42.警告

「菊永さんおはよー! 昨日はどうだった?」


 朝日に白く光るビニール床をきゅるきゅる鳴らしていると、廊下の向かいから担任がやってきた。


「あ、はい一応予選は抜けました」


「そう! よかったじゃない!」


 当然です。


 理瑛の実力から考えれば今回の予選はあくまで通過点、気を引き締めるのはこれからだ。


「それより先生、高比良くんは昨日どうしたんですか……?」


 理瑛は昨日、高比良くんが学校を休んだ理由に自分以外の何かの存在を感じていた。


「ああ知ってるの……体調があまり良くないみたいでね、実は今朝も欠席連絡がきたんだけど声がものすごくしんどそうだったから心配してたのよ……」


 仮病……だよね……?


「だから申し訳ないんだけど余裕がある時でいいから、高比良くんのこと少し気にかけてあげて」


「はい、わかりました」


 言われなくともすでに夜も眠れないほど気にかけている。昨日元気な姿を見た私でこの有様なのだから、私以外の人間はなおさら気が気でないだろう。


 大丈夫……何かあったら絶対私が最初に気づいてあげるから……。


 加速度的に大きくなっていく教室の騒音を少々の優越感と共に聞き流し、机の上で背中を丸め自分の世界を作り上げる。


 やがてチャイムの鳴ったホームルーム直前の教室は、ろうそくの火が最後に燃え盛るように一瞬大きな盛り上がりを見せた。


「ねえ、高比良くん今日もお休みだって……!」


「最近ちょっと様子おかしかったもん……」


「大丈夫かな、この前も早退してたよね……」


 ほらね、心配なんてみんなしてる。


 高比良くんはみんなの人気者。


 高比良くんが助けを求めれば、いやたとえ助けを求めなくとも困った姿を少しでも見せれば、老若男女誰しもがすぐに手を差し伸べる。


 じゃあ私ができることってなんだろう……?


 いつもよりすばしっこい雲たちが、次々と窓の外へ逃げていく。


 私が高比良くんのことを考えているこの時間、高比良くんは一体何を想って生きているのか。


 浮かんでくるのは馬鹿げた願望とつまらない埋め合わせの答えばかり、これではきっと部分点すら貰うことができない。


 駄目だ……やっぱり私って……。



 行動することのほうが向いてる!



 机の中でスマホを起動して高比良くんから連絡がきてないことを再確認すると、理瑛はすぐに決意を固めた。


 よし、会いに行こう。


 高比良くんが昨日私にしてくれたように。


 とはいっても、そのためにはまず高比良くんの住所を知る必要がある。


 誰か高比良くんのお家を知ってそうな人はいないかな……?


 理瑛がSNSのフォローリストをスワイプしながら高比良くんと親交のありそうな人間を探していた、まさにその時。


 画面にメッセージが届いたことを知らせる通知が表示された。


 誰だろ……あ、もしかして……!


 淡い期待を込めてメッセージを開く。




『 高 比 良 彩 人 に 近 づ く な 』




 理瑛はしばらく顔を上げることができなかった。


 理由は二つ。


 何者からか送られてきた衝撃的なメッセージを理解するのに、単純に時間が必要だったこと。


 そして今顔を上げたら、その何者かと目が合ってしまうような気がしたからだ。

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