第29話 再戦の約束

「おや、君が先に来ているとは珍しいね」

 私はいつも圭介が座っていたベンチに腰掛け、圭介が来るのを待っていた。

 淡いブルーの半袖シャツに、ベージュカラーのパンツ。

 私は白の綿Tシャツに黒のジーンズだ。

 街灯に照らし出された、明るい色を身に纏った圭介。その頭上で揺れる、可愛らしい白い花。

 私はベンチから立ち上がり、背の高い圭介を見上げた。

「今日私が正解したら、あんたとはもう話せなくなるから、今のうちに聞いておくけど」

「ほう、随分自信があるようだね……よかろう、私が答えられることならなんでも答えよう」

「私が勝ったら、あんたはどうなるの? まさか、圭介の体に残ったりしないよね?」

「私が君に破れたら、私は完全に圭介こいつから離れる。一部が残るということもない」

 その答えに、私は安心してほっとため息をついた。

「あんたというか……その、神とかいう奴のことなんだけどさ……やめないよね、今やってること……あ、いや、これはいいや……あんたさ、虫は虫らしく生きたらどうなの?」

 これも、言ったところで……とは思うけど。

「らしく、ねぇ……遥か昔、術者の人間が私から自由を奪わなければ、そう生きていただろうね……残念だが、今さらその道には戻れないよ」

「やっぱりそうだよな……」

 こいつが言っていた、神とかいう奴のリサイクルの考え。

『まだ使える肉体を、自己都合でただの肉の塊にしてしまうのは、もったいないと思わないかね?』

 苦しんでいない私から見たら、自ら残りの人生を捨ててしまう選択は、確かにもったいないと思わなくもない。

 じゃあ私はどうすればいい? それを止めるために、私ができることはなんなの?

 その答えは、見つからない。

 私にわかるのは、圭介ともっと話をしたいという強い欲が、確かに自分の中にあるということだけだ。

「では、私から君に質問だ」

「えっ、なに?」

 私に聞きたいことなんてあるの?

 私はつい身構えてしまう。

「後悔しているかね? 私と出会ったことを」

 こいつと出会ったこと……圭介の頭に咲いた白い花に気づいたこと。

 初めて教室でそれに気づいた瞬間を思い出す。

 しんとした朝の教室。

 開けた窓から入ってきた、少し冷たい春風に揺れる白い花。

 そして、らしくないハキハキとした調子で『おはよう、』と言った圭介の爽やかな笑顔。

 おかしい。

 頭に咲いた白い花も、圭介も、すべてがおかしくてなぜか微かな嫌悪感が湧いた。

「それは……そうだな……あんたが圭介を乗っ取らなきゃ、私はずっと圭介を避けてただろうから……」

 ずっと無視してきた罪悪感と、向き合うのが怖くて。

 今は、それが少しずつできている気がする。

 圭介のお母さんとも、話ができたし。

「色んなことに気づくきっかけをもらえたことは、良かったと思ってるよ」

 そう。それは、嘘ではない。

「そうかね……私は、素直な君が圭介こいつの為にもがき苦しむ様を見られて実に楽しかったよ。子どもっぽい恋愛ドラマを見ているようでね」

 圭介はにこりと微笑んだ。

 子どもっぽい恋愛ドラマだと⁉

 くそう、なんだか腹が立つな。

「これは、君が勝つと仮定してだが……またどこかで会えたら、私と勝負しようではないか」

「そんなの、嫌に決まってるじゃん」

 他人ひとの気も知らないでさ……いったい私がどれだけ胃を痛めたと思ってるんだよ!

 でも……

「これから先……また圭介みたいに、頭に白い花を咲かせてる人を見たら……私はきっと、あんたに……ゲームに挑んでしまうと思う」

 本当は嫌だけど……こいつらの存在を知ってしまった以上、私は無関心ではいられない。

「いい答えだ。私はそれを期待しているよ。さあ、では始めようか、最後の審判を」

 最後の審判。それは、私と圭介しか知らないラムネの思い出だ。

 リュックの中の2本のラムネを、祈るように見つめる。

『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』

 もう一度だけ、私にチャンスをくれ! 圭介!

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