第十一話 とんでもない賭け



 放課後独特の、静けさの中にちょっとだけ混ざる生徒の声を耳が無意識に拾う。


 だけど、僕の意識は目の前に立つ茶髪先輩に向けられていた。



「おい、邪魔だって言ってんのが解んねぇのか?」



 体を丸めて僕に視線を合わせると睨み、ドスを利かせる茶髪先輩。



「……あ、済みません」



 目を反らす様に頭を下げ、スッと横にずれる。

 

 ぎゅ。


 僕の手が誰かに握られた。

 美穂だった。



「ちょっと! 先輩だからって、そんな横柄な態度とってもいいの!?」



 僕の前に割り込んだ美穂は、腰に手を当てて茶髪先輩に食ってかかる。



「あぁ、なんだお前?」



 そんな美穂に茶髪先輩が首を捻りながら、目を細くした。

 明らかに機嫌を害している。

 って美穂、何してんだ!?



「ちょ、ちょっと美穂!?」

「良いからそらは黙ってて! アナタね、そらはたった一人入ってきた一年生なんでしょ! だったらもっと優しくしてあげてもいいんじゃないの!?」



 慌てて服を引っ張る僕を制して、再度茶髪先輩に苦言を呈す美穂。


 美穂は昔からそうだ。

 相手が年上だろうが大人だろうが関係無しに、自分が正しいと思った事は譲らないし、相手が間違っていると思えば、こうして食って掛かるのだ。



 それが良い方──相手が大人であれば自分の非を認めてくれるので、「解ればいいのよ」と美穂も納得するのだが、相手はあの茶髪先輩だ。

 間違っても折れる事もなければ、非を認めるどころかその非にすら気付かない。



「あぁ? だからテメェはなんなんだよ、さっきからよ?」



 案の定、額に青筋を浮かべて美穂に詰め寄る茶髪先輩。

 顔がみるみる近くなるけど、それでも美穂は微動だにしなかった。



 しばらく睨み合う二人。……すると、次の言葉を発したのは茶髪先輩だった。



「……ほう。おい、アンタ。名前は?」

「自分から名乗らない人に、名乗る名前なんて無いわ!」

「ハン! 面白れぇ一年だな! 俺は二年の松本だ。二年に松本は一人しか居ねぇから、それだけでいいだろ?」

「えぇ、それで結構よ。私は赤井よ。同じく一年に赤井は私しか居ないわ」

「へぇ、赤井ちゃん、ね?」



 美穂の苗字を聞いた茶髪先輩は舌先を出した後、ベロりと唇を嘗め回す。



「それで、赤井ちゃんはコイツのなんなの? 彼女?」

「なっ!?」



 茶髪先輩に言われ、顔を真っ赤にする美穂。



「か、彼女なんかじゃないわよ! 幼馴染よ、幼馴染!」



 顔をブンブン振って否定する美穂。その度に赤いツインテ―ルが激しく広がる。

 確かにその通りなのだが、そこまで強く否定されると少しだけ悲しい。

 別に良いんだけど……。



「へぇ、彼氏じゃないんだ……。って事は、この前居た黒い髪のトロそうな一年も幼馴染なのかよ、一年坊主?」

「く、黒い髪……? あぁ、琴音のことでしたら、彼女も幼馴染です」



 急に話を振られた僕は、驚きながらも答えた。


 すると、茶髪先輩は「ふ~ん……」と少し考える素振りを見せたあと、僕よりも背の低い美穂に視線を合わせる様に身を屈めると、親指の先で僕を指す。



「それで? 赤井ちゃんはコイツと何しに来たの?」

「み、美穂はたまたまそこで一緒になって──」

「──一年坊主おめぇには聞いてねぇんだわ?」



 鋭く睨まれ「うっ」と言葉を詰まらせると、美穂が答える。



「別に。ただの付き添いよ。悪い?」

「付き添い、ねぇ……。もしかして、文化祭の件かな?」

「そうよ。一年生がそらしか居ないんじゃ、文化祭の演奏なんて出来ないでしょ? だから、今年は無しにならないかお願いに来たのよ」

「へぇ~」



 あまり興味なさげに答えた松本先輩。

 次には、「あ~」と肩を竦め、頭を横に振る。



「残念だけど、そいつは無理だ。こいつは軽音部の伝統だからなぁ。それに軽音部でも無い部外者のヤツが言いにくるってのも、筋が通らないしなぁ」

「別にアンタにお願いしているわけじゃないわ! 部長さんに、よ!」

「あいにくと、文化祭の準備やらで部長はしばらく忙しいんだわ。それに、部長の答えだって変わらないと思うぜぇ?」

