第26話 代理人の依頼(下)

 アルバートが、重力を歪める魔法でも使ったのかっていいたくなるくらい重い空気を背負って、俺をにらんでくる。怒っているのが伝わってくる。


「いまの話もそうだがね、ノア」


 伝わってこないのはその理由だ。なぜだ、これまでの流れのどこに俺が叱られる部分があった。


「とにかくきみは、自分への危険にたいして軽率すぎる。そこを私は怒っているんだ、わかってるか?」


 そんなことないだろう、俺はけっこう臆病だぞ。胸を張っていえることじゃないけどさ。ほかにもっと安全な方法があるなら、喜んでそっちに飛びつく。でも俺の脳みそだと、これが精いっぱいの策なんだよ。

 ああ、これで、アルバートの呪いを解いたら俺にくるのが確定した。どうかアルバートの呪いが、おならが十倍臭くなるとか、その程度のものでありますように。本当にそんな呪いがあるんだから、グラン・グランってなにを考えてたんだろう。


「……わかってないな。まあ、いい、それはおいおい理解させていくことにしよう。それでだな、私のせいで起こるかもしれない損害はわかったうえで、君がこの話をもちかけたということは」


 ゴホンと、アルバートがわざとらしく咳ばらいをした。耳、ちょっと赤くなってないか。


「私を、友と思い……頼ってくれたと、受けとって……いいのか」


 ぐっはぁ! やだ、なにきいてくるのこの人! そういうのは、なんとなくおたがいが雰囲気で察してればいいんじゃないのかなっ。どうして、こっぱずかしいことを直球で投げてくるんだよ。

 代理人の計画を立てたとき、俺は三つの覚悟を決めた。

 一つめは、代理人を依頼する相手が呪われてたら、その呪いを引き受ける覚悟だ。

 二つめは、責任をとる覚悟だ。俺の頼みをきいてもらうことで、代理人に被害が出ちゃいけない。予想できないことだって起こるかもしれないけど、そのときは代理人にたいして責任をとる。俺だけですむ責任だったら、いくらでもとる。仮に俺じゃ手にあまることになってしまったら……一生かけて、できる限りのことをする。

 最後の三つめは、代理人のせいで起こることを後悔しない覚悟だった。たとえば、なにかの拍子に俺が解呪できるってことを、ほかの人にバラされるかもしれない。そうなっても、自分が代理人に選んだ相手なんだから、俺は悔んだり恨んだりしない。

 俺が考えつくだけでも、こんな覚悟が必要だった。代理人を依頼することで、きっともっといろんな問題があるんだろう。だから信じられる、頼れるって思える相手じゃなきゃ、代理人になってほしいなんて言い出せない。

 つまりさー、アルバートくん。依頼した時点でこういうことは察して、そのうえで飲みこんでおいてほしかったなー。……きみさー、初めてできた友だちなんだよ。

 もちろん、アルバートにとっての俺は、学園生活限定の友だちだって了解してる。それはアルバートの考えで事情だから、それでいいんだ。俺は俺の考えと事情で、アルバートを友だちだって受けとめてる。

 友だちといるのは、おもしろいって思っちゃったんだ。

 もし、この厄介な呪いの件で誰かと動くことになるなら、友だちといっしょがいいって思ってしまったんだ。


「適当に使えそうな人材が、おまえだったというだけだ」


 このときばかりは自分の呪いに感謝した。正直なことを口にしたら、俺は恥ずか死にできる。

 アルバートはニコォって、それはもういい笑顔になった。


「そうか。代理人の件は安心してくれ。親友として力をつくすと約束しよう」


 おい、お友だちのランクが上がってないか。祝福なのか、その力がはたらいてるのか。だいたいアルバートの祝福って、どれくらい俺の本音をかんじとれるんだろう。知りたいけど、もだえ死にしそうでやっぱり知りたくない。


