クワガタだって泳ぎたい

由兵衛(よしべえ)

第1話 クワガタだって泳ぎたい

 どこまでも水、そんな世界を翅を使って潜るように泳ぐ。


 コウスケの手よりしょっぱい水にかこまれて、体が浮かぶのを抑え込むように宙返りしながら、落ちる心配がない海を飛ぶ。


 太陽の揺らめく温もりだけが世界の上下を教えてくれる…


 

 ぼんやりと、光を感じる。

 

 そんなことより、思い出せない。


 体が溶ける。


 全身に神経が伸びていく。


 体が結合する、形が造られる。


 成虫に生まれ変わる、誰に教えられたわけでもないが解るのだ。


 ああ、そんなことより思い出せない、とてもいい夢だったのに。



「早く、クワガタにならないかなー」

「4年1組 川上康介 デカ」と書かれた菌糸ビンの中に、わずかに見えるクワガタのサナギをいつまでも眺めてみたが、サナギはサナギだ。ゴールデンウィークの絵日記が何日もサナギのままでは先生に怒られそうだ。

 幼虫から育てた「デカ」はサナギになるまでは毎日、お世話して、「デカ」に変化や動きがあったのに、サナギになってからは特にすることがなく退屈なのだ。

 早くかっこいい2本の角が見てみたい。図鑑や昆虫館のクワガタでなく「デカ」の角が見たいのだ。


「コウスケ、いくら眺めても変わらんよ、早く飯を食べよう。」

 すぐ後ろから、父の声がする。

 わずかだが変化はある、サナギになってから、色も白からクリーム色に、2本の角が少しづつ伸びてきた。

「ん。でも今日は目が分かるようになったよ。」


 僕は部屋を出る。父は出ない。父も「デカ」のことが好きなのを僕は知っているのだ。晩御飯は冷やし中華だ。父が来るまで、ママはプリプリしながら、いただきますを待っていた。

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