第31話 改造上着

 グレンヴィル侯爵家の馬車が、四人の人間を乗せて走ってる。

 オードリー嬢を解呪するために、チャップマン男爵家へ向かってる。

 四人の内の一人はルイーズ嬢で、その隣に座っているのが侍女のキャサリン嬢。向かい側にいるのがアルバートと俺だ。侯爵家の令嬢が一人で外出するのはあり得ないから侍女が同伴だけど、彼女が今日見聞きすることが外部に知られることはないってルイーズ嬢が確約した。


「わたしのことは、どうか路傍の石や浜辺の貝とでも思ってくださいませ」


 最初にそう頭を下げると、キャサリン嬢は以後ひとことも口をきかなかった。

 王子のアルバートには護衛がついているらしいけど、今回は目立たないように配備してるから気にしないようにっていわれた。護衛といえば、俺とアルバートはルイーズ嬢の使用人という身分だから、本当なら馬車の外の所定の場所に立ってなきゃならない。だけど人の目につかないように、俺たちは馬車の中にいろっていわれた。

 俺は、一晩の成果を二人に披露することにした。


「着ろ」


 ふっふっふっと笑いながら、アルバートに上着を渡す。


「ハーッハッハ、それを着れば、人目につく心配などそこのボンクラの世迷いごとだとわかるぞ!」


 昨日、俺はアルバートに頼んで上着を二着とも借りて帰った。学園で着たとき、思いついたことがあったんだ。


「今日の上着は、昨日までの上着とはまったく別物なのだ。生まれ変わった上着をありがたく押し抱くがいい! ワハハハ!」

「ノアくん、どうしたのさ。いつもと違う方向に変だよ?」

「この上着の価値がわからないのか!!」

「わかるもわからないも、まだなにもきいてないし」


 アルバートが貸してくれた上着には、着た人間の特徴がうまくとらえられなくなる認識阻害の魔法が付与されていた。ただしそれほど強い魔法じゃないから、最初から疑ってたら魔法は無効になる程度のものだった。


「上着が発動する認識阻害の程度が弱いのは、魔力供給源を外部型にしているからだ」


 付与魔法の魔力供給源は大きく分けると二種類あって、使用者の魔力を使うものと、別で魔力を補うものだ。この上着は後者で、生地が微量な魔力を溜めることができるようになってた。この上着は使い捨てじゃなくて魔力が切れるたびに注入することができて、完全に補給したら三日くらいはもちそうだ。

 こっちのほうが、使用者の魔力量は関係なく使えるから汎用性が高い。ただしその分、魔法の強度に制限がかかりやすい。

 上着への魔法付与は質の高いものだった。生地にもれなく均一に魔法がかかってて、効果は安定してる。ていねいで堅実な仕事で、この魔法付与師はすごく腕がいい。


「こんな仕事をみせられて、燃えずにいられるか!」


 いい魔法をみたら、もっとよくできないかって思うじゃないか。いい仕事をみたら、自分だってやってみたくなるじゃないか。

 というわけで、一晩かけて上着を改良したんだ。

 まず、生地に蓄積した魔力を使用するんじゃなくて、使用者から供給されるようにした。今回使うのは俺たちだし、アルバートは魔法の授業でみるかぎりそこそこ魔力量はある。だったら魔力を多めに使えるようにしたって大丈夫だろう。

 次に、別の魔法を二つ付与した。もともとの魔法を強化したほうがいいかもしれないって悩んだけど、この認識阻害魔法自体はいい仕上がりなんだ。だから手を加えるんじゃなくて、それ以外の魔法を発動させることにした。


