第四話 今日から僕は!
廊下の外から、自分の入っている部活に向かう生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる中、僕と琴音は、軽音楽の部室の前で二人並んで立っていた。
「ね、ねぇか~くん、ほんとにここで良いのぉ?」
恐る恐る尋ねてくる琴音。何を言いたいのか、僕はその
でも、変わらない。
「うん、ここで合ってる」
「でもぉ、ここって──」
まだ何か言いたそうな琴音の言葉を遮る様に、ガララッと少し強めに扉が開き、中から茶髪の男子生徒が出てきた。
「おい! もう今日は気分が乗らないから、止めだ、止め! ちっ! ったくよ、そもそも俺は、今日は絵里とデートが有るって言ってただろう、が……」
その男子生徒は、扉の前に立つ僕と琴音を見て言葉尻を窄めていった。上履きの色は赤。とういう事は一個上、二年生の先輩か。
「あ、どうも」
「なんだ、お前ら?」
170センチの僕よりも少し高い位置にあるところから、不機嫌を隠すことすらない声が無遠慮に掛けられた。うん、少し怖いね。
「あの、見学というか、仮入部というか、そういうので来ました」
それでも勇気を出して言葉にすると、茶髪の先輩──面倒なので茶髪さん──が、フゥとこれまた面倒そうに息を吐いた。
「あ~、そういうことなら、部長が居る時にまた来てくれよ」
「部長さん、ですか?」
「あぁ。今日は居ねぇからよ。また今度に──」
と、そこまで言ってなぜか言葉が止まる茶髪さん。その視線を追うと、僕ではなくて僕の隣、琴音を見ていた。
「なに、君も、入部希望者?」
「……いえ、違いますけど」
言って僕の背中に隠れる琴音。僕よりも背の低い琴音は、嫌な事があると、こうやってすぐに僕の背中に隠れてたっけ。
それにしても、琴音が敬語とか。この茶髪さんの事をすごく警戒しているんだな。
だけど、そんな事に気付かない茶髪さんは、僕の後ろに隠れる琴音を横から縦から盗み見る様に、首を曲げて
「そんな事言わないでさ~。君みたいな可愛い子ちゃんが入部するの、俺は大歓迎だよ!」
「いえ、結構です」
「ほら、そんなとこに居ないで、こっちに来なって」
琴音にしては強めの拒否を口にして、後ろに隠れる琴音の腕を掴もうと手を伸ばす茶髪さん。その手から、琴音を守る様に僕はスッと体を入れた。
「あのぅ、嫌がっているので、止めてもらって良いですか?」
「あん? なんだ、てめぇ?」
すぐさま睨んでくる茶髪さん。うん、ほんと怖い。
「いえ、あの、彼女困っているので、止めてください」
「んだぁ!? てめぇはその子の男かよぉ!?」
お約束みたいないちゃもんを付けて、僕の髪の毛を掴み上げる茶髪さん。
「なんだよ、その白い髪はよ! すでにミュージシャン気取りか? あぁ!?」
「痛!? 痛いから止めてください!」
「止めてください! か~くんが痛がってますから!」
「なにが『か~くん』だ! やっぱお前らデキてんだろ! そんな甘っちょろい考えで、音楽やろうなんて、百年早ぇんだよ!」
何故かヒートアップする茶髪さんは、僕の髪を離すと、その手をヌッと伸ばし、今度は胸倉を掴み上げようとする。
が、その手が僕の胸倉を掴むことは無かった。横から別の誰かにその腕を掴まれたからだ。
「──部室の前で何をやっている?」
「げ、部長……」
部長? この人が……?
僕の横から手を伸ばしてきた人を見上げる。僕より背の高い茶髪さんよりも、さらに大きな男子生徒が、掛けていた眼鏡をクイっと直して茶髪さんを睨んだ。
「何をやっていると聞いているのだがな、松本」
「や、やだなぁ、部長。何もしてませんよ。なぁ?」
同意を求める茶髪さん改め松本先輩。どうしよ、ここで否定しても面白いけど、後々面倒になるのは目に見えてるよな。
「はい、特になにもありません」
「……そうか、そちらの女子も?」
「はい、大丈夫です」
話を振られ、ビクッと体を震わせた琴音だったが、空気を読んだようだ。
「……そうか」といって、松本先輩の手を離す部長さん。すると、その掴まれた部分を擦りながら、
「あ、そうそう部長。そこのガキ、じゃなかった、男子生徒は入部希望者ですよ」
それだけを言い残し、廊下を走っていってしまった。
「待て、松本! そういう事はもっと早めに、と行ってしまったか」
「やれやれ、しょうがない奴だ」と、また眼鏡の位置を直した部長さんが、僕と琴音を交互に見る。
「それで、君たちが入部希望者かな?」
「いえ、僕だけです。彼女は付き添いで」
「そうか。ならば歓迎しよう」
「来なさい」と僕と琴音を部室へと招き入れた部長さん。
一歩、部室に入る。するとそこには、見慣れた初めての光景と、嗅ぎ慣れた匂い。
それらが、僕たちを歓迎してくれた気がした。
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