第30話 採点
オードリー嬢の説得は、うまくいった。さすがアルバートとルイーズ嬢だ。俺だけなら怒らせて終わりか、そもそも話すことさえしてもらえなかっただろう。
俺に呪いがかかってなかったら、二人のことを褒めちぎってた。そう思ったんだけど、ルイーズ嬢はちらっとアルバートに目をやって腕組みをした。
「ルイーズ、さっきの交渉に不満があるか?」
「百点中の六十五点かな。甘くみて、だよ」
「ふうむ。チャップマン男爵家を使用する理由が、少々苦しかったか」
「それにエミリア嬢を巻きこむことについて、もっと強く反対されていたらどうするつもりだったんだい」
くつろいだかんじだったアルバートが、スッと誠実そうな顔をつくった。
「オードリー嬢、安心してほしい。エミリア嬢には私が説明をしよう。学園では話すことができない、高位貴族の子息子女にまつわる内談があるとね。――とでも言うか」
「なにもかも『国の機密で話せない』ことにすればいいって? 安易すぎるね、六〇点に下げよう」
ルイーズ嬢の評価は辛口だった。こっちが望む答えをオードリー嬢から引き出せたのに、やり方については不満があるようだ。
「あと、オードリー嬢の賛同を得るのに、アルバート自身を信奉させるようにしむけたよね。たしかに崇敬の念が強ければいうことをきかせやすくなるけど、熱するのが早い分冷めるのも転機があれば一瞬だ。彼女がアルバートに疑問をもてば、気持ちはあっさり覆るかもしれない」
「決行は明後日だ。それまではもつだろう」
前から思ってたけど、この二人は仲がいいよな。ルイーズ嬢はアルバートに遠慮なく接してるし、アルバートは彼女のことを信用してる。学園に入学する以前からの知り合いみたいだし、気のあう相手だと思うんだ。
「友情が必要なら、痴れ者同士でなれあっていればいいものを」
口からもれたひとりごとは、アルバートに聞きとがめられた。
「ノア、ひょっとしてルイーズがいれば、私の学園での友人はことたりるだろうと思っていないだろうね?」
「おまえに友が何人いようが、まったくもってどうでもいい。だが、最初からその阿呆を選べば話が早かっただろうな」
「いやあ、わたしは普通の貴族だからね! ノアくんみたいに、完全に身分を忘れて彼とつき合うようなバカにはなれないよ」
バカって言われてしまった。俺だってちゃんとアルバートが王子ってわかってるぞ。忘れてることもあるけど、たまにだからな。
「ルイーズが友人というのは、考えたことがなかったな。彼女は、友人というより……」
「利用できる程度の価値はある家臣かい」
「参謀、というべきか。もしくは幼馴染というものがいるとすれば、それに相当するかもしれない」
グレンヴィル侯爵家は王家とつながりが深いらしく、二人は小さいころから顔をあわせる機会があったそうだ。じゃあいまはもう友人でいいんじゃないかと思うけど、二人にとってその単語はしっくりこないようだ。
「しかしノアくんは、貴族のつながりに本当に関心がないんだねえ。さすがに、もう少し知識を入れておいたほうがいいよ」
あきれたように忠告された。
わかってる。大人になって、あらためて塔で生きることにしたって人間関係から逃れられない。いまはまだ子どもだからって大目にみてもらってるだけで、あそこにだって政治は大きくからんでるらしいしね。
まあ、おいおい考えよう。ティリーに知られたら、「兄さま、それは逃避っていうんだよ」ってたしなめられそうだけどな。
「話をもどすと、感情を揺さぶるのはべつに悪い手じゃないさ。だからそれでいいと思って見てたけど、オードリー嬢は想像以上に理性的な人間だったからね。それなら利害関係を示して手をむすぶ方向に切り替えたほうが、より確実だったんじゃないかな」
「オードリー嬢の反応は、私も正直意外だった」