「そんな……」



 茶髪先輩のその言葉にショックを受けた美穂が、ユニフォームの裾をキュッと握る。

 それを見て、何故かニタニタと笑う松本先輩は、俯いている美穂にゆっくりと顔を近づけた。



「それによ? メンバーが居なければ、一人で弾き語りでも良いんだぜ? 去年もそうしたヤツが居たんだしな」



 優しく諭す様な声色の茶髪先輩が、唇をゆがめる。

 その顔を見て僕は確信した。


 あぁ、茶髪先輩このひとは知っているのだ。

 誰かから聞いたのだ。

 僕がギターを弾けない事を。

 僕が歌えない事を。



「だからよぉ。コイツも弾き語りをやればいいのさ。それで万事解決だぜ? そう思うだろ、赤井ちゃん?」



 すると美穂はガバっと顔を上げる。

 そして、思ったより顔の近かった事に驚きながらも、反論した。



「そ、そんなの無理よ! だってそらは歌も歌えないし、そもそもギターが弾けないんだから……」



 勢いが無くなり、俯いていく美穂。


 それを見て、俄然勢いづいた松本先輩が、「あちゃ~」とわざとらしく額に手を当てた。



「それじゃあ弾き語りは無理じゃねぇかよ! 軽音部の代々続く伝統が、途切れちまうじゃねぇか!」

「だ、だからそれを止めてもらいに来たのよ!」

「だから無理だっての。どうしてもっていうのなら赤井ちゃん、キミがやればいいんじゃないの?」

「そ、それは……」



 ニタつく松本先輩と、また俯く美穂。



 その姿に、僕の中の男の子が首をもたげる。

 もうこれ以上、美穂に頼るのは無し、だ!



「じゃ、じゃあ──」



 美穂を背中に守る様にして、松本先輩の前に立つ。



「あぁん?」

「そ、そら?」



 そんな声出さないでよ、美穂。



「ドラムで、ドラムで歌います!」

「あぁ? 舐めてんじゃねぇぞ、一年が!」



 そう言って茶髪先輩がゆらりと立ち上がったかと思うと、僕の胸倉を掴み上げる。



「うぐぐ!?」

「ドラム叩きながら歌いますだぁ? そんなこと一年が、いやお前が出来る訳ねぇだろうがよっ!」

「がはっ!?」



 胸倉を掴まれたままどんと突き飛ばされ、廊下の壁に体をぶつける。

 ズキンと背中が痛む。



「きゃあ!? そらぁ!」


 

 悲鳴をあげる美穂。

 その悲鳴を聞いたのか、軽音部の部室のドアがガラッと空き、中から二年生が顔を覗かせる。



「なんだ!?」

「また松本くんが揉めてるの?」



 それに気付いていないのか、それとも無視しているのか、茶髪先輩は廊下で倒れ込む僕に詰め寄ると、足を高く上げた。


 それを見た二年生の男子先輩がさすがにこの状況はマズいと思ったのか、「おい、先生呼んできた方がいいんじゃね!?」と、職員室へと走っていく。



 が、それすらも気にする素振りを見せない茶髪先輩が、ギリギリと歯を鳴らした。



「ど素人の一年が、あんまり音楽を舐めてんじゃねぇぞ?」

「止めてっ!?」



 と、美穂が僕を庇うように前に立つ。



「邪魔だぜ、赤井ちゃん」

「……り……、ん……」

「あぁ? なんだって? 良いからどけよ?」



「どけ!」と睨む茶髪先輩に、顔を俯かせて何かを呟く美穂。

 その声は僕にも聞こえないほど小さくて、茶髪先輩が聞き返す。



 すると、顔を勢いよく上げた美穂が、大きな声で叫んだ。



「アンタなんかより、そらの方がずっと凄いんだから!」

「……へぇ?」



 それを聞いた茶髪先輩が、上げていた足を下ろし愉快気に唇を歪めしゃがむと、美穂の赤い髪に触れながら言う。



「そいつは面白れぇ! ならよ? 今度の文化祭、ソイツより俺の演奏の方が上手かったら、お前、俺のオンナになれよ?」

「なっ!?」



 意味の解らない提案に、流石に反論するため体を起こす。



「美穂は関係ありません! これは俺の問題で──」

「──いいわ」

「美穂!?」



 何を言って!?



「……ほう?」

「良いわ! そらが負けたら、アンタのオンナにでもなんでもなってやるわよ!」

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