「ノア、ようやくきみの行動や目的について教えてもらえたんだ。いくつか質問をさせてほしい」


 じっと見てくる目つきがコワイ。事情を知らされずにつきあわされてたんだから、いろいろ溜まってたんだろうな。言えないこともまだまだあるけど、できるだけちゃんと答えよう。


「なぜ、きみは呪いを解こうとするんだ?」


 はい、最初から答えられない質問きましたーっ。

 どうしてって、そうしないと二年と少し後には、俺が「九十九からトレヴァーの分を一つ引いた数」の呪いを受けてしまうからで。なんでそうなったかっていうと、シィレとの契約があるからで。だけど、精霊契約についてはいえないんだよね。

 でも、そうか、精霊契約については口外できないってところを隠して話せばいいのかな。


「愚物どもに恩恵をくれてやるのは、強者の気まぐれ、遊戯のようなものだ」

「呪いを解ことを、遊びだと?」

「あとは、そう、遊戯には縛りがあったほうがおもしろい。だから、俺の成人の儀までにすべての呪いを解くという縛りを入れた。なに、あの程度の数の呪いなど、俺にかかれば楽勝だ」


 アルバートは眉をひそめた。納得してないってカオだな。そりゃ、気まぐれに、期限つきで呪いを解くことにしたっていわれても、なんでって思うよな。だけど精霊との契約だからという部分を隠すと、自分でそういう規則にしたっていうしかない。


「いまの話は、どうも理解しにくいな。隠していることがあるようだが……これ以上は話せないのか? 理由はわからないが、とにかくノアは成人の儀までにすべての呪いを解くと決めたということか」


 ブツブツとつぶやいてたアルバートが、急に目をみひらいた。


「あの程度の数の呪い? 待て、君は大魔法使いの遺産の呪い――グラン・グランの呪いといわれているあれが、どれほど降りかかったのかを、つかんでいるのか!?」

「は? おまえは知らないのか?」


 あれっ、そうか、グラン・グランの呪いがもともと九十九個あるって知ってるのは、いまのところ俺だけなのか。国は、箱にいくつの魔法が入ってたのかを了解してるものだと思ってたけど、このかんじだと違うな。情報が隠蔽されてる可能性もあるけど、王子のアルバートが知らされてないなら、他の大部分の人も呪いの数をわかってないってことだ。

 数は公にしてもいいよな? 不都合なことはないよね、精霊契約に違反しないよね?


「この国は、グラン・グランの呪いが九十九あることも把握していないのか、嘆かわしい」

「九十九もあるのか……。塔は、少なく見積もって三〇、多かった場合は数百だが、おそらく六〇程度だろうという見込みを出していたが」


 へえ、そんな見方をしてたんだ。なにを元に計算したんだろう。可能性としては、黒箱が魔法を収納できる最大数かな。もしくは、俺は知らないけどほかのグラン・グランの遺産があって、それと関係づけたのかもしれない。それとも、呪いにかかったようにみえる人間の数から概算したのか。

 気になるなあ。俺が学園に入学しなくて塔にいたら、その計算に駆り出されてたんだろうか。わあ、やってみたかった。そりゃ俺は九十九って答えを知ってるけど、他の人がどうやって推測するのかを知りたいじゃないか。


「塔では、呪いの解明に力を注いでいる。マディソン殿を中心に調査をしているが、なかなか成果が上がらないときく」


 マディソン殿って、ヴィクトリア・マディソン塔長か。塔でいちばん偉い人で、けっこう歳がいってるけど、ヴィクトリア塔長の腕は魔法を使うためじゃなくて騎士の剣を叩き折るためにあるって怖がられてる肉体派だったりする。俺は小さいころから塔に通ってたせいか、厳しく怒られつつもかわいがってもらってる気がする。


「それなのにきみは、呪いがどれだけあるのかを知り、さらに解くことができるのか。なぜ、そんなにもこの呪いに詳しいんだ」

「答える気はない」

「どうしても?」

「くどい」


 この件については、俺と他の人をくらべちゃかわいそうなんだよね。能力的な意味じゃなくて、情報っていう意味でさ。俺は箱の魔法が呪いに変わる場に立ち合って、そのとりあつかいをシィレと決めたようなものだ。人間の中では、グラン・グランの呪いに一番詳しいっていえる。

