「おじさん」は最新の小学生(キミ)に逆らえない?
カミシロユーマ
第1話 此花エリイ
これは、2040年代の日本の物語です。
あなたは今、歴史と風情を残す城下町と開発が進む新興住宅地の狭間に位置する、ちょっとだけのどかな町で暮らしていました。
勤めていた会社を早期退職したあなたは、その町で小さなカフェを開きます。
経営は決して上々ではありませんが、おせっかいな近所の人達の協力もあり、穏やかで気楽な毎日を過ごしていました。
しかし、あなたにはひとつだけ悩みがありました。
いつまで経っても結婚相手が見つからないのです。
理由は色々あるのですが、あなたは自分が「おじさん」だから女性に相手にされないと考えており、次第に結婚を諦めつつありました。
そんな折、あなたは結婚相談所の相談員から、あるサービスを紹介されます。
それは次世代の超・高性能なAIによるマッチングサービスでした。
あなたは乗り気ではありませんでしたが、ものは試しにと利用してみたところ……なんとすぐにお見合いの申し込みが来たのです。
あなたは喜びました。
しかし、すぐに頭を抱え込みました。
何故なら、あなたにお見合いを申し込んだのは――9歳の女の子だったからです。
『おはようございます。あなたにお見合いの申し込みが1通届いてます』
その日、スマホのアプリを立ち上げたあなたに、天使の姿をしたAIコンシェルジュが合成音声でそう通知しました。
しかし、あなたはその通知を無視していました。
何故ならその申し込みをしたのは(データを確認する限りでは)、まだ9歳の女の子だったからです。
いくら何でも小学生はダメだろうとあなたがAIコンシェルジュに伝えると、天使はチッチッチッと合成音声で舌を鳴らし
『前にもお伝えしましたが日本国では2034年の法改正により、男女共に結婚可能年齢が大幅に引き下げられました』
それはあなたも知っています。
ただし知識として知っているだけで、内容に納得しているわけではありません。
あなたが育った時代の価値観から言えば、それは許されない“罪”だからです。
法律は改正されても、人の価値観はそう容易く変えられないのです。
『前回のマッチングの結果、エリーさんからは「ぜひお会いしたい」との回答を頂いております。お会いになりますか?』
あなたはとりあえず頷きました。
『ではお見合いの日程を決めましょう』
あなたは首を横に振りました。
自分のような「おじさん」に興味を持ってくれた女性には、それが例え子供であっても誠実に対応したいと考えていましたが、相手はまだ9歳の子供なのです。
繰り返しますが9歳の子供なのです。
いくら結婚可能とは言え、小学生に手を出すのは人として男として間違ってね?
あなたが尻込みする理由はそこにありました。
確かに、そんな時代もありました。
今でもそれが正しいと思う人が日本では多数派を占めています。
でも、あなたにお見合いを申し込んだ女の子は違いました。
女の子に手を出すのは許されない事ですが、女の子の気持ちを
男のつらいところです。
あなたが開店間際になっても悩んでいると、となりに住むお婆さんから尻を叩かれました。
そして「男ならズバッと覚悟を決めんかね!」と叱られます。
そのお婆さんの一言がきっかけで、あなたは9歳の女の子とお見合いする事を決めました。
勝手に人の家に上がりこんで、人生ないし社会的生命を左右する問題に首を突っ込んできた事には多少なりとも言いたい事はありましたが、お婆さんはいつもタダ同然の金額で新鮮な野菜を売ってくれるので、あなたは頭が上がりません。
田舎の恐いところです。
・
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そしてお見合い当日。
会場は歴史と風情を残す城下町の一角。いわゆる隠れ家的な小さなイタリア料理店でした。
スーツ姿のあなたが意を決して入店すると、赤毛の陽気なイタリア人男性が出迎えてくれました。
この店『Primo Amore』の店長です。
「Benvenuto, condividiamo gli stessi gusti!」
店長は人好きのする風貌でしたが、いきなりイタリア語で話しかけられた上に何故か肩を抱かれたので、あなたはもちろん戸惑いました。
更に言うとイタリア語なんてさっぱりなので、どう返してよいのか分かりません。
「ところでおタバコ吸われます?」
吸いませんとあなたは返しました。「最初から日本語で喋れ」とまでは流石に言いませんでした。
赤毛の店長はあなたを店の奥の個室に通します。
緊張しながらドアを開けるとそこには——
「あ」
最初に視界に飛び込んできたのは、目にも鮮やかなピンク色の髪。
ふわふわのピンクな髪をツインテールにした女の子でした。
首には大きなVRゴーグルをかけ、上着はもこもことした白のパーカー。
ショートパンツから伸びる細い足の先には、サイバーなデザインのスニーカー。
頭のてっぺんから足の先までカラフルな出で立ちです。
スマホを眺めていたその女の子は、あなたを見ると「ふにゃあ」と微笑みます。
「エリイは
と、あなたに自己紹介してくれました。
・
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・
白いテーブルを挟んで、あなたと此花エリイと名乗った少女は向き合います。
エリイはとても可愛らしい女の子でした。
白い肌に水色の瞳はそれだけで人目を惹きますし、整った目鼻立ちは可愛いと言うより美しいと形容した方が近いでしょう。
ただし眠いのか大きなその目は半開きで、口元には悪戯でも企んでいそうな笑みを浮かべています。
「おじさんの名前はもう知ってるんだよ。だからまずはかんぱーい、だよ」
ワイングラス(中身はジュース)を掲げ、エリイは乾杯の音頭を取ります。
ちなみにあなたのグラスにワインはまだ注がれていません。
それにも関わらずエリイはぐびぐびとジュースを飲み干し、「もういっぱい!」と店長に向けて空のグラスを振ります。
するとエリイより少し年上に見える女の子がやって来て、あなたのグラスにワイン(ノンアルコール)を注ぎ、エリイの前にはパックのジュースを置きました。
「……ふみちゃん、これエリイにどうしろと?」
「自分で注いで」
そう言い捨てて、女の子は去って行きました。
店長の娘さんでしょうか。
店名の入ったエプロンを付けていた事から、あなたはそう推察しました。
「……ちらっ」
自分で効果音を口にしながら、エリイがあなたのほうを向きます。
その意図はもう既にお分かりですね?
