを整えてすぐシャインフォード公爵邸に参ります。エミリア、あなたはここで休んでいなさい。ノアさま、みつからないようにさっさと出て行ってください』


 オードリー嬢は、冠を布で包んで用意していた箱に入れた。俺は、彼女が湯あみをして着替えるからと屋敷を追い出された。

 えっ、ひどい。

 そう思ったけど、抗議する気力はなかった。それに、たしかにここで油断してなにかの拍子に「エミリア嬢の侍女」がじつは「男のノア・カーティス」だとバレたらまずい。

 だから俺は、睡眠も体力も魔力も足りないヘロヘロの体で、どうにか自分の家までの帰路をたどったのだった。

 太陽の光が、やけに目にしみた。

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