第48話 龍彦 過去と現在

 ガシャン! パリン!

 あっ……またやってしまった……

「こら! また皿割ったのか⁉ お前、ほんっとに仕事できねぇな!」

「お父さん! そんな言い方するから、アルバイトの人みんな辞めちゃうんじゃない! ……大丈夫だよ、龍彦……私も片付け手伝うから」

 亮子は、この田舎じゃ貴重な中華料理店の娘だった。

 同級生で幼馴染。

 俺は高校に入ってから、亮子の実家の店でアルバイトをしていた。

「ごめん……」

 箒とちりとりを駆使して、俺は必死に割れた皿の破片をかき集める。

 もうすぐ店が混雑してくる時間だから、急いで片付けないと……

「龍彦、焦らなくて大丈夫だから。注文をとるのも、だいぶ慣れてきたじゃない」

 ゴミ箱を抱えた亮子が、間近でにこりと笑った。

 ほんとに、明るくて強くて。

 俺はずっと、亮子が放つ夏の日差しのような明るさが眩しかった。

 おっかない店の主人、亮子のお父さんは昔からすっごく苦手だったけど、亮子の傍にいたくてアルバイトの募集に応募したんだ。

「うん……でも、ヘマばっかりしてる……学校でもさ……」

 俺は指先だけじゃなく、人付き合いも不器用だった。

 友達も少ない。同じ高校に通っている亮子とて、それを知ってるはずだ。小学校、中学校も同じだったんだから。

「龍彦のいいところはね、真面目で優しいところだよ! 周りの子も、龍彦自身も気がついてないかもしれないけどね……私はそういうトコ、大事だなって思うよ」

 胸がどきりとした。

「そ、そうかな……」

「おい、いつまで喋ってんだ!」

 厨房の中から亮子のお父さんの不機嫌そうな声が飛んでくる。

 俺は怖くて肩を竦めた。

「はい! 今行きます! ……っとにうるさいんだから……大丈夫だよ、龍彦……一緒に頑張ろう」

 ぽん、と肩に置かれた亮子の華奢な手は荒れていた。食器洗い用の洗剤で肌が荒れてしまうのだ。

「これ……」

 俺はこっそり、亮子のエプロンのポケットに小さなハンドクリームのチューブを入れた。

 バイト代で買った、高めのやつだ。

「……ありがと……そういうとこだよ、龍彦のいいとこ」

 くるりと背を向けた亮子の短い髪が、店の蛍光灯の灯りをはじく。

 一緒に……この先の人生を、亮子と一緒に歩めたら。俺は頑張れる。どんなに辛いことがあったとしても。


「夢……」

 ぼんやりと白けて見える天井は、見慣れた家のものだった。

 くそ……あんな昔の夢をみるなんて……思い出さないように、いつも酒飲んでごまかしてるのによ……

 そうか、昼間見たあのいけ好かない女のせいだ。っとに、亮太の名前なんか出してきやがって……なんだったんだ……

『おじさん……ほんとにあの亮太の父親なの……おじさんには、亮太みたいな優しさのかけらもない!』

『龍彦のいいところはね、真面目で優しいところだよ!』

 亮子の声が頭に響いて、浮かぶ笑顔に胃が締めつけられる……くそっ、目が熱い……

 あのなあ……優しさなんてもんがあったって、どうしようもないことがあるんだよ!

 俺の……俺の命より大事なもんは、あっさりどっかに行っちまうんだから!

 酒をぶっかけてやったあの女……亮太の女だったんだろうか……まあ、もうどうでもいい……これでもう二度とここに来ることはないだろう……

『亮太はお母さんとのつながりを大事にするような人です!』

「あの目……気ぃ強そうだったな……亮子……」

 俺は宙に手を伸ばす。

 俺が死ねば良かったんだ……なんで亮子が……なんで亮一が死ななきゃならなかったんだ……あいつは亮子に似て……いい子だったのに!

「俺が……俺が死ねば良かったんだ……」

 3人で過ごした甘い記憶は、俺を狂わせる。

 本当にもう、どうしようもない。

 俺はぎゅっと握りしめた拳を、目一杯の力で畳に叩きつけた。

 部屋に充満する線香の匂い。

 仏壇に置かれた写真の中で、ずっと笑っている亮子と亮一。

 俺も早く、お前達のところに行きたい。

 どうして……どうして俺は、生きているんだ?

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