第40話 おいたが過ぎました

 うやうやしく一礼したロバートが、小箱を俺に差し出す。


天夜輝あまかがやの女神さまに、お近づきの印をお贈りしたく存じます」


 笑顔をみせられても、うさんくさいだけだ。おまえの女神になったおぼえはないし、近づきたくもないぞ。だいたいオードリー嬢やエミリア嬢とのやりとりをみていた人間が、どうして自分に好意的になると思えるんだ。


「直接話しかけるなどという無礼が、よくできたものだ。ゲスのうぬぼれは測りがたいな」


 こういうときは俺の毒舌がありがたい。


「きさまからの贈り物など、吐き気がする。そのゴミクズを抱えて、目の前から失せろ」

「それでこそ、天夜輝の女神さま!」


 あのお、罵倒されてうっとり目を潤ませるのはやめてください。


「あなたさまの信徒からの貢ぎ物です、どうかお手にとってください。そして願わくば、その御姿をしばし現世に留めるために、オレに腕を振るわせてください!」


 ロバートは、小箱を受け取らせようとぐいぐい押しつけてくる。そういや女神をもとにした宝飾品を作ってるとかいってたな。その参考にするための機嫌とりの品物か。


「爪の先さえ、貢ぎ物とやらにふれさせる気はない。そもそもその薄汚い顔をいつまでも見せるな、目が腐る」

「すばらしいです女神さま、ハァハァ」


 目の隅に、さっきまでの怒りが吹き飛んで後ずさってるオードリー嬢が入る。その気持ちはよくわかる。俺だってドン引きだ。

 贈り物なんていりませんよ、出て行ってくださいねって言えば言うほど、喜んで迫ってこられる。これ、どうすればいいんだ。


「お嬢さまは、受けとらないとおっしゃいました。どうぞお引き取りください」


 困ってたら、アルバートが間に入ってきた。お嬢さま? ああ、そうか、いまの俺はお嬢さまか。


「従者に用はない。俺はルイーズさまにお話ししている」


 んっ? ロバートはルイーズ嬢に贈りたいのか。じゃあ、どうして俺に向かってきてるんだ。

 ルイーズ嬢は、あいかわらず扉のそばに控えてる。彼女を呼ぼうとしたら、笑いをこらえた表情で、立てた人差し指を自分のくちびるに当てた。しゃべるなってことか? なにをだろう。


「私は、ルイーズお嬢さまの意を汲んで申し上げております」


 アルバートまでルイーズ嬢の名前を出してきた。


「下等生物ごときが、なぜルイーズという名を口にできる」

「ああっ、すみません! お忍びの御方に野暮なことを申し上げました。ええ、あなたさまは貴族令嬢ではなく素晴らしき女神さまです」


 えっと、もしかしてロバートは、俺をルイーズ嬢だと勘違いしてるのか?

 さっきの乱入のとき、ロバートは俺が部屋にいることを知らなかった。そのあと、エミリア嬢を訪ねてきた友だちのことを使用人にでもきいたんだろうか。最初にエミリア嬢が居間で俺たちを迎えてくれたとき、ルイーズさまって呼んでたしな。それに俺が解呪してるあいだ二人は屋敷にいたから、使用人たちはルイーズっていう名前を耳にしてるだろう。

 エミリア嬢の客は、二人の令嬢だ。ロバートはオードリー嬢を知ってるから、消去法でワンピース女神がルイーズ嬢っていうことになったのか。

 えええ、俺がルイーズ嬢!?


「ルイーズさま、奇跡のようなその御姿。星々の煌めきを梳いた御髪、夜の帳の麗しき肌、黄金の月を宿した輝ける瞳」


 そうか、だからアルバートはロバートが部屋に入ったとき、俺の上着をルイーズ嬢に貸したのか!

 上着を着て目立たなくしておけば、一見彼女が従者にみえる。そうじゃなかったら、この部屋には本物のルイーズ嬢とワンピース女神がいることになるから、三人目の謎ワンピースは誰だって話になる。でも俺とルイーズ嬢の立場を交換したら、令嬢の人数は合う。


「そしてなによりも、下々への侮蔑に満ちたその御言葉。ゾクゾクします……!」


 アルバートは、そこまで計算したんだろう。ルイーズ嬢もそれを理解して、気配を消して目立たないように壁際にいたんだ。おっ、ちゃんとカフスボタンの遮音魔法も使ってくれてる。うれしいな。

 しかし二人とも、頭の回転が早すぎるぞ。


「はあ、どうかオレをあなたさまの下僕にしてください!」

「アリュ、この阿呆をつまみだせ」

「仰せのままに」


 ロバートが、体がムズムズするような美辞麗句を並べたてる。アルバートはすまし顔をしてるけど、口元がピクピクしてる。絶対、この状況をおもしろがってる。わかる、俺も立場が逆だったら笑いを耐えられるかどうか自信がない。

