第47話 作りたい

 俺が魔法を誘導して、エミリア嬢の手で冠の部品が完成した。それなのにエミリア嬢は、いまだに「できません」って言い張る。

 そりゃ、「なんでだよ」って叫んでしまうだろ。アルバートやルイーズ嬢だって、感情を表さないことに長けてるだけで、全員がおなじ気持ちなはずだ。

 エミリア嬢は、なぜか口惜しそうに俺をにらんできた。


「だって、これは、ノアさまの魔法のおかげじゃないですか。わたしだけじゃできません。あんな魔法、使えません!」

「使える。きさまの自信のなさと未熟さを、魔法のせいにするな!」


 眉根をよせたエミリア嬢が、俺に左手を突き出した。


「大気魔法よ、きたれ。魔力量の限界は三〇〇エムとなる。まわりの空気……を集めて……圧っせよ? たしか……二〇〇気圧にせよ。魔力の主が発動を命じる」


 さっき俺が唱えた呪文を、たどたどしく再現する。

 周囲の空気がエミリア嬢の手元に集まる気配はあった。でも、圧がかかってくるとその状態を保てず、変にぐるぐる対流して霧散した。

 魔法が失敗すると、こんなふうになってしまう。魔力操作や魔法の練度、過程や結果のイメージなんかが足りないとこうなりやすい。

 眼鏡の奥の目が、それみたことかと恨みがましさを帯びる。

 俺は、フンと鼻を鳴らした。


「すばらしく肥大したうぬぼれだな、スズメ」

「だから呼び方を統一してくださいって……。うぬぼれって、わたしがですか」

「たいした魔法を使ってこなかったきさまが、いくら天才の手ほどきがあったにせよ、一度で修得できるとでも思ったのか」

「それは……そうですが……でも……」

「素人が難しい彫金に手を出して、一回の失敗で『自分には才能がないから、こんなことできるはずがない』と投げ出すのを、きさまはよしとするんだな?」

「う……。いいえ……」


 机におかれてた試作品をつまみ上げて、エミリア嬢の目の前で振ってみせた。


「俺は当代随一の大魔法使いだが、これを作ることはできん。いや、複製品なら可能かもしれないが、ゼロから生み出すことはできない。きさま以外に、これを作れるバカはいない」


 火魔法や大気魔法をあやつれればこんなきれいなかたちが作れるなら、俺はいまごろすごい芸術家になってるよ。だけどこのかたちを思いついて、このかたちに作り上げられるのは、エミリア嬢だけなんだ。

 エミリア嬢に試作品を返すと、彼女は迷うように金属でできた波を握りしめた。


「……ノアさま。わたしがあの魔法を使えるようになるって、ほんとう……ですか」

「箒だからな、当然だが無条件ではない。訓練すればだ。あとは、必須ではないが費用がいるか」

「なるほど、ノアさまへの勉強代ですね」

「きさまから金をとるほど、おちぶれてはいない! 魔法紋を仕様変更するための費用だ! 変更というより受注生産だな」

「魔法紋の受注生産……?」


 今日、エミリア嬢が試した魔法は、この冠のためだけじゃなくきっと今後彼女が宝飾品を制作するときにも使うことになるだろう。それなら「誰にでもそれなりに合う魔法紋」じゃなくて、「エミリア嬢の創作に特化した魔法紋」に換えたほうが絶対に効率がいい。


「きさまの魔力と調整して設計すれば、必要な技術をもっと楽に引き出すことができる。いわゆる専用魔法紋だ」

「専用魔法紋って、たしかすごくお金がかかるんですよね」


 そのとおり。発注主の要望をきいたうえで実現可能な機能を検討して、その人の魔力量や質、魔法の適正、体質なんかに合わせて細かく一から設計するから、手間や技術がものすごくかかる。だから気軽に発注できるような値段じゃない。

 そう教えたら、エミリア嬢は「お金……無理……」とつぶやいた。


「ううう、じゃあ、わたしがいまの魔法紋のまま、さっきノアさまがみせてくれた魔法を使えるようになるには、どれくらい時間がかかるんでしょう」

「きさま次第だ。だが、箒だからな。きさま一人で魔法を発動させられるようになるには、毎日訓練をして早くて二か月というところか。もちろん発動というだけで、使いこなせる段階は別だ。それがどの程度の期間になるか? 低能の成長速度など、俺が知ったことか。まあ、半年はみておけ」


 半年っていわれて、エミリア嬢の肩がおちる。彼女は、わずかな希望にすがるように訊いてきた。


「わ、わたし専用の魔法紋があったら、どうです……?」

「最低限の魔法が使えるようになるまでの時間が半分になる。だが、常識を知らないバカにいっておく。専用魔法紋は、めざす魔法がある程度使えるようになってから発注するものだ。あれは魔法をより使いやすくするだけで、まったく素養のない魔法が使えるようになるといった怠惰なものではない。きさま自身が魔法を使いこなせていなければ、話にならん」

