第8話 和平に向けた書簡を渡したいのです。

セムラは焦燥感に襲われていた。

だが同時に日本での生活は、刺激的で味わった事のないもので、楽しく過ごせてしまう。


終業式を迎えた雲平とあんこは、着替えを済ませてかのこの家に顔を出して4人で昼食を済ませると、商店街でセムラに服を揃える。

10日なので着回せばなんとかなる量に限定した。


流石下町の商店街という事で、かのこが連れて行ったお店で前面に豹の顔が描かれてキラキラしたラメやスパンコールが、アクセントを超えて自己主張している服を買う事になって、着ているセムラを見て雲平は「国際問題とかならないよな?」と焦ったが、セムラは「まあ!魔獣が描かれている服は新鮮です!」と喜んでしまう。


「まあまあ、そうでしょ!私も20若かったら着たかったわ」

そう喜ぶかのこの手には、誰が着るのかとツッコみたくなる孔雀の絵柄の服まである。


「それはシュザーク!」

「ん?セムラさん?朱雀なんて知ってるの?」


雲平が気になって聞くと、「はい!太古からシェルガイでは四つの神が守ってくれていると言われていて、シュザーク、グェンドゥ、ビャルゴゥ、スェイリィと呼ばれていました。地球の方でもご存知の方が居て、シュザークの絵を描いてくださいました!」と返す。


イントネーションの違いにも感じるし、国が違うからか、シェルガイはなんだか良くわからない世界な気がする。



だがかのこにはそんな事はどうでも良かった。


「ならこれも買いましょう!」

結局、シェルガイ美少女は、孔雀がデカデカと描かれたおばちゃんトレーナーをプレゼントされてしまった。


こうして始まった文明生活だったが、セムラは4日で根を上げる。

どうにも煌々とした雲平の家より、かのこの家の方が良くなってしまい、「私はかのこお婆様のお家がいいです。雲平さんはあんこさんとお二人でお過ごしください」と言い出す。


「いやいや、ばあちゃんの所が良ければそれで良いけど、あんこはセムラさん係だから、ウチには住まないですよ?」

「そうだよ。セムラちゃんがお婆ちゃんの家なら私もそっちに行くよ。ね?お婆ちゃん」


このやり取りがあったのにも関わらず、セムラの中ではあんこは雲平の妻になると思っていて、「シェルガイでは早い人達は結婚されてます。あんこさんはいつ雲平さんの妻になるんですか?」とかのこに聞いてしまう。


かのこが「あらあら」と笑っている横でセムラは、「それなのに、お二人の邪魔をしてしまいました」と続けてしまうし、あんこは真っ赤になって「私と雲平はなんもないよ!」と言う。


この日からセムラはかのこの家で暮らす事になる。

程よい文明が心地よいと言うセムラを、益々気に入るかのこだった。


話が乱れたのは10日目だった。

10日目になってもシェルガイ側から何も言ってこない。

こちら側から連絡をしても、何時間も待たされたり電話を切られてしまう事もあった。


セムラは焦燥感に襲われていて、「何故バニエ卿は出てくれないのです!」と声を荒げてしまうと、かのこは出かけてすぐに戻る。


「セムラちゃん。これを持って」

「お婆様?これは?」


それは真っ赤な御守りだった。近くの神社までお守りを買いに行っていたかのこは「御守りよ。霊験あらたかな神様が、きっとセムラちゃんを守ってくれる。だから焦っちゃダメよ」と言い、居間に連れて行くと、「今日のおやつは甘党天国さんのあん団子よ。あんこが美味しいのよ」と言ってあん団子を渡す。


ひと口食べたセムラは微笑んで「美味しいです」と言うと、かのこは「良かったわ」と言う。

そして横で見ていた雲平とあんこもあん団子を食べて、「やっぱり美味しい」と喜ぶ。



あんこは少ししてからセムラを見て、「偉い!」と言った。


「あんこさん?」

「私の名前ってあんこだから、揶揄う奴らが居てムカつくんだけど、セムラちゃんは言わなかったから偉いわ!」


セムラはあん団子を見て、あんこを見てはじめて同じ名前だと気づくと、「ああ!素敵なお名前ですね!」と言う。直前にあん団子を見ていたセムラの視線を感じて、あんこは一瞬の間を開けて「…ありがとう」と返す。


複雑だが少し嬉しそうなあんこを見て、セムラは気が紛れたのか「あんこさん、雲平さんはお名前について何か言われたんですか?」と聞いてみた。


「雲平?雲平はねぇ、皆が私をあんこで揶揄ってる時に、「あんこはあんこでも美味しくないし違うよね」って言ってきたわよ!」

どうやら不服な思い出らしく、あんこは握り拳で雲平を睨みながら言う。


「あんこはあんこでも、やっぱりあんこじゃないよ」


雲平は悪びれることもなくシレっと言って、あん団子を口に運んで「うん。こっちのあんこは甘くて美味しい」と言って笑った。


「まだ言うの!?」と言って怒るあんこの顔を見て、もう一度楽しそうに笑うセムラに、「少し落ち着いたみたいだから聞くけど、セムラさんはそんなにシェルガイに帰ってどうしたいの?何かあるの?」と雲平が聞いた。



セムラは少し言い淀んでから、「…和平に向けた書簡を渡したいのです」と言った。


「和平の…」

「書簡?」


雲平とあんこはピンとこないので難しい顔をしたが、かのこだけは「それは大切な手紙ね」と言ってセムラを見て頷いていた。



少し聞きたいと言ったかのこを見て、「皆さんは信頼できます」と言ったセムラは話し始める。


シェルガイは地球で言うところの「地球」でしかなく、その中にはいろんな人々が住んでいる。

今、セムラが住んでいるのはレーゼと言う国で、レーゼは隣国のジヤーの国と戦争間近で、どうにか人々を救いたいと言い、兄のクラフティに相談をした所、和平の為に、ジヤーに和平に向けて動いてほしいと言われ、ジヤーまで行き和平の草案が書かれた書簡を持って帰る途中、時間短縮のために迂回路ではなく、険しい山道を進んでいた時にゴブリンに襲われ、アナザーゲートを通って日本に来てしまっていた。


「だから早く帰りたいの?」

「はい。今私の手には書簡があります。それを帰って陛下にお渡しすれば、戦争は回避できます」


「それなのにゲートを使えない。あのバニエって人はシェルガイの事を知ってるの?」

「…定時連絡はしますから、存じていると思います」


あんこが微妙な顔で「なんか雲行きが怪しくない?」と言うと、雲平が「うん。故意にセムラさんを、帰さないようにしている気がする」と返す。

セムラはシェルガイの人間が関わると視野が狭まるのか、「何故ですか!?バニエ卿は職務に忠実な方です!」と声を荒げた。


かのこがセムラの手を取って、「そうよね。軍人さんは皆職務に忠実よ。だからその人も嫌でもその仕事をしているんですよ。だから会わなければ、話さなければわからない事もありますよ」と諭すと、セムラは「お婆様…はい」と言って落ち着いた。

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