Soul in the Server

watergoods

第1話

「デジタルコンストラクト保険、ですか。はあ」

 目の前に座る男、ウィリアム・パーカーはいかにも面倒くさいと言わんばかりに顔を歪めた。その視線は自分が渡したタイタンウェブ・インシュアランス株式会社営業課DCIサービス担当ライアン・ドーセットという名刺に向いている。

 五十歳手前、業界二番手の生体マイクロチップメーカー、ミネルヴァ・テクノに勤めているこの男は自分にとって優良客だった。

 こちらとしても寝ていたい土曜日にも関わらず、わざわざ朝からスーツを着て商談に来ているのだ。何としてもものにしたい。

「ええ。弊社が今新しくご提供している保険でして」

 そう言って精一杯、へつらった笑みを浮かべた。

「今、弊社の親会社タイタンウェブ・サービスがデジタルコンストラクトをご提供しているのですが、そちらに関してはご存じでしょうか?」

 恐る恐る言うと、パーカーはむすっとした表情を浮かべた。

「ええ、それは知っていますよ。利用されている方も多いですしね」

 それは知っているだろう、そう内心で悪態をついた。そもそもデジタルコンストラクトは生体マイクロチップメーカーやレンタルサーバー業者の大半が参入しているのだ。業界二番手のミネルヴァ・テクノに勤めていて知らないわけがない。

 人間が生きているうちに日々の行動パターンや反応、感情の動き、会話や応答の仕方の癖、そういったあらゆる生体記録ライフログをクラウドサーバー上にアップロードして、模造型人工知能イミテイト・インテリジェンスを生成し、本人の死後も人格をサーバー上に残す技術『デジタルコンストラクト』は今や一大産業になっていた。その売り文句はこうだ。『いつでも大切な家族に会える。変わらぬ絆、思い出以上に鮮明に』。

 今や大半の人間が脳内に生体マイクロチップを埋め込み、脳から直接ネットにアクセスできる電脳ブレインマシンを手にすることが当たり前になっていた。個人の電脳ブレインマシンから日々の情動反応や会話の癖などを定期的にアップロードさせて、人格を再現する模造型人工知能イミテイト・インテリジェンスを生成するというのは容易たやすいことだ。

「でも、保険ってことは自分のコンストラクトが保管されるレンタルサーバーのバックアップを生前から準備するってこと?」

 パーカーが会話に乗ってきた。

 いけるかもしれない、そう思って自分の電脳ブレインマシンからVPNを通じて、会社のデータ管理サーバーに接続リンク・インした。『デジタルコンストラクト保険タイプA五十年安心プラン』の説明用資料が電脳ブレインマシンにダウンロードされ、自分の光学式義眼オプティック・デバイスに映し出される。

「ええ。おっしゃる通りです。やはりレンタルサ―バーのメンテナンスやダウンによって利用できなくなるということがデジタルコンストラクトを利用されている多くのご遺族の方に共通しているお悩みでして。せっかくデジタルコンストラクトを作ってもレンタルサーバー側の事情でご遺族様がパーカー様にお会いできなくなってしまっては本末転倒です。ですから、この保険では加入者様を対象にクラウドサーバーに専有部分をご用意してバックアップを作成し、レンタルサーバーに不具合が起きても、デジタルコンストラクトをご利用いただけるといった内容になっておりまして」

 そこまで言うと、パーカーは腕を組んで考え込むような仕草を見せた。

「また保険か、人工培養臓器プラント・オーガン電脳ブレインマシンのバックアップもやってて懐がね。まあ、検討してみますよ。資料もらえる?」

 それを聞いた瞬間、これで一件契約が取れるかもしれないという期待が胸をよぎった。

「はい、是非ご検討をお願いいたします」

 言いながら、さっきダウンロードした説明資料をパーカーの電脳内アカウント宛てに送付した。

「ああ、これね」

 どうやらパーカーの電脳ブレインマシンに届いたらしい。身体はコーヒーを飲む動作をしているが、きっと電脳ブレインマシンの中で説明資料を見てくれているのだろう。

「じゃあ、今日のところはこれで」

 そう言ってパーカーが立ち上がった。

「では、後日またご連絡いたします。よろしくお願いいたします」

 言いながらきっちり頭を下げた。

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