「この上着への付与魔法は精神系だ。だから、一つめの魔法付与はおなじ精神系であり阻害系統にした。ただし阻害するのは記憶だ」


 上着を着てる人を見た人間が、「相手の外見をぼんやりとしか覚えない」ように魔術式を組んだんだ。

 注意したのは、やりすぎて「対象から目を離した瞬間にその記憶が消える」にしないようにっていう点だった。使用する魔力量がかなり大きくなるし、敏感な人間には疑問をもたれやすくなってしまう。ある人を、短時間に何度も見てるのにそのたび記憶に残らなかったら、「あれ、どうして覚えてないんだろう」って思われるかもしれない。だから、あえてほどほどの魔法にしたんだ。


「二つめは、袖口のカフスボタンに仕込んだ。魔力供給源の主、つまり上着を着ている人間がボタンの表面を三度こすると、遮音魔法が発動する。この小ささでこの性能だぞ、素晴らしいだろう!」


 遮音魔法は、空気の薄い膜を全身に張りめぐらせて、膜の内側から外側に音がもれるのを遮断する効果がある。防音魔法の応用で、声や呼吸、衣擦れなんかが聞こえなくなるし、上着から一〇シーエム内で起きた音があまり響かなくなる。靴音とか、小さいものにぶつかったときとかね。

 だからこの上着を着ている人間は、特徴をとらえにくく、記憶に残りにくく、気配がほとんどなくなるのだ。


「どうだ、ここまで言えばおまえたちの鈍い頭でも、この上着の有用さが理解できただろう!」

「いや、アルバートが持ってきたとき、その上着って認識阻害の付与魔法しかかかってなかったよね? どうして一晩で二つも付与が増えてるのさ!」

「一晩もあって、俺が付与魔法の一つや二つ足せないような低能だと思うのか!」


 アルバートは、自分が身につけた改良上着を胸から腰まで手のひらでなでおろした。


「ノア、そもそも一つの物に複数の魔法を付与するのは、相当高度な技術なはずだが」

「ほお、俺が高度な魔法技術を身につけていないとでも?」

「いや、そうではないが。あとだね、上着への付与魔法は完成していた。そこに新しい魔法を付与するなんて、できるのか」


 アルバートがいい点に着目した。そう、普通だと物に魔法を付与し終えたら、変更防止の魔法がかけられる。なにかの拍子に魔術式が乱れたり、他人が書き換えたりするのを防ぐためだ。そういうわけで、あとから他の付与魔法をかけることはできないってされてる。

 俺は、変更防止魔法を解除してから、もとの認識阻害魔法と新しい二つの魔法がぶつからないように全体の魔術式を調整した。


「できたから、ここにこの服がある。かい……いや、これしきの腕もないと思われていたとは、とんだ侮辱だな!」


 改造するくらい簡単だって言いそうになったけど、変更防止魔法を解除するのは違法だった。わりとみんなやってるんだけど、法律の大元である王家の人間の前で白状することじゃないよな。だから、元の認識阻害魔法の上から新しく魔法を付与したんだって言い張った。パッと見ただけじゃわからないから、バレないことを祈ろう。

 わあ、アルバートもルイーズ嬢もうさんくさい目で俺をみてる。キャサリン嬢は無表情だ。話題を変えて、二人の疑惑を逸らせたほうがいいな。


「俺が持ってきた魔道具は、上着だけではないぞ」


 ポケットから眼鏡を二本とりだす。まちがえないように、つるの色を金と銀にした。金のつるがアルバートので、銀色が俺のだ。


「眼鏡をかけると、目の色が違ってみえる。髪がつるにふれていれば、髪の色を変えることもできる。顔の印象を変える作用もある!」


 俺だけだったら、色や印象を何百通りも組み合わせられるけど、今回はアルバートや万が一ほかの人が使う可能性も考えて二種類だけにした。眼鏡の枠とつるをつなぐ丁番に仕かけがしてあって、ここを回すと変装魔法を操作できる。丁番を四分の一回すごとに、魔法が発動したり切れたりする。アルバート用のみかけは「暗めのこげ茶の髪、黒い目、のっぺりしたかんじの長い顔」と、「赤い髪、茶色の目、そばかすのある丸顔」にした。

