52.怒ってないから
どうして怒っているのだろう。
こんなに好きなのに、少しもわからない。
「で、絆創膏はどこにあんだよ」
「あっうん、えーっとね……」
「まあなんでもいいわ、うちにもあるし」
頭の整理がうまくできない望愛を放って、彩人くんはすぐにリビングの方へ消えていく。
もう少し望愛の頭が良かったら、彩人くんの気持ちわかってあげられるのかな……。
床の血を拭いたティッシュを手に持ったまま、力無い歩きで彩人くんの後を追う。
「ごめんね、望愛不器用だから……」
膝をついてテレビ台の引き出しをあさる彩人くんの後ろに立ち、静かな部屋でないと聞き取れない小さな声で謝った。
「なんでお前が謝ってんの?」
「だって彩人くん怒ってるし……」
「は? これのどこが怒ってるように見えんだよ、ぶっとばずぞ」
誰がどう見てもブチギレている。
「でも……」
「いいから、さっさと手出せ」
テレビ台の引き出しから絆創膏を取り出して立ち上がる彩人くんは、絶対に目を合わせてはいけないチンピラみたいな顔をしていた。
「うん……」
怒ってるじゃん……絶対怒ってるじゃん……!
絆創膏をつまんだ状態でイライラと小刻みに震える手に、怪我をした人差し指を申し訳なさそうに近づける。
彩人くんは一瞬だけ沈んだような表情を見せた後、思い出したかのように眼光を鋭くして望愛の指に絆創膏を巻いた。
「頭は手遅れなんだから、身体ぐらい大事にしろ馬鹿が」
「あ、ありがとう……」
もしかして指を怪我したことに怒っているのだろうか。
だとしたら少し大げさじゃない……? こんなの全然大した怪我じゃないのに……。
「彩人くん用事あるんでしょ? 望愛はもう本当に大丈夫だから早く行ってきて!」
「なんだそれ、お前にそう言われると行く気なくすわ」
そんな……それじゃあやっぱり……。
「やっぱり望愛のせい……」
「そうじゃねえだろ! あーもう本当クソムカつくな!」
「だって怒ってるじゃん……ごめんね彩人くん……」
「お前にじゃねぇよ! たしかにお前の言葉にはムカついてるけど、元をたどれば全部俺が……」
今にも泣き出しそうな望愛の目を見て動揺しているのか、彩人くんのテンションがおかしくなっていく。
「てかなんだよ! さっきから『大丈夫だから早く行ってきて』って、嫌味か? なあ? なんとか言えよ!」
望愛の両頬を右手で挟むように持ち、上下にたぷたぷ揺らして恐喝してくる。
「しょれは、あやひょくんにえいわくかけひゃくなくへ」
「何言ってるかわかんねえんだよ! 舐めてんのか!」
そんな理不尽な……。
「は、はなひてくだひゃい」
「なんだよ……!」
最後にぎゅーっと唇を指でつぶしてから、不貞腐れたように手が離れた。
「だからあれは嫌味なんかじゃくて……ただ彩人くんに迷惑かけたくなかったから言ったの……」
「はあ!? んなこと最初からわかってるに決まってんだろ! 俺のこと馬鹿にしてんのかこの野郎!」
「ごめんなひゃい……はなひてくだひゃい……」
「嫌だ」
今度は両方の手のひらが柔らかい頬を押しつぶす。
ぐりぐりねじねじ。
「馬鹿みてぇな顔しやがって……」
ぐにぐにもちもち。
「この……この……!」
彩人くんのわかりにくい愛情表現は十分近くも続いた。
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