 前回引きずり出されたからか、ロバートはアルバートを警戒して身がまえた。ところがその隙に、背後からルイーズ嬢が彼の腕をひねり上げてしまった。


「お嬢さまの御前で、おいたが過ぎましたね、ご令息」


 おう、ルイーズ嬢が楽しんでる。さわやかな笑みをうかべた彼女は、ロバートの腕をさらにねじった。


「いっ、いたた、痛いっ! 離せ、この無礼者が!! オレを誰だと思っている、うぐっ」

「わたしは、お嬢さまの命令にしか従いませんので」


 うまく関節技がきまってるのか、ロバートは悲鳴を上げるだけだ。ルイーズ嬢の技を外そうともがくけど、その動きを上手くあやつられて扉の方に誘導される。

 かなりの体格差があるのに、すごいなルイーズ嬢。


「女神さま! どうかお慈悲をっ」


 頭を無理な角度に曲げて、ロバートが俺を見ようとする。いや、さっさと追い出されてくれよ。


「不遜な目玉をくりぬかず、不躾な舌を切り落とされていないのに、それ以上の慈悲を乞うのか。犬にも劣る汚物が」

「はあぁ……すばらしいです……オレはもう心身ともにあなたさまの下僕です……」


 ううっ、トリハダが立つ。ブツブツした腕をさすってたら、ルイーズ嬢がロバートを廊下に押し出してくれた。ありがとう。すぐさまアルバートが、金の杯の箱と、俺に渡そうとしていた小箱を使用人に持たせて追いたてる。

 扉が閉まると同時に、俺は防護魔法を使った。


「防音魔法と防護魔法をかけ直した。俺の才に感謝しろ」

「まず、みなでおちつこう」


 全員でテーブルを囲んで座った。

 はああ、疲れた。

 もともと解呪のせいで疲労困憊してたけど、最後のロバートの下僕宣言でとどめをくらった。ぐでっと椅子にもたれたら、左隣のルイーズ嬢が明るく話しかけてきた。


「色と服装で、印象がずいぶん変わるね。あのバカじゃないけど、たしかに神秘的で思わずひれ伏すほどの美姫っぷりだよ」


 ルイーズ嬢が、ひざまずいて俺の手をとった。


「輝ける星空より降臨された夜の姫君、どうかわたしと一曲踊っていただけませんか?」


 とびきり甘い顔でささやかれた。俺が彼女に憧れてる人間だったら、真っ赤になって喜ぶところなんだろう。

 おなじ誉めことばでも、ロバートみたいに背筋がぞわっとしないのは、ルイーズ嬢が優雅だからだろうな。外見がいいっていう意味じゃない。自分がしたいことだけハァハァいいながら押しつけるんじゃなくて、相手のことを優先して楽しくなってもらおうって思ってるのが伝わってくるっていうことだ。

 もちろん俺はルイーズ嬢に憧れてるわけじゃないから、「俺で遊んでるなー」って思うだけだけどね。バカなことをいうなって言って、ルイーズ嬢の手を払って眼鏡をはずした。


「ふわあ、天夜輝の女神さまが、大悪魔の美少年にもどった……」


 小声だったけど聞こえたからね、エミリア嬢。キミ、俺のこと悪魔って思ってたんだ。たしかにキミへの態度からすると、しかたのない評価かもしれない。だけど、そういうこと、あんまり口にしないほうがいいんじゃないかなあ。貴族社会は揚げ足取りが得意だからね。べつに俺が傷ついたからじゃないよ。うん、傷ついてなんかない。ちょっと心にグサッときただけだ。

 アルバートも眼鏡をとってテーブルにおいた。彼の手元でコトッて音がしただけで、視線が集中する。ちょっとしたしぐさでも人目を集めるのは、アルバートの貫禄だな。


「さて、思わぬ邪魔が入ったけれど」


 本当に「思わぬ邪魔」だったから、みんなが深くうなずいた。


「すみません……」


 身内のエミリア嬢が、申し訳なさそうにうつむく。


「エミリア、それはわたくしに対しての謝罪かしら。それともノアさま?」

「みなさまにですが、とくにお二人にです。というか……ノアさまへの態度は、わたしもびっくりしました。あんなロバート兄さまは、初めてで……」

「常時、下僕を志願している阿呆なんだろう」

「いえいえ! いえ! わたしが知ってるかぎりでは、あんな気持ち悪……じゃなくて、おかしい……そ、その、へりくだった態度だったのは、ノアさまにだけです!」


 知りたくなかった情報を教わってしまった。すぐ忘れることにしよう。

 アルバートが、仕切りなおすように小さく咳ばらいをした。


「本来は、オードリー嬢がエミリア嬢に話をするはずだった」


 アルバートがオードリー嬢に、そうしていいのかって問いかける。つらいなら自分が説明するからっていう最後の確認だろう。


「はい。わたくしからエミリアに話したく思います」


 青ざめた顔で、少し震える声で、それでもオードリー嬢はきっぱりとそう答えた。

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