 ビクトリア塔長たちは知識ゼロから始めたわけで、そりゃ難航するだろう。精霊契約がなければ、喜んで協力するんだけどなあ。おのれシィレ、俺が右往左往するすがたが、そんなにおもしろいのか。……おもしろいんだろう、退屈してたっていってたから。


「では別の質問をしよう。ノアは、どうやって呪いを解くんだ」


 いやあ、じつはまだ解いたことはないんだけどね。

 心のなかでつぶやいて、いまさらながら自覚した。そうだった、呪いを解くって大口叩いたけど、実地では未経験なんだ。でもトレヴァーがかかってた呪いを解析したのと、ティリーで他人の魔力に接触したのとで、相手の呪いの内容がわかればどうにかなるだろっていう手ごたえはある。その人の呪いが、トレヴァーのとくらべて何十倍も複雑なものでなければだけどね。

 急に不安になってきた。トレヴァーの呪いが、九十九個のなかでとびぬけて易しいやつだったってことはないよな? 呪いに実際にふれてみないとわからないことだから、いま考えてもしかたないけど、ドキドキしてきた。


「呪いは、なぞなぞあそびのようなものだ。凡百のやからにとっては謎にみえるんだろう。しかし俺にとっては、解ける程度の魔術式でしかない」

「もっと具体的に言ってくれ」

「解呪の方法を説明したところで、おまえには理解できん」

「たしかに、私には無理かもしれない。だが塔や城の魔法使いならどうだい」

「誰であってもおなじだ。方法を教えるつもりも、他の魔法使いに解かせる気もない」


 腕がいい魔法使いなら、俺が方法を教えたら解けるだろう。でも他人に解かれると俺が困るから、教えられない。それに魔法紋の保護鍵を俺が突破できるって知られたくないんだよ。王国法違反で犯罪者になってしまう。


「なぜ、一人でやろうとするんだ」

「そういう縛りだからだ。もし、俺をさしおいてどこかのボンクラが解呪するなら、全力で阻止するぞ」

「どうしてそこまで……いや、とりあえずおいておこう。ところでさっき君は、呪いを解くためにはその相手を知る必要があるといっていた。呪われた人間と、その呪いの内容を、きみはぜんぶ把握しているのか?」


 できてたら苦労しません。これについては、アルバートに誤解させないためにも、きっちり説明したほうがいいな。


「俺が知っているのは九十九の呪いそのものであって、呪われたマヌケどもを把握などしていない。いいか、俺はおまえが、もしも仮にひょっとして万が一呪われているかもしれないとしても、その内容は知らん。もちろん、そもそもおまえが呪われているのかどうかも知らないがな! 呪いを見定めるのは、観察と推測だ」

「呪い自体は知っていても、誰にその呪いが降りかかったのかはわからないのか。そうか、だからきみは同級生たちを調べていたんだな。つまり、最初から呪いを解く目的で入学してきたのか! 塔の指示――ではないな、塔はきみにもどってきてもらいたがっているときく」

「俺は、俺の意志でしか動かん」


 よく知ってるな。でも、それはベイリーとか一部の人だけじゃないかな。塔の大部分の人は、他人のことにそんなに関心をもたないだろう。あとビクトリア塔長や守衛のテッドさんは、まだ成人前なんだし、塔しか知らないよりも学園で経験を積んでこい、それでもっと研究したくなったら帰ってこいっていってくれたんだ。やさしい。