うん、俺もだ。オードリー嬢って、ただのわがままなお嬢さまかと思ってた。でも、自分が困ってるとき差し出された手に考えもせずとびついたり、王子から声をかけられて舞い上がったりすることはなかった。むしろ自分のことを客観的にとらえて、納得できない点を質問することができる人だった。
それがどうして、エミリア嬢がからむとあんなに感情的になるんだろう。
「じゃ反省会はここまでにして、次の計画を考えよう。アルバートとノアくんは護衛に扮するんだろう。わたしの使用人としてチャップマン家に連れていくことはできるけど、見た目はどうするつもりだい」
俺はアルバートをじっくりながめた。手入れのいきとどいた金髪も、なめらかな肌も、きれいな指先もとてもただの護衛にはみえない。おまけに高貴な生まれですって空気が漂いまくってる。それに、そもそも王子の顔って知られてるんじゃないだろうか。
「おまえは目立ちすぎる。護衛でないことは一目でバレるな。隠密行動にはまったく向いていない。迷惑なヤツだ」
なぜかアルバートとルイーズ嬢が、かわいそうな人にむけるまなざしを俺に送ってきた。
「ノア、それは君にもいえることなんだけどね」
「はあ? たしかに俺は貴族だが、おまえのように王家の匂いをプンプン振りまいてはいない」
「目立つっていう意味では、君もアルバートも似たようなものだよ。ノアくんを一度でも見たら、忘れられるはずがない」
誰からもうっとりされるきらびやかな美貌のご令嬢が、なにをいってるのかな。いまの俺は、口の悪さが強烈だけど、外見でそこまで印象に残ることはないだろう。あえていうなら、魔法使いだから髪が長いんだよね。俺くらいの歳で魔法使いを本業にしてる人間はほとんどいないから、ここまで長髪っていうのは特徴的といえるかもしれない。
「髪の長さか? これくらいで『忘れられるはずがない』とは、きさまは大仰なものいいがお得意なようだ」
ルイーズ嬢を怒らせてしまったかと思ったけど、彼女とアルバートからの残念そうなまなざしがより強くなった。なぜだ。
「まあねえ、君がその容姿を鼻にかけていないのは知ってるけどさ」
「ノアは、自分をもっと客観視したほうがいいぞ」
「すごい武器をもってるのに、それを使わないのはたしかにもったいないよね」
俺の顔のことをいってるのか。生まれてこのかた、あたりまえだけどずっとこの顔だし、客観視といわれても自分で自分の美醜って判断できなくないか。
俺の外見ねえ。ティリーみたいにはつらつとしたカンジではないだろう。あと、使用人たちからぽやぽやしてると思われてて、小さいころは「ぽやさま」ってこっそり呼ばれてたみたいだ。「うちのぽやさま」って言われるのは、陰口じゃなくて親しみをもたれてるかんじがして好きだった。
「きれいな顔が拝みたいなら、二人で向かいあって賞賛していろ、バカらしい」
「わたしが美しいことは自覚してるけど、ノアくんはまたちがうタイプなんだよね。わたしの場合は憧憬や賞賛、物語の登場人物に向けるような恋心を抱かれやすい。君は、そうだな、ぞっとするほど惹きこまれて目が離せなくなるような妖しい美貌だね」
ルイーズ嬢が憧れの対象になりやすいっていうのはわかる。俺の場合はぞっとするとか怪しいって、これ誉められてると受けとっていいんだろうか。
「とにかく、男爵家に行くならアルバートとノアくんは変装しなきゃならないっていうことさ。アルバートは身分がバレたら大変だ。ノアくんは、あのノア・カーティスが同級生の女の子の家に遊びに行ったって知られたら、学園に衝撃が走ってうるさいことになるだろうね」
「いつもの上着を使えばいいだろう。ノアの分も用意させよう」
上着ってなんだって訊いたら、人からあまり注目されなくなる効果があるものだって教えられた。完全に姿を隠すことはできないけど、どこにでもいるありふれた人間だとしかみられないらしい。
なるほど、魔法付与がある上着か。なにそれ、めちゃくちゃ興味ある。
