懲罰中隊

舞黒武太

懲罰中隊動員

 “World War Online VR WW2” 通称WWO。戦争を舞台にしたVRゲームの金字塔。VRデバイス発売初期から販売されたシリーズの第5作目がついに2031年10月に発売された。前作の現代戦とは打って変わり、第二次世界大戦を舞台に最新型VRデバイスによる前作とは比較にならない没入感と高画質を実現したこのゲームは発売初日から約10万本を売り上げるなど大ヒットした。発売から半年以上経つがその人気は衰えることを知らない。ネットワーク技術革命により、1000人対戦を可能としたこのゲームは広いフィールドでプレイヤーの一人一人が兵士として思うままに行動できる。大勢に付き従って皆で突撃するもよし、数人の分隊で奇襲するもよし、友達とビークルで大暴れするもよし一人で黙々と狙撃に徹するもよし。衛生兵として命を救うも、非武装で敵との和解を試みるも全てが許容されるこの世界への参加者が絶えることはなかった。


 マップ名・スターリングラード

 「同志!我々ソ連赤軍はドイツ第六軍の占拠するこのスターリングラードを完全に包囲した。だが、西からはドイツ軍の増援が迫っている。奴らが到着するまでになんとしても街に潜むドイツ軍を一人残らず叩き潰せ!」聞き慣れたナレーションをスキップする。俺とフレンドの抹茶は貨物列車からスタートする。貨物列車は激戦区であるスターリングラード市街からは遠いが安全な湧きポジだ。リスキルされる心配がない。このゲームがリリースされた当初のこのマップでは、攻め側より先に守り側が行動できたせいで、いざ攻め側がスタート地点に着いたとたん動けないソ連側がドイツ側の三号突撃砲に引き潰されるということがよく起きていた。俺も列車に沿って湧いたソ連兵達を動きの速い三号突撃砲でリスキルしていたのは良い思い出である。もちろん翌日には修正された。とりあえず近くにあったトラックに抹茶と一緒に飛び込む。走るのは大変なのでビークルで市街へ向かう。途中ランク80の野良がトラックからDP28軽機関銃を掃射してこのマップのセオリーがわかっていない先走ったドイツ軍の新兵達を倒す。楽しいのはここからだ。このゲームをやりこんだ者なら分かる。貧乏籤を引くのは誰だ?前のトラックの荷台から炎が吹き上がる。「モロトフだ!」「来たぞ!散れ!」ベテラン赤軍兵たちは皆トラックから飛び降り最短ルートで近くの建物に取り付く。新兵達はトラックの周りでオロオロしながら建物の中からの銃撃に倒れる。俺もロシア語は読めないからわからないが、攻略サイトにはDのパン屋と書かれている建物に取り付いた。ベテランプレイヤーは攻め側を真ん中まで十分に誘い込んで攻撃してくる。俺はメインウェポンのPPSh41短機関銃を構えてドアを蹴破って中に入る。入ってきたソ連軍を手榴弾で一網打尽にしようと手榴弾を構えて待機していた初心者スキンを彼が反応するより早く落とす。初心者の頃はよくやられたが最近はあまり引っかからない。ソ連兵達は部屋中のクリアリングに当たる。手榴弾を部屋に投げ入れてサブマシンガンを乱射する。それが市街戦のセオリーだ。

3キルか。途中で撃ち合いの最中負傷して負けかけたが抹茶のフォローによりことなきを得た。衛生兵の抹茶に蘇生してもらう。

突如ライトマシンガンを持ったドイツ兵が部屋に乱入してくる。全員隙だらけなので全滅しかねない。まずいと思った瞬間、銃剣をつけたモシンナガンを持ったプレイヤーも部屋に飛び込んできた。

ドイツ兵は銃を構える前に胸に銃剣を突き立てられてデスした。銃剣男はドイツ兵のライトマシンガンを鹵獲して窓に向けて乱射する。

おそらくこの建物はクリアした俺も喜びの乱射をする。抹茶はG43を装備しているのであまり喜びの乱射は捗らないようだ。

俺たちが屈伸しながら喜びを分かち合っていると外から銃声、悲鳴が聞こえ始める。同時にキルログが荒れ始めた。

使用武器はウィチェスターM 1894とかいうレバーアクションライフルだ。連射が効き100m以内であればヘッドショット一発だが、中遠距離では他の銃に撃ち負け、取り柄の近接戦も取り回しが悪く使いにくい。ピーキーな性能だ。典型的な当たれば強いロマン武器である。

だが、キルログに映るその男はそんな武器でキルログを埋める。確か装弾数は10発程度だったはずだ。それで一度に8キルくらいしている。恐ろしい命中精度だ。撃ち尽くしたあとはP08で時間を稼ぎ再びウィンチェスターでキルを積み重ねている。

