第28話 ラムネの記憶
いくらどんなに大事なことでも、やっぱり記憶は新しいものに埋まっていくんだ。
私が圭介にねだったのは、ビー玉だった。
ただのビー玉じゃない。私にとっては、ものすごく特別なビー玉だ。
それは瓶とぶつかる度にカランカランと涼し気な音をたて、これみよがしに見せつけておいて、けして手にすることのできないシロモノ。
私達が保育園児だった当時、駄菓子屋にはガラス瓶のラムネが置いてあった。
甘くて炭酸がシュワシュワする飲み物だ。
『駄菓子屋のおばちゃんに怒られるよ』
圭介がそう言ったのは、飲み終わったラムネの瓶は駄菓子屋のおばちゃんに返すのがルールだったからだ。
そのことは、もちろん私も知っていた。
知ってはいたけれど、あの時の私はどうしてもこの特別なビー玉が欲しかったんだ。
『でも、どうしても欲しいんだもん!』
私は引き下がらなかった。
圭介は黙って空になったラムネの瓶を見つめていた。
『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』
私……なんてことを言ったんだろう。
私は圭介が自分を好きなことを知っていたから、あえて使った切り札だった。
本当に、いやらしい
『えっ! 本当に⁉』
しかし素直で純粋な圭介は、腹黒い私の言葉に真剣な
『うん、だから早くビー玉取って! 早くしないと、おばちゃんが来ちゃう!』
『う、うん、約束だからね!』
圭介は、細くて短い指を瓶の口に突っ込んで、必死に中のビー玉を取ろうとする。
無理なんだよ、圭介……そんなことをしても、中のビー玉は取れないんだよ。
馬鹿な私。圭介の純粋な気持ちを利用するなんて。
『はい、飲み終わった瓶は回収するよ〜』
『あっ……!』
チャレンジの終わりは、実にあっけなかった。
駄菓子屋のおばちゃんがにこにこしながらやってきて、私と圭介の手からやすやすと、空になったラムネの瓶を回収していった。
『あーあ……やっぱり無理だったかぁ……』
『ごめんね、リカちゃん』
すっかり落ち込んだ圭介の顔は、泣きそうに見えた。
謝るなよ、圭介。
悪いのは、どう見てもわがままを言った私の方だろ?
「忘れててごめん、圭介」
バイトを終えた私は、客としてレジで会計を済ます。
「ラムネってなんか懐かしいわよね? 二本でいいの? 兄弟喧嘩にならない?」
うちの家族構成を知っているレジ担当のパートさんが、そう言って笑った。
「私と……私の友達の分だからいいんです」
圭介を友達と呼ぶのには、なんとなく違和感があった。
圭介は、私を許してくれるだろうか?
もう一度昔みたいに、友達として喋ってくれるだろうか?
今夜は最後の審判の日だ。
もう、私にはこれしか思いつかない。
最後の賭けだ。
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