赫龍の女神
野苺スケスケ
第1話 赫眼の少女
第三の大陸ルーザニア ルーラ村
新月の夜、空一面に煌く星。民家の灯りがポツリ、ポツリと。
その中の一軒の家、夕食をすませたばかりの夫婦は妻の淹れたお茶を手に談笑していた。
世界で三番目に大きい大陸の片隅にあるルーラ村。
作物を耕し、家畜を育て村の誰もが日々争いもなく平和に暮らしていた。
「急に風が出てきたな」
夫がつぶやく。
「嵐が近いのかしら?」
妻が答える。
立て付けの悪い戸がガタガタと音を出す、窓ガラスが揺れる。
「今日は、あなたが当番よ。早く済まして、休みましょう。なんだか気味が悪いわ」
娘が産まれてから、家にいる時、夫は家事を手伝った。今日のお皿洗いは夫だった。
妻は夫に告げると、産まれたばかりの娘の元へ。
すやすやと眠るその顔は、まるで天からの贈り物のように二人に幸福を与えてくれた。
汚れを知らない、宝物のようなまん丸なほっぺたに妻が指をあて撫でようとしたその時だった。
「なんだ!?うぎゃ!」
夫の突然のうめき声に恐怖を抱き一瞬硬直する体。
ゴトゴト……バタ。
椅子と床のぶつかる音と、誰かが倒れる音。
夫でないことを祈りながら、恐る恐る振り返る妻。一瞬の祈りも虚しく。その目に飛び込んできたのは、床に横たわる夫の姿。
そして、それを眺める黒ずくめの何者か。
夫のものであろう赤い血が床を這い、妻の足先に触れる。妻は悲鳴をあげるより先に、娘を抱きかかえて逃げ出そうとする。
「ウっ」
何者かによって投げられたナイフが妻の背中に突き刺さる。
足音をたてながら近づく何者かに妻は必死で懇願する。
「この子だけは…どうか…」
戸とガラスの震える音だけが響く家の中で、何者かはブスリと妻にトドメを刺す。
泣き叫ぶ赤ん坊を片手で奪うと、天に掲げる。もう片方の手に握った剣の切っ先が赤ん坊を貫こうと狙っている。
「シュパルツ!」
身をかわす何者かだが、完全には避けきれず剣を握った腕を落とされてしまう。
「やはり狙われたか。その子を離せ!」
魔法を放った男が何者かに訴える。
「なぜ貴様が…」
何者かは男の姿を見て声を上げる。
銀髪の長髪に白いマント、左胸には赤いブローチが…
「クソ!」
何者かは片手に掴んでいた赤ん坊を床に叩きつけようと振りかぶるが
「グ…」
銀髪の男が放った魔法が今度は確実に左胸を貫いた。
銀髪の男は赤ん坊をマントで覆い倒れている夫婦に一瞥しその場を去った。
無の大陸 パラディン
森の中に佇む神殿の入口に銀髪の男の姿が。
赤ん坊を抱いたまま奥の方へと消えていく。
神殿の一番奥、一番広い部屋のそのまた奥に龍が祀られている。
「帰ったかい、ポルコ」
老婆が語りかける。
「はい…ただいま戻りました」
ポルコとは男の名である。
「やはり…」
不安げに老婆がポルコに尋ねる。
「はい…奴らの手の者が、この子の両親は亡くなりました」
「そうかい…それは残念だったね…」
「はい…間に合いませんでした」
「その子だけでも守れたんだそれで充分じゃないか…」
ポルコを慰めるように老婆は優しく語る。
「では…見せておくれ」
そう老婆が言うと、ポルコは赤ん坊を龍の像に近づける…
龍が赤く輝きだす
「おお…」
老婆の老いた目に輝きが宿る。
「大切に、大切に…しなきゃらんね」
独り言のように老婆が呟く
「成長するまでここで暮らします。ここなら蒼龍の力も届きませんので魔法も使えず奴らが狙って来たとしても対処できるはずですし、何よりこの子を守るには赫龍の近くが一番安全かと…」
「そうだね…その子には色々教えなくちゃいけないことも多い」
「まずは名前だね 、ポルコあんたがつけてやりな」
「では…フィオで。おそらくこの子の両親がつけようとしていた名です。テーブルの上にいくつかの候補と思われる名が書かれてありました、その中で丸がついていたものです」
「フィオか いい名だ」
強い日差しが照りつける砂浜。真っ白い砂に同化しそうなほど白い肌の少女が寝そべっている。
遠く空を見つめる瞳は何を思うのか…
「フィオ!大司様が呼んでる」
「あ!ポルコ…ちょっと待ってすぐ行く」
細い腕で砂浜を押し立ち上がり、少女はポルコの方に向かって掛けていく。
ポルコにはフィオの姿が逆光で形しかとらえきれなかったが、赤く光る右目だけはよくわかった。
第一話 終
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