【リア充】討伐クエスト〜呪いで魔法能力値を0にされて追放された最弱魔導士、【リア充】とかいう魔王が出現させた誰も倒せない謎の新敵をなんか威力0の「爆発」魔法で無双して「最強」を取り戻す〜

@marumarupa

序章・決闘と策謀、そして爆発

1.決闘:ヨーキャリオとインキャリオ

 ■□■


「――さぁさぁ、犬人を代表する光と影の対決も今日こそ御決着! これより、我らが獣人族の希望である【牙狼雷刃がろうらいじん】パーリー・ヨーキャリオ様と、……えっと、【爆焉狗天ばくえんこうてん】テイドー・インキャリオ……様による、勇者パーティ獣人族代表となる第一歩を賭けた一騎討ち、『犬人最強決定戦』を執り行います! 両者、入場のご準備を!」


 アースドラ大陸西端・獣人族の国アリスブルムにある辺境の街ワスト。


 そのすぐ隣にある広大なゲイン森林の奥に、二つの立派な洋館がある。


 その間に挟まるように建てられた、巨大なコロシアムにて。


「勇者パーティ獣人族代表」輩出の双筆頭家の一つ、魔術の名家「インキャリオ家」長男にして現当主――俺こと「テイドー・インキャリオ」は、これから決闘を行おうとしていた。


 対戦相手はもうひとつの剣術の名家「ヨーキャリオ家」の一人息子である、「パーリー・ヨーキャリオ」だ。


 通信魔法による司会のアナウンスの後、コロシアムの観客席からは、国の至る所から観客として来ているであろう犬人や猫人、狐人といった多くの獣人族貴族達が騒いでいる声が聞こえてくる。


「待っていたぞ、パーリー様! 今日こそテイドーなんかに負けるな! 我ら獣人族に希望を与えてくれ、【牙狼雷刃がろうらいじん】!!」


「【爆焉狗天ばくえんこうてん】、我ら犬人の面汚しめ! どうせ噂になっている実力も嘘に決まっている! 今日こそ無惨にもパーリー様に負けちまえ!!」

 

 コロシアムの控え室で座っていた俺は、そんななんとも不公平な野次をきいてぼやく。


「……はっ、相変わらず嫌われているな。確かに今更だが、この『犬人最強』を決める戦いに俺が出るのもおかしな話か」


 なんとなく近くの壁に立て掛けられた姿見に映っていた自分を見るが、別に獣人などではなく普通の人間の顔をした青年だ。


 なのになぜ犬人最強を決める戦いに出ているのかというと、先代インキャリオ家当主:ショコーミュ・インキャリオという心優しき犬人が、元々は孤児だった俺を養子として迎え入れているからだ。


 ほとんどの者が獣をそのまま二足歩行させたような出で立ちである獣人族特有の、屈強な筋肉も分厚い体毛も俺の身体には付いていない。纏っている立派なローブのおかげでようやく少し様になっているという有様。


 そもそも俺のクラスは【魔導士ウィザード】で、主に光や闇属性を除いた理魔法を扱える職だ。肉体を駆使して戦うタイプではない。


 そしてこの痩せた身体と人間の顔は、どうやら屈強な犬人達には大いに不快に映るものらしい。おかげで今まで彼らに良い目で見られたことなど無く、犬人の恋人は愚か、友達だって出来たことは無い。


 ……小さい頃から俺に優しくしてくれた獣人など、今は亡き父ショコーミュと、インキャリオ家の使用人達くらいのものだ。


「まあ精々言ってろ、騒ぐだけしか取り柄のない無能共。どうあれ家名に賭けて勝つのは……この俺だ」


 もうコロシアムに向かわなくてはならないので、溜息を付きつつ部屋の外に出る。


 しかしコロシアムに続く通路を少し歩いたところで、何やら困ったようにその辺りをうろうろしている一人の女性を見つけてしまった。


「……む?」


 銀髪の隙間から長い耳がちらちらと見える、白黒のドレスが似合うおっとりとした雰囲気の美しいエルフの女性だ。てっきり観客は獣人族だけだと思っていたが、まさか他種族まで来ていようとはな。

 

