第二夜 苦菜の姫

 こんな姫がいた。


 ある日のこと、森の奥で一人きりだった苦菜にがなの姫は、誰かと共に暮らしたいと思い立ちました。そこで髪に黄色い苦菜の花を三本くくりつけると、生まれて初めて森の外へと出てゆきました。


 城に百花ひゃっかの花壇があると聞いた苦菜の姫は、城へとおもむき王子と出会いました。


「どうか私も、ここにある花壇の一員にしてはいただけませんか?」


 王子は彼女の髪から黄色の花を一本引き抜きました。その香りを嗅ぎ、一口かじると大きく顔をしかめて花を捨てました。


「おお、苦い。こんなに苦いものが世に存在するなんて!」


 王子が叫ぶと、花壇に住む美しい百花の姫たちがくすくすと笑います。苦菜の姫は恥ずかしくなってその場を去りました。


 町に十菜じっさいの菜園があると聞いた苦菜の姫は、町にいる料理人に尋ねました。


「とても苦いのですが、私にも居場所をいただけませんか?」


 料理人はしげしげと彼女を見ると、その腕を強くつかみました。


「たいていの野菜ものは煮込んでスープにすればどうにでもなる、店に来るといい」


 驚きに体をこわばらせる苦菜の姫に料理人は言います。


「さあ店内なかへ、店内なかへ。目を離さなければ吹きこぼすようなこともないだろう」


 恐ろしくなった姫は、料理人の腕を振りほどくと急いで町から逃げました。ひどく転んだ拍子に、黄色の花が一本、石だたみの上に落ちました。


 やがて日が沈み、暗い夜がやってきます。苦菜の姫は重い足取りで森への道を引き返しました。


 その途中、ふと森の入口近くに一軒の家があることに気がつきました。前庭からは落ち着く薬草の匂いが漂っています。


 庭を眺める姫の姿を見つけたのは、薄汚れた身なりの薬師でした。薬師は泣きそうな姫の顔を見ると、家に寄っていってはどうかと声をかけました。


「こんな私では、誰かと共に生きることなどできないのでしょうか?」


 薬師はうなだれた彼女の髪から黄色の花を取ると、小さなガラス瓶に活けて言いました。


「苦いものは総じて薬の材料になるものです。あなたの苦さだって、きっと誰かの役に立てるはず」


「こんな私でも誰かの役に立てますか?」


「私がお手伝いしましょう。あなたの花にどんな効能があるのか、どんな薬になれるのか。共に調べてはみませんか?」


 その言葉を聞き、苦菜の姫は薬師と共に生きることを決めました。


 森の入口にある薬師の庭に今でもたくさん黄色い花が咲いているのは、そういう理由があってのことなのです。


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