「専用魔法紋についての知識が常識なんて、それが非常識……」

「なにか言ったか?」

「いいえっ」


 本当は、すごく特殊な場合に、使えない魔法を発動できるようにするための専用魔法紋を刻むことはある。でも、だいたいはよくない事情があってのことだ。昔の戦争中に、兵士の限界を超えた威力の魔法を放つための専用魔法紋の研究が進められてたとかね。そんなの使ったら、すぐに兵士は壊れてしまう。

 だからこの方向は、エミリア嬢が求めるものじゃない。


「じゃあ、ウーンデキム祭は無理ですね……」

「エミリア、最低限の魔法が使えるまで二か月なら、成人の儀にギリギリ間に合うわ。一の月には新年の祝いで催しが多いから、いいものがあるか探してみましょう」


 えっ、なんで。どうしてこの流れで、間に合わないことが確定するんだよ。


「なにを寝ぼけたことをいっている。あの冠はウーンデキム祭に出すぞ」

「でもノアさまは、わたしが魔法を使えるようになるのに二か月はかかるって……」

「凡人のきさま一人ならな。天与の才がある俺が、さっきのようにきさまの魔力に同調すれば話はまったくちがう。いますぐにでも、制作を始められるだろうが」


 エミリア嬢が、かっくーんと口をあけた。顎がおちたんじゃないかって本気で心配した。足元がよろめいて、そのせいで眼鏡がズレて鼻に引っかかる。

 視線を感じて部屋を見渡すと、エミリア嬢ほどじゃないけど残りの三人も似たりよったりの表情だった。


「わたくしの耳がおかしくなったのかしら。まるでノアさまが、エミリアに協力すると言ったように聞こえましたわ。申し訳ございません、焦るあまり幻聴を耳にしてしまったようです」

「いや、わたしにもそう聞こえたよ。でも、世の中すべてを見下しているノアくんが、まさかそんなことを言い出すわけがない、よね?」

「ノアが自分から申し出なければ、私から頼むつもりだったが……」


 俺に対するみんなの評価がひどい。俺がエミリア嬢になにをしたっていうんだ。これまで俺は彼女に対して、罵って泣かせたり、怒鳴って泣かせたり、高慢に振る舞って泣かせたり、とにかく怯えさせたり……したな。

 うん、正当な評価だった。


「ノアさまが、わたしの制作に、力を貸してくれる……んですか?」

「作るのはきさまだ。俺はただ魔力を少し操作するだけだ」

「部分ごとに、何度も試作をするつもりなんです。時間がかかるんですが」

「だから、なんだ」

「ええと、その……」


 ズレた眼鏡のまま、エミリア嬢が不思議そうに俺を見る。


「どうしてノアさまは、わたしに協力してくれるんです?」


 どうしてといわれても、乗りかかった舟というか、放っておけないというか。エミリア嬢の魔力を操作して魔法を使わせるのは、俺にとって大変なことじゃないし。時間はとられるらしいけど、それもウーンデキム祭までならたいした期間じゃないし。

 こういうのって理由にならないのかな。

 理由、理由かぁ。エミリア嬢に手を貸す理由をあらためて訊かれたら、答えるのが難しいな。


「理由なぞあるか。ただの気まぐれだ」


 思いつかないから、そう口にしてみた。


「じゃあ、気まぐれに途中で手を引かれることも……」

「疑り深いバカだな! 俺が、そんな無責任なことをするというのか!」


 たしかに、気まぐれにやめられたら困るよね。だけど、俺がそんなことしないって言って信じてくれるだろうか。俺がエミリア嬢にひどい態度をとってきたのは、さっき思い知ったばっかりだ。

 むむむ、協力するのを受け入れてもらうことがこんなに難しいとは。さすがだな、俺の傲慢さ。


「エミリア嬢、あまり難しく考えなくていいのではないかな」


 アルバートが、俺の隣に立った。


「目のまえに困っている者がいれば、手を差しのべる。自分にできることがあるなら、力を貸す。ノアは、損得にかかわらずそういうことをする人間だよ」

「気まぐれだといってるだろう! 勝手に人の気持ちを代弁したつもりになるな、不愉快だ」

「そうか、悪かった」


 そんなお人よしじゃないって怒鳴っても、アルバートは笑って俺をいなすだけだ。呪われた俺だけじゃなくて元の俺だって、自分がそんなにいい人間かといわれたら、「いや、そこまでじゃないデス」って答えるぞ。だから気まぐれとか、なんとなくっていうのが、俺としてはしっくりくるんだよ。

 エミリア嬢は、自分が魔法を使えるようになるのかとか、俺が最後まで手伝ってくれるのかとか、いろいろ不安なんだろうなあ。それを少しでも軽減させるために、いま俺ができることは、魔法くらいだろうか。


