第10話 見捨てられませんよ。

雲平は電車を乗り継いで王子駅に来ていた。

セムラは「雲平さん、どうしてここのゲートを、目指されたんですか?」と聞いてくる。


「ウチやばあちゃんの家に、盗聴器くらい仕掛けるんじゃないかと思ったんですよ。だからあんこには靖国神社の名前を出したし、ばあちゃんなら品川神社か夢の島の名前を出してくれてます。仮にここに妨害者が居ても修正しやすいんです」

「ありがとうございます。私のワガママなのに大変な思いをして貰っています」



申し訳なさそうに謝るセムラに、雲平は「お墓で出会って10日も過ごしました。見捨てられませんよ」と言った後で、標識を見て「こっちです」と言って公園に向かって歩き出す。


普段の配置を知らないが、ゲートが生まれて公園は公園ではなくなったのかも知れない。

物々しい数の警官達がゲート周辺を警備していた。


普段の雲平からすれば「ゲートからくる魔物に備えて居るんだろうな」と思ったかも知れないが、今はセムラを通さない為の妨害にしか思えなかった。


雲平が不思議だったのはゲートが剥き出しの裸だった事で、丸見え過ぎてすぐに何処にあるかわかった。


雲平はあんこが「セムラちゃんは髪色とか目立つからさ」と言って、髪を結って帽子で隠して、ファッション用のサングラスまで用意してくれていて、「うぅ…お小遣い…」と言っていたが、雲平も余裕はないので「ありがとうあんこ」と満面の笑みで感謝を告げておいた。


雲平は「セムラさん、少し我慢してください」と声をかけると、セムラの「雲平さん?」という返事を無視して、セムラを自分に近づけながらセムラに恋人同士のように腕を組む事を提案する。

そしてゲート付近を歩いて、「あれがアナザーゲートだよ。初めて見た?世良の地元には無いんだろ?」と言ってゲート周辺を観光するように歩いて見せて、少し離れたベンチに腰掛けて「警官は8人ですね。後、シェルガイの人は1人」と確認する。


「はい」と答えたセムラは未だ雲平に寄りかかっていて、「あの…?あんこさんになんて申し開きをすれば…」と申し訳なさそうにする。


「あんこ?」

「はい。私が雲平さんと腕を組んで今もこうされていると聞いたら、きっと嘆かれます」


本当に申し訳なさそうな顔のセムラを見て、雲平は「あはは、そんな事無いですよ」と言って笑い飛ばすと、セムラは真剣な表情で「それは雲平さんの誤解です。きっとあんこさんは雲平さんの事を、お慕いしています」と言い切った。


雲平はすぐに恋だの愛だの言うのは、どこの世界も変わらないなと呆れていると、「それに世良とは?」と聞いてくる。


「名前が出回ってると困るから偽名です。なにか別のものが良かったですか?」

これにはセムラは嬉しそうに笑うと、「セムラに疲れたら世良になります。ありがとうございます」と笑った。



ここで膠着しても良いことはないのだが、話は悪い方へと向かう。

警備は思ったより厳重で、1人の酔っ払いとひと組の若者がゲートに突撃してきて、詰所から現れた増援によって簡単に制圧されて連れて行かれてしまった。


酔っ払いはゲートに向かって、「バーロー!お前のせいでニッポンはガタガタ!俺の子供を返せ!」と言って酒瓶をゲートに投げつけて捕まり、若者はちょっと不健康そうな男2人組で「いざシェルガイに行くナリ!」「ワイやー!今行くでー!待ってろよ異世界美少女ーっ!」と行ってゲートに向けて走ってきて制圧されていた。


引き気味のセムラが「な…なんでしょうか?」と聞くと、雲平も困り顔で「まあ最初の酔っ払いはうちの婆ちゃんみたいなものでしょう。後の方は…よくわかりません」と答えた。


雲平はゲートを遠目に見ながら「困ったな…」と呟くと、セムラは「一つ…お許しいただけますか?」と言った。


「セムラさん?」

「私には少々不思議な力があります」


それはまあシェルガイ人だし、そういう事もあるだろうと思うと不思議はない。


「その力とは?」

「ゲートを活性化することが出来ます。なのでゴブリンに襲われて崖から滑落した私は、咄嗟にゲートを開いたのだと思います。そうして私はコチラの世界にやってきた」


「それを使うと?」

「はい。ゲートを活性化させればあの方達は退避すると思います。その隙に私はゲートに飛び込んで、シェルガイへと帰還します」


確かに現実的な作戦だが危険はないのだろうか?

