第13話 友だちになりました
突然の祝福の告白に俺はほとんど逃げ腰になってるけど、アルバートは話をやめない。ここで逃がすものかっていう彼の迫力に負けて、俺は退室もできず冷や汗をだらだら流してる。
「最初は、好奇心をもった程度だったんだ。教室で初めて話したとき、ノアは『卑俗かどうかは、人としての器の話でしかない』といっただろう。身分ではなく、自分自身に対してそこまで自信があるのかと、興味を引かれた。ただのうぬぼれなのか、それとも本当に器が大きいのかが知りたくなったんだ」
そんなこと言ったっけ。たぶん言ったんだろう。あらためてきかされたら、偉そうでめちゃくちゃ恥ずかしい。俺はそんな大きな器じゃないです。
「それで君を気にしていたら、態度と本心が合っていないようにみえてきた。おもしろいと思ったら、もっとノアの気持ちがわかってきた。祝福が働いているのが感じられたよ」
わあ、それで見透かされてるみたいな発言が多かったのか。えっ、だったらアルバートには、傲慢ノアくんだけじゃなくて、小心者ノアくんもバレてるってことか?
「だから、罵倒しながら同時に周囲を心配しているノアが不思議だった。いいか、私は決してののしられたいんじゃないよ。ただ、君の言動が理解できなかっただけだ。辱められるのがうれしいとか、そんな趣味は断じてもちあわせていない」
そこはアルバートにとって大事なことだったらしく、ののしられたいんじゃないんだって強調された。
「なあノア、どうして君は自分の心を痛めながら、他人にきつくあたるんだ?」
「心を痛めるもなにも、これが俺の本心だ。勝手に推察してわかった気になるな、不愉快だ」
呪いだっていえないから、この態度で貫きとおすしかないのだ。
そうか、アルバートは俺が呪われてることは知らない。つまり彼は、感情なんかは感じとれても、考えてることをそのまま受けとれるわけじゃないんだな。よかった、助かった。
「あとね、君の態度は不遜きわまりないけど、それでもまっとうなんだよ。質問をすれば答えはするし、相手を真に傷つけることはいわない。君は、性根がよほど好いんだろうね」
「きさまの目は腐ってる」
俺の振る舞いで、まわりの人たちはめちゃくちゃ傷ついてるし迷惑してる。ほんっとうに申し訳ない。いつ刺されてもおかしくないくらいだ。これのどこがまっとうなんだ、こいつの感覚はおかしいんじゃないか。
アルバートが、うっすら笑った。
酷薄そうで、腹黒そうで、背筋がぞぞっとした。なんだこれ、アルバートのこんな顔はみたことがない。
「私は若輩者だが、これでも王家の一員だ。人間の尊厳を根底から踏みにじったり、再起不能なまでに絶望させたりする仕打ちを、それなりに見聞きしている。人をどん底に突き落とすには、一言でいい。ことばではなく、目線だけで済むくらいだ。王宮に
わあ、王家、怖い。貴族、怖い。
本物の舌先三寸鬼畜貴族たちと比較したら、俺なんて生ぬるいものなのかな。そんなのを相手にしてるのかアルバート、まだ十三歳なのに苦労してるんだな。
「それから君は、本質的には他者に影響されないだろう。誰にたいしてもへりくだらず、対等に接する。それは心地がいいものだ」
そっちは呪われたほうの俺だね。ホントの俺は気が弱い。たとえばオードリー嬢ににらまれたら、エミリア嬢以上にプルプル震えてへりくだってみせる自信がある。
「自分では、そうではないと考えているようだな。あのなノア、いくら学園では身分を問わないといわれても、家格は生まれたときから身にしみついているものだ。平民なら、貴族との格差かな。だから、本心から気負わずそのように行動できる者は少ないんだよ」
なるほど、そうかもしれない。だからこそ「生徒に身分の上下はない」って強調されるんだろうしね。もし本当に学園にその精神がいきわたってるなら、くり返し説く必要はないだろう。
「わかっていないようだが、ノアは『本心からそのように行動できる者』の一人だっていってるんだよ。君、私のこと、そうとう気安く思っているだろう」
「俺がきさまを敬う理由などない」
いや、アルバートが王子だってもちろんわかってるよ。いくら学園内のこととはいえ、傲慢なふるまいの俺だ。いつ、限度を越したって断罪されるかわからないって、ビクついてるからね。気安くなんて、とんでもない。
アルバートは、そんなふうに怯える俺をうろんそうに見た。
「まあ、いいけれど。本題にもどるとだね。私にとって君は、性格がよくて私と対等に接することができて、言動と本心の不一致が不思議な、共にいておもしろくて楽しい人物なんだ。そんな人間と出会ったら、友だちになりたいと思うのはしぜんじゃないか?」
そういや、アルバートが俺と友だちになりたい理由を教えてもらうためにここに来たんだった。祝福の件が強烈すぎて、すっかり忘れてた。
いろいろ説明してもらったけど、アルバートは俺のことをかなり過大評価してる気がする。性格がいいとか、アルバートを対等視してるとか、とてもそんなのじゃない。
どう返したらいいんだろう。
うーんうーんと悩んでたら、アルバートがふいっとそっぽを向いた。口の端がちょっと下がってる。これまでさんざん見てきた余裕のある王子さまの顔じゃない。なんだろう、少し拗ねてるみたいな?