 ……女性に、というか他人に話しかけることはあまり得意ではない。しかし道に迷っているような様子だし、無視も出来ないな。


「どうしたお嬢さん、このような所で。観客席ならば向こうの通路から行けるぞ」


「あ……お気遣いありがとうございます」


 そう俺が声をかけると、女性は慌てて頭を下げつつもまだ少し困った様子を見せている。


「どうした、他に何かあるのか?」


「その、申し訳ありません。マイナ……ええっと、妹とはぐれてしまいまして。赤髪の元気な女の子、見ませんでしたか? いつものことなので、すぐには見つかると思うのですが……」


「ん……いいや、俺は見ていないな。ここには使用人達もいるし、もう保護されているのならば観客席に案内されているはずだ。お嬢さんも一度そちらに戻ってみることをお勧めするが。いなければまたそこらを歩いている使用人達に相談するといい」


「な、なるほど! ありがとうございます、心優しきお方……!」


 ぺこりと頭を下げてお礼を言われる。


 別にこのくらいは普通だがなと俺は思いつつその場を立ち去ろうとしたが、すぐにまたその女性から呼び止められた。


「あ、あの! 私、シーラと申します! 失礼ですがもしや人間族である貴方様は……【爆焉狗天ばくえんこうてん】テイドー・インキャリオ様ではございませんか!?」


「……ふん、気付かれたか。まさか他種族の者が俺の名前を知っていようとはな。それで、お前は俺に直接どんな文句を……」


 別に隠すことでもない。しかしまたてっきり他の獣人族達のように非難してくるのかと思いながらシーラと名乗った女性に向き直り、驚く。


 俺を見る彼女の目は、なにやら羨望の光でキラキラと輝いているではないか。


「やはり……! ええ、お噂は存じ上げております! どうして文句など言いましょう! 私、貴方様の素晴らしき戦いを拝見したくオベロク王国より参ったのですから! ああ……貴方様があの、獣人の魔導大家・インキャリオの中でも歴代最強と言われている現当主様なのですね! リヴァイアサン、ドラゴンゾンビと言った最高難易度クラスのモンスター達の討伐数は数知れず! そしてこれからご決闘なさるお相手である獣人の剣聖、【牙狼雷刃がろうらいじん】様ですらただの一度も勝てたことが無いという、まさに伝説の【魔導士ウィザード】! わああ……!」


「お、おう……?」


 捲し立てるように話しながら近くまで詰め寄ってくる彼女は、とても興奮している。


 一方で獣人に嫌われている環境にずっといた俺は、これまで誰かから褒められることも滅多になかったため、上手い返しも出来ずにたじろいでしまっていた。


 なにやらこのシーラという女性は俺のことを詳しく知り、更に好意的な感情まで持ってくれているようだ。人前ではほとんど戦ったことも自慢したこともなかったのにこれは珍しく、余程熱心に俺のことを調べてくれたのだろう。


 確かに俺は、魔法を極めたインキャリオ家の中でも稀代の実力者だとか言われているようだ。


 インキャリオ家の使用人達からも「テイドー様の習得した魔法数も威力も歴代最高峰! 最上位レベルのモンスターをお一人で狩った数も歴代最多ですよ!」とか褒めちぎられたこともあったっけか。


 結果として【爆焉狗天ばくえんこうてん】などという大層恥ずかしい二つ名まで賜ってしまうことになるんだから……まあ凄いのだろう。


 それにもう前当主であった父は既に病でこの世を去っているが、彼の後を引き継いで現当主としての公務だってつつがなくこなせている。当主としても、【魔導士ウィザード】としてもどちらも順調だ。