 俺は、一つめの変装は「明るい栗色の髪、濃い茶色の目、のっぺりしたかんじの楕円形の顔」だ。もう一種類の変装は、非常事態用だから使わずにいることを願ってる。

 アルバートが眼鏡をかけて丁番を回す。そしたら受ける印象が、馬っぽいかんじの少年になった。


「へえ。アルバートだと思って、気合を入れてにらんだら、どうにか元の顔がベールの向こうにあるように見えるね。だけど気を抜くと、アルバートとは思えない。それにずっと見ていないと、どんな顔だったのかすぐ思い出せなくなりそうだ」


 ルイーズ嬢が感想を言ってくれる。だいたい成功だな。


「だからさノアくん、こんなの一日や二日でできることじゃないって!」

「はあ? もとになる魔法があるのに、なぜできないんだ。世間の魔法使いは、どれだけ能力が低いんだ」


 上着に付与した記憶阻害魔法も、空気による遮音魔法も一般的なものだ。ただ、それを認識阻害魔法と同居させたり、ボタンに仕込んで全身にまとわせたりするには、少し技術がいるかなってだけだ。


「この眼鏡も既存の魔法を組みこんだだけなのか、ノア?」

「……そうだ、意味のないことをきくな低能」


 そういう鋭いところが困るんだな、アルバートくん。

 上着に付与した魔法は、魔術式が確立してる。でも、眼鏡のはなあ。

 色が変わって見えるとか、見た印象を変える魔法はある。でも、そういったのを組み合わせて人間の首から上の見え方を変えたり、それを眼鏡の一部っていうごく小さい部位で切り替えて稼働させたりっていう効果に特化させたのは、これまでなかったかもしれない。既存の魔法を応用してても、出来上がったものが他にない性能をもってたら独自性が認められる。この眼鏡は、特許を取れる程度には独自性をもってる気がする。

 俺がめざしてる完成形は、もっと先にあるんだけどな。といってもそんなたいしたのじゃなくて、ティリーと変装ごっこをして遊んでたときの魔法を洗練させたいだけだ。次のお祭りのときに使ってみたいんだよね。

 俺は、都合の悪いことは黙って、眼鏡だってすでにある魔法を使ったんだって言い張った。


「はいはい、そういうことにしておくよ。というか、わたしも本当のところなんて知りたくないからね」

「しかし、既存の魔法を使ったとしても一晩しか時間がなかっただろう。ノアはちゃんと寝たのか」

「三時間も寝れば天才には充分なのだ、ハハハハッ」

「そうか、寝不足だから妙に高揚してるのか」


 今日は解呪の日だから、体調を整えておこうとは思ったんだ。だけど魔道具の改造と調整に明け方までかかってしまった。おかげで上着と眼鏡はいいかんじに仕上がった。

 いやあ、楽しかった!

 家を出る前に、塔で愛用されてる強壮剤をこっそり飲んできたのは俺だけの秘密だ。


「この上着と眼鏡をつけていれば、馬車の外の従者席に立っていても問題はないぞ!」

「なるほどね。じゃ、アルバートやノアくんが馬車の外に行きたいっていうなら好きにすればいいけどさ」


 窓から外をのぞいたルイーズ嬢が、手で表を示した。


「着いたよ、チャップマン男爵家」


 あれ。俺が付与魔法について話してるあいだに、馬車は目的地まで来ていた。そんなに長話をしたつもりはなかったけど、自作魔法についてひさしぶりに語れるのがうれしくて、時間がたつのを忘れてたみたいだ。

 本当は付与魔法の効果の強度とか、そもそもの認識阻害魔法の付与のすばらしさとか、遮音魔法の注意点とか、もっといっぱいしゃべりたかった。でもルイーズ嬢に「うん、それはまたあとでね」ってあしらわれて、俺は不満顔でチャップマン家に足を踏み入れたのだった。

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