あなたはパックのジュースをエリイのグラスに注いであげました。
エリイはそれを見てまた「ふにゃあ」と笑いました。
「じゃ、二回目のかんぱーい、だよ。かんぱーい」
今度はちゃんと乾杯をして、あなたはワインを口にします。
さっぱりとした酸味が美味しいワイン(ノンアルコール)でした。
「んでね……エリイちゃんのこと、どう思いますか?」
いきなり核心に迫る質問を投げかけられ、あなたは何と答えるべきか迷ってしまいます。
「うーん…………おじさん、ロリコンの気はないっぽい?」
「ないかもね」とあなたは答えました。
本心はどうあれ、そう答えるのが大人としてのふるまいだからです。
「エリイちゃん、もう小学三年生なんだよ。つまり来年には四年生! 10歳なんだよ!」
「そうなんだ」とあなたは返しました。
他に何と言えば良いのか分からなかったからです。
「いまのうちにキープしておくとお買い得だよ? だよ?」
「そうなんだ」とあなたは返しました。
基準がよく分からなかったからです。ロリコンではないので。
「んにゃっ!!」
すると突然、エリイは首元のVRゴーグルを装着し、腕をびしっと伸ばします。
それが日曜朝に放映している特撮ヒーローの変身ポーズだとあなたはすぐに気付きましたが、口には出しませんでした。
「
エリイが何を検索し始めたのか分からなかったあなたは、とりあえず店長が運んできた料理の方を見ていました。
どれも色鮮やかで美味しそうです。
「よし、これなんだよ!」
どうやらエリイはお目当ての答えを見つけたようです。
VRゴーグルを外したエリイはあなたにドヤァッと笑いかけると、あなたの皿の上からブルスケッタをぱくりと横取りして
「ざ、ざーこ、ざーこ♥ おじさんの…………なんだっけ?」
「よわよわ頭皮とか?」とあなたが答えると、エリイは細い指を口にあてて
「エリイはそんなひどいこと言えないかも」
と言いました。あなたはちょっと傷つきました。
でも大人なので感情を顔に出さず、エリイに「そのパン美味しい?」と聞きます。
エリイは元気よく「うん♥」と答えて、なし崩し的に食事が始まりました。
エリイはあなたの思っていた以上に騒がし……いえ快活な女の子だったので、あなたの緊張は自然とほぐれていました。
美味しい料理を楽しみながら、今度はあなたがエリイについて質問していきます。
「詳しい事はエリイのプロフ見てなんだよ」
此花エリイ
・年齢:9才
・身長:130cm
・体重:ゴジラよりは軽いゾ
・好きなもの:お前
・嫌いなもの:世間が決めたルールに縛られるお前
・悩みごと:好きな人が難聴系主人公ぶること
・趣味:あなたといっしょ♥ たぶんいっしょ♥
・特技:家事になる予定
・性格:エリイは世界一かわいいYO!
