ユウカ 編 第七

「ヨウヤクミツケタ……」


 さっきまで、喋っていた人がウソのように動かない。


 地面には血だまりができ、暗がりでもはっきりとそれは赤かった。


「逃げろ!」


 ハルキが私の手を引っ張り、走り出す。


 私は、この状況にあっけに取れられ、未だに理解できなかった。目の前で人が刺され、その後ろには、さっきの人が言っていた『闇』と呼ばれる真黒な何がいる。そして、いつの間にか、また走り出している。


 ハルキがどこに向かって走っているのかは分からない。ただ、私の中でさっきの光景が頭にこびりつき、得体の知れない恐怖感に襲われていた。


 後ろを振り返ると、私たちの足跡がかすかに見えるだけで、それ以外は何もなかったが、姿の見えない何かに追いかけられているという感覚だけがあった。


 走り続けていると、噴水がある広場みたいな所に辿り着いた。


「はぁはぁ、ちょっと待って…… 急に走らないで……」


 私は走り続けたおかげで、息が挙がり、その場で座り込んでしまった。


「おい、ユウカ、大丈夫か、ごめん…… 急に走って……」


「私は大丈夫だから…… 安心して……」


「ココニイタカ……」


 私の息を整える暇もなく、『闇』が複数の姿を引き連れ、いつの間に周りを取り囲まれていた。


「スベテハエタタイカヲハラウタメ……」


「ギセイガトモナウ……」


 『闇』らは何かを言い続けている。しかし、私たちにはそれが何を意味するかは分からなかった。


 ハルキが一歩踏み出し、覚悟を持った表情で『闇』に向かって叫んだ。


「お前ら! ユウカを傷つけることは、絶対許さない‼ おまえらが何かするなら、僕は全力で守る‼」


「サスガダナ……」


「ココマデトハ……」


 奴らは、音もなく少しずつ近づいて来る。

 

 ハルキの表情は、少しずつ堅くなっていく。


「ここまであるぞ!」


 どこから矢が飛び出し、一体の闇に刺さった。


 この瞬間、奴らの動きが止まり、周囲を確認し始めた。


「……ドコダ……」


 夜空の中、強く輝く星の様なものが見えた。それは徐々に近づき、UFOが着陸するが如く、この場に降りてきた。この間にいくつかの『闇』は、この光の輝きに失せたように消えていった。


「……」


「我らは、高く天の原の遣いである。まつろわぬ奴ども! 我らの一線を越え、禁忌を犯したよって、この場で殲滅する」


 そう言うと彼らは、弓を構え、一斉に矢を放った。矢は雨のように降りそぎ、私たちの周りにいた『闇』は、抵抗する間もなく、次々と消えていった。一部の『闇』は、彼らに近づこうとしたが、矛に刺され、弾けるように消えた。


 『闇』が残り1体になった時、矢の雨は降りやんだ。


「ナゼ…… コウゲキヲヤメル……」


「話せるのか…… 先ほどの猛攻を耐えるか。何故、我らの輩を害った。一体何が目的だ!」


 風が強く吹いた。


「スベテハ、『』ノオボシメシ、ワレラハジョウトウ、スベテハコノトキノタメ……」


』という文言を聞いて、彼らの表情が変わったことが分かった。


「『』だと……」


「復活していたというのか」


「ありえん、早すぎるぞ。封印はできていなかったのか」


「一体、どういうことだ。応えよ、奴の隷ども!」


「ハナスコトハナイ…… スベテハ、『』ノオボシメシ」


「第二射用意、放て!」


 再び、矢の雨が降り注ぐ。しかし、この『闇』は分離と融合を繰り返しながら、矢を全て避け、彼らの元に近づく。


「まずい…… 奴は只者ではない。しっかり構えろ!」


 矛の部隊が一斉に戦闘態勢に入り、『闇』との距離が狭まる。


「確実に殲滅せよ!」


「御意!」


 一同が声をそろえて応える。


『闇』は一人の矛を持った男神と衝突した。男神は華麗な矛さばきで退け、圧倒する。しかし、『闇』は分離し、二体となって攻撃を始める。すかさず、別の男神が矛で攻撃を加えるが、避けられた。『闇』と矛の部隊の一進一退の攻防戦が続く。


 私は、この光景にあっけに取られ、黙ってこの様子を眺めていた。


「奴はどこにいる! 知っていることを吐け!」


 矛を持った男神が問いただす。


「スベテハ、『』ノオボシメシ…… ハナスコトハナイ……」


「同じことを…… ならば、力で聞くしかないな!」


 徐々に矛の部隊が優勢になってきた。『闇』も少しずつ動きが鈍くなっている。そして、『闇』は矛の部隊に包囲された。


「逃げ場ないぞ! もう終わりだ!」


 これを聞いた『闇』は直立し、降参する意思を見せた。


 矛の部隊は矛を構えなおし、中央にいる『闇』にめがけて突き刺そうとする。


「これでもう終わりだ!」


 矛の部隊は叫んだ。しかし、『闇』は突然、今までなかった口のような輪郭を表し、口角を上げ、この状況には似つかない不敵な笑みをした。


「おい、攻撃をやめろ!」


 この使者の長らしき神が何を気付き叫んだ。しかし、矛の部隊にこの声が届いた時には、既に『闇』は全身に矛が貫き、串刺しの状態になっていた。


『闇』はまったく動かなくなった。矛の先端には、赤い血がぽたぽた雫のように垂れていた。


「どうなっている……」


 串刺しなった『闇』の地面は、黒い液体が広がり、それと同時に『闇』の本体の黒が徐々に薄くなっていた。


 矛の部隊も困惑し、黒い液体から遠ざかる。


 『闇』だったものから、黒という色素が抜けきり、本体が姿を現した。それは、見たことある姿だった。


 私は、すぐに周囲を見渡したが、いなかった。何度も何度も右や左、後ろ、何回も何回も探した。でもいなかった。



 いつも隣にいて、私の最も大切な人がいつの間にか、串刺しになっていた。


「えっ…… なんで……」


 ハルキは、動くことはなかった。全身に矛が刺さり、顔以外のほとんどはぐちゃぐちゃになっていた。


「一体、どういうことだ…… なにをしている早く手当しろ! この人は無関係だ!」


 使者の長は叫ぶ。


 私は、目の前の状況を理解できなかった。夫であるハルキは串刺し……


 この一つの事実が私の中の何が壊れ、何かが溢れ出した。


 それは、涙であった。そして、声であった。


 まるで堤防が壊れる寸前の洪水した川のようで、悲しみというよりも絶望に近い『闇』の心であった。



「っいいっひい、いいいいやだっだだっだあっだdさだsdsdっだsdsだああだだダダsだdfsdさdssっダダfsだfsだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 ここからは、私は何も覚えていない。

 

 ただ失ったものがあまりにも大きく、愛しく大切な存在だった。


 壊れていく私自身を止めるものはなかった。


 ただ溢れ出す悲しみを獣のような声で叫び続けるしかなかった。




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