「……それに、私だって、少しくらい夢をみたいんだ」
なんかブツブツ言い出した。
「学園にいるあいだぐらいなんだよ、周囲から王族あつかいされないのは。それがたとえ表面上のことだけだったとしても。だから生徒でいるうちに、友人をつくって、一緒にめいっぱい遊んでみたいと思ったっていいじゃないか。あこがれてたんだよ、気のおけない関係っていうのに」
アルバートの目もとが赤らんでる。照れてるんだろうか。
えー、かわいい。初めてアルバートのこと、同年代の子なんだって思えたかもだ。
そっかー、憧れてたのかー。そうだよね、俺にはわからないけど、王子って不自由そうだよねえ。
「なんだノア、そのなまあたたかい目は」
フンッて鼻を鳴らして笑ったら、悔しそうににらまれた。
「だからっ。入学初日に、そういうことができそうな相手をみつけたら、そりゃ有頂天になるだろう!? 友だちになろうって、うかれて声をかけてしまうだろ。ノアがコソコソ動いてたら気になるし、なにをしているのか知りたいし、できれば一緒にやれたらって思うじゃないか!」
真っ赤な顔でキレられた。
思い出した。俺も入学直後は、歳の近い友だちができるかなってウキウキしてたんだ。その期待は呪いのせいでこっぱみじんになったと思ってたけど、そうじゃなかったのかな。まだ機会はあるのかな。
いまからでも、遅くないのかな。
こんなにいいヤツが、目の前にいるんだから。
アルバートが、うつむいて手で自分の目を覆った。
「ノアに、友だちになりたいという私の気持ちを強引に押しつけすぎたかもしれない。だが、時間が惜しかった。学園での三年間しかないんだよ」
切実な声だった。
なるほど、俺にそういう発想はなかった。俺は、学園の生徒でいるあいだも、生徒じゃなくなってからも、周囲からのあつかいが劇的に変わりはしないだろう。だけどアルバートはそうじゃない。王子と生徒じゃ、きっと天地ほどの差があるんだ。
「あと一つ、君と友だちになることで私が得る利益があるんだが……それは、いま話せないし、本質じゃない。そんな利益がなくても、友だちになりたいという気持ちに変わりはない」
昼休みが終わる前、アルバートが「少し含むところがある」っていってたことかな。王族としてなのか、個人としてなのかはわからないけど、そりゃ人にいえないことは誰にだってあるだろう。俺も、他人に内緒にしなきゃいけないことはあるしね。
「きさまの秘密など、興味もなければきく気も皆無だ。わかったら、口を閉じていろ」
アルバートは気にしてるみたいだけど、友だちだからってなんでも話さなきゃならないわけじゃない。黙ってるほうが彼の得になるなら、よかったねっていうだけだ。もし彼にとっての得が俺の損になるなら、そのときどうするかを考えればいい。
というより、祝福みたいな重要事項を話されるほうが怖いって! そういうことは黙っていようよ、アルバート!
アルバートが、ドサッと背もたれに体重をあずけて、額に落ちかかった髪をかき上げた。苦いものを飲みこんだみたいな顔だった。
「ああ、まったく。私は、私の都合ばかりを話しているな。だが、こちらからノアに差し出せるものがないんだよ」
「イスヴェニア王国の王子が、なにをほざく」
「事実だろう。君は、私に欲するものがない。みていればわかるよ」
俺がアルバートから欲しいものや、して欲しいことか。それは、たしかに思いつかないな。
「だから私には、君に渡せるものがない」
「当然だ。きさまごときが、俺と等価の取り引きなぞできるものか」
でもさ、だからってアルバートのその言い分は違うんじゃないかな。
「そもそもだな、対価を必要とする契約なのか、これは」
呪い変換で、わかりにくい言い方になってしまった。でもまあ、そのまま口にするのは照れるから、このほうがよかったかな。
そう思ったけど、アルバートがびっくりしたみたいに顔を上げた。おっと、彼は祝福もちだった。だったら俺がいまなにを考えてるのかが、ある程度は伝わるんだ。
じゃあ、わかっちゃったかな。
わかったんだろうな。
だって、急に空気が明るくなった。
「たしかに、友を得ることは、値段をつけた取引や契約であるべきではないな」
この人、完璧な理解をしてました。
「身分が上のヤツが強制するものでもない」
アルバートが、「もちろん、そうだ」って笑顔で返す。つまりこれは取引じゃなくて強制でもなくて、俺の意志なわけだ。友情に対価なんかいらないって伝えたかったけど、当の本人からまるごと肯定されたらなんか恥ずかしいぞ。
アルバートが片手を差し出した。俺は「この俺に右手を出せとは、身のほど知らずだな」ってあいかわらずの上から目線でしか返せなかったけど、アルバートは祝福の力を発揮して正しく俺の気持ちを読みとったみたいだ。
テーブルの上に乗せていた手を握られた。
「ありがとう、ノア」
「礼をいわれるようなことをしたおぼえはない」
「そうだな、言い直そう。うれしいよ。これから、よろしく」
あらためて力強く握ってくれた。
俺も、握り返した。
この日俺に、初めて同い年の友だちができました。
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