雲平は心配になりながら確認をすると、「ありがとうございます。雲平さんはお優しいですね」と微笑まれて赤くなってしまった。


更に問題があった。

いつまで経っても到着しないセムラを疑ったバニエが、グラニュー達を都内のゲートに派遣してきた。

それは警官達の会話から聞こえてくる。


「時間がない。すぐに来てしまう」

「…わかりました!」


セムラは何があっても離さなかったペンダントを握りしめて集中をすると、ペンダントはゲートと同じ赤黒く光り、呼応する様にゲートも光を放った。


騒ぐ警官は公園外の交番にも応援を求めたり右往左往している。


雲平は「今です!行ってください!」と言って手を離すと、セムラは立ち上がって「…雲平さん。お世話になりました。本来でしたらご恩返しをするのが人の道なのに…」と言いながら前に進む。


雲平が「いいです。さあ、行って」と言って、セムラを送り出すその瞬間、「何の騒ぎだ!?」「何!?ゲートが急に!?」「まさかセムラ様はここに!!」と聞こえてきて先日の騎士、グラニューが走ってきてしまう。


グラニューは変装をしているセムラに気付いて、「セムラ様!シェルガイに戻ってはなりません!」と言う。


「何故ですか!?私は戻らねばなりません!」

「クラフティ様からは傷をつけてでもコチラに居てもらえとのお達しです!」

グラニューは、言うなり剣を抜いてセムラに向かうと、セムラはゲートまで後15歩と言ったところで足が止まってしまう。


雲平の常識ではあり得ない光景。

男が女性に剣を抜く?


雲平は何も考えられずに念の為にと持っていたビニール傘を構えて、セムラとグラニューの間に入る形で、「シェルガイで何が起きているんですか?」と質問をしながらゲートに向かって躙り寄る。


セムラはゲートまで後12歩。

まだ少し足りない。


「地球人の君が知る必要はない!」

「だとしても、女性のセムラさんに剣を抜くなんておかしいです!」


雲平の言葉に顔をしかめたグラニューが、「私は……これも職務だ!」と言いながら放った一撃はビニール傘を容易く切り裂き、真剣の恐ろしさに雲平が慄いた瞬間を見逃さずに、「退け!君を傷つける任務ではない!」と言ってくる。


怖気付く雲平だったが、この場はセムラがゲートに走っていってくれれば後はなんとかなる。

その気持ちはセムラもわかっていたのだろうと雲平は思ったが、セムラはセムラで雲平を守りたい一心で、狙いを逸らす為にゲートに向かって走った。


セムラは雲平に「ありがとうございました。後は私が狙われます」と言ってゲートに走り出すと、グラニューは「御免!」と言って切り掛かっていく。


この瞬間、雲平はただ一つのことしか考えられなかった。

家で待つかのこの事も考えられずに、セムラの事だけを考えて前に出てしまった。


それは剣の知識のない雲平だからこその事で、グラニューの剣はセムラを殺す気はなかった。手に小さな傷をつけて怖気付かせる目的だったが、セムラを守ろうと前に飛び出した雲平は、剣の殺傷間合いに入ってしまっていた。


セムラの手を狙った一撃は雲平の脇腹を深く切り抜き、鮮血が舞うと雲平は崩れ落ちた。


セムラは「雲平さん!」と駆け寄ると、「ダメだ…、早く行って…セムラさん」と言って気絶する雲平。


セムラはグラニューを睨み付け、グラニューはまさかの結果に、「…地球人を傷付けてしまった」と言って赤くなった剣先を見ている。


グラニューから雲平に視線をずらしたセムラは、「…傷が深い…仕方ない…」と言うと、今一度ペンダントを握りしめて、「ゲート!」と言うとセムラの言葉に呼応するようにアナザーゲートは大きく広がり、セムラと雲平を飲み込んでしまった。

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