「なぜ呪いの数を知っているのかや、なぜ自分で解くと決めているのかと訊いても……答えないんだろう。だから、この点はいまは保留にしておこう」


 アルバートがひとりごとを口にしていく。これは自分の考えをまとめてるのと、それを俺にきかせて自分がどう理解したのかを教えるのを同時にやってるんだろう。


「ノアは、自分の成人の儀までに呪いをすべて解くことにした。えっ、呪いは九十九あるんだろう。ノアは、いま十三歳だよな? それなら十六歳になる年の一月まで、二年と少ししかない。……私には実際のところはわからないが、なかなか厳しい縛りじゃないか?」

「問題ない」

「それから、そうだ、さっき私にした説明だけどね。君は、呪いを解いたことを本人に知られたら、解いた呪いを君が負うといった。なぜ、そうなるんだ」

「呪い返しのようなものだ、俺が作った条件ではない。まっ、俺にとっては遊戯の縛りの一つ程度だ、それも楽しませてもらうがな」

「それはまた、なかなか酷な縛りだね」


 それ、どっちもシィレにいってほしい。おーい精霊さん、きいてるー? アルバートも、成人の儀までに終わらせるのは大変だろうってびっくりしてるよ! あと、呪い返しもひどいんじゃないかって思ってくれてるみたいだよ!

 こうして考え直すと、のんびりしていられない状況ではある。塔が呪いを解呪しちゃったら、それが俺に返ってくるんだよ。だから俺は、塔よりも先に誰よりも先に呪いを解かないといけない。難易度が上がり続けてる。


「では私は代理人として、ノアがみつけた候補者に声をかけて、君の代わりに相手と交渉する。それでいいね?」

「最初から、そうしろといっている」


 俺は、そうしてほしい。だけど、ほんっとにアルバートにとってはなんのうまみもない話だっていうのが気にかかる。俺が彼にどんなお礼ができるんだろう。

 勉強は不自由してないだろうし、本気でわからなきゃ優秀な家庭教師がつくだろう。魔法だって、俺は人よりは使えるけど、特殊すぎて教えるっていう面で役に立つかどうかは心許ない。じゃあ学園の外のことならって考えても、それこそ王子に伯爵家の息子ができることなんて思いつかない。

 しまった、先にお礼を考えておくべきだった。

 どうしようって頭を悩ませてたら、名前を呼ばれた。

 アルバートが、困ったなあって笑うみたいに目を細めた。


「もしかしたらノアは、代理人を引き受けさせることで、君が私に一方的に借りを作ったとかんじているのかな。だとしたら、それはまちがいだよ」


 おっと、俺がアルバートに返せることがあるのか? なんだそれは、ぜひ教えてくれ。


「ねえノア、呪いを解く方法は国中の人間が血眼になって探し求めているんだよ。それをきみがやれるという情報だけでも、どれだけ貴重なことか。そしてきみは、その真偽をたしかめることのできる立場を私にくれたんだ」


 真偽をたしかめられる? ああ、そうか。俺が本当に解呪できるかどうかを一番最初に知るのは、当事者以外だとアルバートになるのか。


「ハッ、これしきのことに、凡人はそこまで大げさに騒ぎたてるのか」

「大げさじゃない。うーん、こういういい方はしたくないけれど、利益をしめしたほうが君の気が休まるならね。これがうまくいって、いつかなんらかのかたちで公にすることができたなら、私の王子としての大きな功績になるだろう」


 呪いの解呪に貢献した王族っていうことか。アルバートは、だから自分には充分な利益がある、気にせず自分を使えって言ってくれる。そのあとあわてて、だけど利益があるから手伝うんじゃないって言い添える。

 それでも俺のほうが得してると思うけど、こう言ってくれてるんだからね。アルバートの学園限定友情厚遇を、ありがたく受けとることにしよう。


「きさまの功績など、俺の知ったことではない」

「じゃあ、あらためてよろしく、代理依頼人殿」


 アルバートが手を差し出して、俺はそれを握った。


「では、最初の任務をあたえる。黄巻バネヅタを呼び出せ。そして――」


 オードリー嬢は呪われている。

 呪いの内容は、きっとあれだ。

 俺は、彼女を解呪する。

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