あなたがプロフィールを確認し終えると、エリイは何かを期待するような目であなたを見つめてきます。
それを受けて、あなたは自分のプロフィールを送り返しました。
ちょっとこのノリに付いていくのは骨が折れそうだからです。
エリイは不満そうに舌を打ち鳴らしたあと、あなたのプロフィールを拝読します。
「……ん? おじさん、お店やってるの?」
あなたが頷くと、エリイは拳を握りしめてガッツポーズを取ります。
もしかしたら来店してくれるかもしれないと、あなたは嬉しくなりました。
「おじさん、エリイね? 株式投資とか得意だよ?」
「そうなんだ」とあなたは答えました。
繋がりが全く分かりませんでしたが。
「だからお店にカンコドリーが鳴いても、エリイが食べさせてあげる♥」
あなたは大人なので「余計なお世話だ」という言葉をぐっと飲みこみました。
――さて、あなたとエリイがゆかいな漫才を繰り広げている間にも、様々な料理が運ばれてきました。
メインデイッシュはチーズたっぷりのピッツァで、エリイはふーふーと冷ましながら焼き立てのピッツァを食べています。
彼女が食べることに集中しているタイミングを見計らい、あなたはずっとエリイに聞きたかった事を切り出しました。
「エリイがおじさんとお見合いした理由? ふたつあるんだよ」
「教えてくれ」とあなたは促します。
「ひとつは
その回答にあなたは少しだけ複雑な気持ちになりました。
AIが優れているのはよく分かっています。
あなたが今のお店を開く場所や内装にメニューに至るまで、AIコンサルタントに助言してもらったからこそ、今のあなたが在るのですから。
だとしても、結婚に関して自分の意志ではなくAIの選択を尊重すると言うのは、あなたの価値観に照らし合わせると納得できない点はありました。
「……そして、もうひとつは…………えっと…………」
二つ目の理由についてエリイは突然口籠ると、このお店の手伝いをしている女の子――ふみちゃんに助けを求め出しました。
言葉でなくジェスチャーで訴える理由はあなたには分かりませんでしたが、ふみちゃんはめんどくさそうにため息を吐くと、あなたの下に一枚の
可愛らしいキャラクターが印刷された便箋を開くと、そこには一人の女の子の思いが記されていました。
本人の以降もあって詳細は記しませんが、結論から言えばその女の子はあなたがエプロンを付けてコーヒーを淹れる姿がとてもステキだと、自分なりの言葉と表現で伝えてくれたのです。
ふとあなたがエリイのほうを見ると、彼女の姿はありません。
代わりにテーブルの下から「はずかしぃよぉ……」という声が聞こえてきたので、あなたは聞かないふりをする事にしました。
・
・
・
そして時計の針が21時に迫った頃。
あなたは最後まで「エリイと結婚する」と解釈できそうな言質を一切取らせる事なく、無事にお見合いは終わりました。
夜も遅いので送っていくと伝えるとエリイは「ウルフモード、キター!」と目を輝かせましたが、あなたが「何もしないよ」と優しく言うと、つまらなそうに口をとがらせていました。
幸いにもエリイの家は店のすぐ近くに建つ寄宿舎だったので、あなたとエリイが別れる瞬間はすぐに訪れます。
「じゃあまただよ、おじさん♥」
エリイはそう言って寄宿舎の門をくぐりましたが、すぐにあなたの方を振り向くとまた戻ってきました。
「ねぇねぇ、おじさん、ちょっとしゃがんでほしいんだよ」
エリイが何を考えているのか、何となく予想できたあなたはお願いされた通りにしゃがみ込み、目を閉じてその時を待ちます。
すると額にコツン、と硬いものが当たった感触がありました。
「えへへへへへ♥」
エリイは笑いながら、今度こそ寄宿舎に戻って行きました。
あなたは自分の額に当たった物は、エリイが首元にかけていたVRゴーグルなのだろうなとぼんやり考えていました。その通りでしたが。
店の前に戻ると店長と、そしてふみちゃんがあなたを待っていました。
お土産を手渡されお礼を述べた後、あなたはふみちゃんに尋ねました。
「はい、エリイは私のクラスメイトです」
便箋の仕込みを考えるとその結論は容易に導き出せましたが、(本人は乗り気とは言え)仮に友達とこんな「おじさん」がお付き合いする事になっても平気なのかと二人に尋ねます。
すると今度はふみちゃんが黙り込んでしまい、代わりに赤毛の店長が答えました。
「――愛は年齢を超えますよ同志。それに――ガッ⁉」
いきなりキメ顔になる店長に、顔を赤くしたふみちゃんが蹴りを入れます。
そこであなたはようやく、この二人の関係を誤解していた事に気付くのでした。
・
・
・
「はぁ~~~~~~~かっこよかったんだよ~~~~~~~♥」
寄宿舎の一室でエリイはずっと、今日の
「まだまだ時間はかかりそうだけど、エリイがんばるぞ。
おじさんのお店にも、毎日通っちゃうんだよ♥」
あの男性に今後降りかかるであろう騒動や風評を予測すると、エリイの選択は必ずしも好ましいとは言えませんが……『私』にエリイを止めるつもりはありません。
それが『私』が予測した結果であり、それを踏まえて下した
エリイはスマホ越しに、天使の姿を模した『私』に話しかけます。
「これからもよろしくなんだよ、エリイの
『――はい、おまかせください“
つづく
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