第九夜 疫病の姫
あるところに、とても小さな
疫病の姫は人間のことが好きでしたが、人が彼女の息を吸うとひどく咳きこみ血を吐いて死んでしまいます。人々の怯える声がつらいので、疫病の姫は人から離れて息をひそめるようになりました。
ある雪の夜、疫病の姫は大きな地主の屋敷から咳きこむ声を聞きました。雪にかき消されるように誰か、誰かと呼んでいる声が気になって、姫はそっと屋敷の中へ忍びこみました。
暗い座敷には布団が一つ敷かれ、一人の少年が臥せっていました。
「君は、だれ?」
疫病の姫に気づいた少年が青白い顔で尋ねます。姫が名前を告げると、少年は泣きそうな声で言いました。
「じゃあ、僕は死ぬの? その病気じゃないかって、家のみんなが怖がっていた」
「いいえ、あなたの
姫は紺色の袖から腕を伸ばして少年の手を握りました。
人間が別の病気を吸いこんでいる時だけは、彼女は人に近づくことができたのです。それで姫は、看病人も逃げ出した少年の側に、一晩だけとどまってやりました。
「また、君に会えるかな?」
「元気になったらもう近づけない。私は遠くに行かないと」
「でも、それじゃあ君は、寂しくないの?」
少年の問いかけに、疫病の姫は悲しげに笑いました。
それから何年も過ぎた冬のこと。
全身を布で覆った人々に追い立てられて、疫病の姫は小さなガラスの中へと閉じこめられました。ガラスはぴたりと閉めきられて外に出ることはできません。
心細さにふさぎこむ姫の耳に、彼女の名前を囁く声が聞こえました。見れば遠いレンズの先に白衣を着た男の人の姿が見えます。
「あの時は夢だと思っていたけど、また会えましたね」
それは、雪の夜に会ったあの時の少年でした。
「あれから、僕は
白衣から差し出された手と、紺色の袖から伸ばされた手が、ガラス越しにそっと触れ合いました。
一人の若い研究者が永らくあった不治の病に治療法を見つけるのは、それからしばらく経ってからのことでした。
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