「箒、左手を伸ばせ」

「こう、ですか?」

「復唱しろ。火魔法、一一〇〇度、両手。発動」

「え、ええっ、えっ」

「復唱だ!」

「はいっ、ひゅ火魔法、しぇんひゃく度、両手。発動!」


 「発動」のところで、彼女の魔力を少しだけ押した。魔法紋から魔力が放出されて魔法になるとき、ゆらぎそうになったから、ささっと整えた。

 エミリア嬢が自分の両手をみつめる。机の上の融け残った銅にさわって確かめる。


「で、できた!」


 うむ、本当は一三〇〇度くらいあるんだけど、いまは指摘すまい。

 両手を熱くするのは火魔法が使える人間なら誰でもできることで、違いは温度の指定だ。ねらった熱さにするのは意外に難しいんだけど、エミリア嬢は一度俺と魔法を使ったから、「さっきくらいの温度」っていう感覚があったんだろう。だから再現できた。これが魔力同調で魔法を体感する利点だよな。


「できました、ノアさま!」

「で?」


 腕組みをして、じろっとエミリア嬢を見る。


「ひとりで発動できたんじゃないですけど。でも。でも……」


 魔法を消したエミリア嬢が、しゃんと背を伸ばして俺に向きなおった。めずらしく正面から、こっちの目を見てくる。


「ノアさま。わたしは……、冠を作りたい、です。自分の手で、最高のかたちで、この世に生み出してあげたい」


 エミリア嬢が、初めて自分の口から、自分の望みを言った。


「もし、ノアさまがいれば、作れるなら……。作りたい、です。お願いします、どうかわたしに力を貸してください!」


 がばっと頭を下げる。距離が近すぎて、俺がとっさに下がらなかったら頭が胸にぶつかってた。危なかった。

 その横で、オードリー嬢がおなじ姿勢をとる。


「ノアさま、お願いします。どうかエミリアが冠を作ることにお力をお貸しください」


 えっ、さっき俺、やるっていったよね! 女の子二人に懇願させるつもりなんてないし、手伝うっていったのをナシにするつもりもないから!


「簡単に頭を下げるな! 卑屈な態度をみるのは気分が悪い。これ以上俺がうんざりするまえに、さっさと作ってしまえ。わかったか、スズメ箒!!」

「ふぁい! もう、どう呼ばれてもいいです!」


 こうしてエミリア嬢は俺の協力の元、冠を作ることを決意したのだった。

 あとは実際に作るだけだって肩の力を抜いたら、オードリー嬢が冠の部品を手にとった。


「エミリア、この冠はすばらしいものになるわ」

「あ、ありがとうございます。ちゃんと完成させるように、がんばります」

「うふ。これでロバートの鼻を明かせるわね。ああ、大丈夫、あなたは最高の作品を作ればいいだけよ。あとは、わたくしがします。ふ、ふふふふ……」


 オードリー嬢が黒い笑いをもらす。少し怖いデス。


「わたしさ、毎年老公の集いに行ってるんだ」


 ルイーズ嬢はにこやかなんだけど、目にした人間をみんな虜にしそうな笑顔なんだけど、なぜだろういまはそのにこやかさに背筋が凍る。


「今年はエミリアちゃんの冠が出品されるなら、ぜひ鑑賞したいね。あと、わたしの知人は、芸術に関してかなりの辛口でね。彼が冠をどう評するのか、いまから楽しみだ。それに、あの金杯も出品されるんだよね。そちらへの評価も、実に興味深い」


 そうだ目だ。目がぜんぜん笑ってないんだよ、ルイーズ嬢。


「私も、体が空いていれば顔を出している。今年は参加するよう、予定を合わせよう。ところでシャインフォード公爵は、とにかく話が長くてね。芸術のうんちくには、いやというほどつきあわされてきた。そろそろ、借りを返してもらっていいだろう」


 アルバートー! 王子がなにをするっていうんだー!

 エミリア嬢を囲んで、三人がフフフと暗黒の笑みをうかべる。みんな、ロバートのやりかたに腹を立ててたんだな。俺だってそうだけど、他の人たちみたいな伝手も縁もないし、なによりこう、三人をみてると企みごとへの才能がない気がひしひしとする。

 俺は、エミリア嬢を精一杯助けます……。

 いっしょにがんばろうねって気持ちをこめて、エミリア嬢に微笑みかけた。

 だけど悲しいかな、グラン・グランの呪いを受けた俺の笑みは、きっとこの場の誰より黒々としていたんだろう。さーっと顔色を失くしたエミリア嬢が、ペコペコ頭を下げて謝りだした。なんで謝るんだって訊いたら、もっと謝罪されてしまった。

 真に腹黒いのは、ほかのみんななのに。理不尽だ。

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