 別に俺は自分を天才だと自負していないし、昔は失敗も多かった。

 それでも今こうなれたのは、やはり日々の純粋な努力の賜物だと思っている。


 今まで俺の周りにはあまり人が集まらなかったことも奏し、一人で黙々と鍛錬や勉強出来る時間があったことは正直嬉しかった。


 おかげで俺の幼少期は人間の養子だと見下してきた獣人貴族達も、今や俺をただ忌々しそうな目で見てくることしか出来なくなっている。


 そしていよいよ人間である俺が犬人代表にまでなっては、本当に面白くないのだろうな。


 ……その一方で、今回の対戦相手「パーリー・ヨーキャリオ」はヨーキャリオ家の次期当主であり一応幼馴染。


 こちらはちゃんと犬人であり、狼のようなしゅっとした頭部に鎧を着こなす屈強な身体という凛々しい見た目をしている。

 だが裏腹に性格は最悪であり、とにかく不真面目で酷いお調子者。


 自分の父から当主を引き継ぐ意志も意識も未だに低く、ただ名家の跡取りという地位に驕り、夜な夜な貴族の女達を連れ込んではろくに鍛錬もせず遊び暮れているという有様だ。


 クラスは前衛職の花とも言える【剣使いスラッシャー】で、実力も「剣聖」とか【牙狼雷刃がろうらいじん】などと呼ばれるくらいにはかなりある。


 しかしその力も、女達の前で弱い者をぼこぼこするという最低な使い方しかしていない。とんでもない宝の持ち腐れだ。


 ……やはり、あんな奴に今回も負けたくはないな。


 俺は意識を目の前の女性に戻す。

 あまり試合前に他人と交流するのもどうかと思うが、観客で唯一俺を応援してくれる者を邪険に扱うわけにもいかない。


 とりあえず、努めて下手くそな笑顔をそのシーラに向けてやることにした。


「なるほど。そのような遠方からはるばる俺の戦いを見に来てくれて本当に感謝する。ならばシーラのご期待に沿えるように、精々全力で頑張らせてもらうとしよう」


「まあ……! そのような私などのために勿体ないお言葉、ありがとうございます! 素敵……まさか本物のテイドー様が、こんなにもお優しいお方だったなんて……」


 やはり顔が近いシーラの目はうっとりとしており、頬もなにやら少しだけ赤くなっていた。


 なんかよく分からんが、ここまで褒めてもらえるとはな。試合前にいいコンディション上昇に繋がった。


 その時、また別の女性の声が割って入る。


「……あら。テイドー様、何をしているのですか? もう試合が始まりますよ」


 そこに居たのは深紅の綺麗なドレスを着こなした犬顔の獣人女。後ろには数人のヨーキャリオ家使用人を引き連れている。


「ああ、チレーバか。こちらのシーラというエルフの女性が妹を探しているのだ。観客席にお連れし、彼女の妹も探しておいて欲しい」


 俺がそう頼むと、彼女はにっこりと笑った。


「なるほど、そういう事でしたか! すぐに使用人達にやらせますね」


 彼女は一応、俺の許嫁ということになっている「チレーバ・アービッズ」という犬人だ。

 ずっと女っ気も無く一人で鍛錬や勉学に励んで生きてきた俺を見兼ねたのか、あのヨーキャリオ家が紹介してくれた貴族女性である。


 先祖代々の交流があるヨーキャリオ家の好意をそう無下にも出来ないし、ある意味では政略結婚というやつか。


 しかし許嫁とは言え人間嫌いの獣人族ではあるため、俺と彼女の間には一切の恋愛感情はない。

 俺は結婚に特別な感情など抱いていないし、形だけの許嫁でも何も問題ないとは思っている。


 寧ろ彼女は他の獣人のように俺へ露骨な嫌悪感を示してもこないので、それだけでも非常にありがたかった。


「……え? この、気配は……?」


 そのチレーバを見たシーラは、何故か少し顔を曇らせていた。


「さあさあこちらです、シーラ様。もう試合は始まりますよ。妹君も我々の方で探しますので」


「あ……」


 しかし、ヨーキャリオ家の使用人達がさっさと彼女をコロシアムの方へと誘導していく。

 シーラはまだ何やら困惑しつつも、最後に俺にぺこりと頭を下げてその場を去っていった。


「……ちっ、本当に危なかったわ。よりにもよってアルスレギナの【麗浄銀姫れいじょうぎんき】がこんな所にいるだなんて……」


 その時、チレーバが何やら小さな声で呟いたが、俺には聞こえなかった。


「ん、どうしたチレーバ?」


「いえいえ、なんでもございませんわ! それよりもテイドー様、此度の決闘頑張って下さいね! 緊張などはされてませんか?」


「まあ、少しだけな。負けることはないと思っているが、大事な戦いだ」


「そうですよね。ではテイドー様、そんなあなたにこちらを。じゃん、わたくしがあなたの為に作ったお守りですわ」


 にっこりと微笑むチレーバが見せてきたのは、小さな札状の袋だ。それを俺が何か言う前にローブへ勝手に括り付けられてしまう。


「お守り? 珍しい、お前がそんなものを俺に贈ろうとは」


「テイドー様の言う通り、今日は大事な日ですから。許嫁としてこれくらいは当然ですよ。では、頑張ってくださいね」


「……分かったよ」


 全く嬉しくないと言えば嘘になるし、しぶしぶとそれを受け取ることにする。


 そのままチレーバに見送られながら、俺は今度こそコロシアムへ続く入口へと向かうのだった。

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