「上着を着れば人目につかなくなるというのは、視覚を操作しているのか? それとも精神を混乱させるのか。幻影系の魔法は、注目されないのではなく別ものにみせかけるから違うだろうな。アルバート、上着の原理はなんだ。……なに、そんなことも知らず使っているのか、とんだ愚か者だな!」
アルバートは、上着に使われてるのが精神系の魔法だろうってことしか答えられなかった。
詳しい魔法の種類が知りたい。魔法の発動に条件はあるのかな。効果範囲と時間はどうなんだ。王子の持ち物ならかなりいい魔法付与がされてるはずで、強度や密度を調べてみたい。魔法は、上着全体か、布か、糸か、それともボタンなんかの装飾品か、どの部分に付与されてるんだろう。王族が使う魔法道具って、誰もしくはどこの工房が作製したんだ。
疑問はつきず、きっと知らないだろうとわかっててもアルバートに訊ねずにはいられない。俺の上着への食いつきっぷりに、アルバートとルイーズ嬢が若干引いた。
「ノアくんは、やっぱり塔の人間なんだねえ」
「もし興味があるなら、当日ではなく明日みせようか?」
やったね! 着るだけじゃなくて上着を調べる時間がもらえた。アルバート、ありがとう。
その日は、明後日の計画をまとめておひらきになった。
翌日、アルバートは上着を二枚持ってきた。サイズが違うから、体に合うほうを選べっていわれた。もう授業なんかさぼって上着をさわってたかったけど、真面目なアルバートは許してくれなかった。だから休み時間に調べてみたら、上着には認識を操作する魔法が付与されてた。上着を着ると、その人の特徴がかすんでしまって、「アルバート」や「ノア」じゃなくて「そこらへんにいる誰か」に見えてしまうっていうものだ。
魔法の強さは、着ている人間が誰かをあらかじめ知ってたり、疑いをもってよく見たら、本人だってわかってしまう程度だった。
二枚の上着を着比べて、小さい方を借りることにした。
「こっちをよこせ」
「なら、私はこちらにしよう」
俺が貧相なんじゃない、ただアルバートのほうが少し背が高いだけだ。それだけなんだ。
さて、新しい魔道具を手に入れたら、試すしかないだろう!
「今日は昼食はとらん。卑俗なことに費やす時間など、俺にはない!」
アルバートにそう宣言して、実際の効果を知るために昼休みに上着を羽織って歩きまわった。それにアルバートものっかってきて、二人で学園中をうろついた。
見えなくなるわけじゃないから、そんなに変わったことにはならないだろうと思ってたけど、実際にやってみると違った。
俺は、口の悪いノアくんとして有名になってしまってる。でもこの上着があったら、教室や食堂で隣に座っても怖がられたり避けられたり、畏怖の目で見られないんだ! なんと、ある校舎では、「第四武闘演習場の場所、知ってる?」って普通に訊かれた。感動したけどわからなくてモゴモゴしてたら、アルバートが代わりに教えてくれた。
アルバートも、王子として意識されないのが楽しそうだった。ふらふらしてる最中に「人がたくさんいるから、食堂に行ってもいいんじゃないか?」って言われて、それもそうだと結局俺たちは食堂に向かった。アルバートが近くの生徒に「今日のメニューはなにかな」って訊いたら、緊張されず気楽に答えてもらったのとか。昼食を乗せた盆をもって席を探しても、誰からも誘いの声をかけられなかったのとか。そういうのが、アルバートは気に入ったみたいだった。
放課後にも上着を着てあちこち回ってから、碧の間に行った。
最初、ルイーズ嬢は俺たちが誰なのかわからなくて、「ごめんね、この部屋は予約済みなんだ」って言った。そこで、ジャーン! って俺とアルバートが上着を脱いだら、「バカが二人いる」って白い目でみられてしまった。
俺とアルバートはすごく機嫌がよかったから、ルイーズ嬢の冷たい態度を気にせず、上着の効果を彼女に自慢したのだった。
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