味方のデスアイコンが近づいてくる。俺たちは急いで外に出て敵と対峙する。

そのプレイヤーはおおよそ戦場には似つかわしくない白い軍服に金モール、金のウィンチェスターライフルに金のルガーP08を握っていた。あのスキンは確か発売直後のランク報酬で配られたスキンだ。まさか。俺が嫌な予感を感じたと同時に白服のドイツ兵は動き出した。

銃剣男はすぐさまライトマシンガンを構える。

「いたぞ!いたぞぉ!」ボイスチャットでどこかで聞いたようなセリフを叫びながら鹵獲したライトマシンガンを乱射する。

男は燃えるトラックや野砲の残骸を飛び越えながら弾をかわしこちらへ進んでくる。

俺と抹茶、もう一人の野良もSTG44を連射する。

ドイツ兵はジャンプすると壁を蹴りありえない軌道を描く、同時に銃剣男が頭を撃ち抜かれダウンする。そのままドイツ兵はウィンチェスターをスピンコックすると後ろの野良を同じく一撃で落とす。

やはりこの武器は当たると凶悪な性能を発揮する。

負けを悟った抹茶が手榴弾を足元に投げて敵もろとも自爆しようとするがそれより早く頭を撃ち抜かれ倒れ込む。

残りは俺だけだ。PPSh41を腰だめで構える。この距離なら外さない。引き金を引こうとした瞬間俺はデスしていた。


「おかしいだろ。」


俺はつぶやいた。

このネタみたいな武器を持った男に四人どころか一部隊が壊滅させられた。信じられない話だ。チーターかとも思ったが、彼のキルスコアはあくまで理論値を最大限まで引き出したものに過ぎなかった。俺は彼の名前を見た。

「M_YAMATO?こいつ配信者じゃん。」俺は笑った。

彼はネットでも有名な配信者であった。上手いのも納得である。


・・・・・・・・・・


「うますぎ」

「ナイスショット」

「人力チート乙」

「うますぎ」

「すげえw」

「一周回って草」


コメント欄を称賛コメントが濁流のように流れる。

そのまま配信者はキルを重ねスターリングラード攻防戦はドイツ軍の勝利に終わった。

大人数のゲーム故一人の活躍が勝敗を分けることはあまりないが、市街地をソ連軍に渡さなかったのは彼の活躍が大きかった。


「いやあ、歴史変えちゃったね。」配信者は愉快そうに呟く。

「はい、イナゴEXさんコメントありがとう。」有料コメントを読み始める。

「なんか配信重いな。この時間はやっぱり重くなるよね。じゃあ、今回は終わるわ。今日はライブはやく終わらせて、明日の夕方に新武器の動画あげます。明日もライブやろうかな。まあ、見に来てね。じゃあ、おつかれさま。」

配信を切る。


「おつかれさま」

「乙」

「乙」

ねぎらいのコメントが流れる。


男はグッと伸びをする。ゴーグルを外すと動画サイトを立ち上げてきとうな動画を流しながら夕食の準備に取り掛かる。

企業案件で来た冷凍食品を食べようかとも思ったが、時間があるのでまた今度にすることにした。パックごはんを一つ出してくる。何かおかずが欲しいところだ。コンビニに何か買いに行くことにする。

電子決済のためのスマホを持って家を出る。

夜八時だが人通りは多い。俺は配信者としてそこそこ人気だ。今はそれ一本で生活できている。だからこそ人目につきたくない。俺はできるだけ人のいない方の道を通りコンビニに向かった。

今日は何を買おう。チキンを久しぶりに食べようかなどと考えていると、全く人通りのない道に入った。

俺はそのまま駐車してあるバンの横を通り過ぎようとする。その瞬間、バンの扉が開き3人の男が俺に掴み掛かった。俺は驚いて大声を上げる間も無く口を塞がれ車に押し込まれた。

誘拐だ。

車はそのまま発進する。俺は抵抗しようと暴れたが、大柄な男が拳を振り上げそのまま振り下ろした。そこからの記憶はない。


・・・・・・・・・・・・・・


 目が覚めると白い部屋にいた。窓はなく薄暗い蛍光灯と机、椅子、ベッドがあるだけの簡素な部屋だ。俺は少し痛む頭を押さえながらゆっくり起き上がる。ドアに近づいてドアを叩く。

「誰か!誰か!」と叫ぶ。しかし反応はない。

しばらくドアを叩いたりしているとドアに動くところがあった、押してみると、牢屋の扉などにある扉の向こう側を見るための覗き穴だ。目の前にも似たような扉がある。

「おーい!誰か!助けてくれ!」俺は叫ぶ。

すると、すぐに向かいの扉の覗き窓が開く。

「あなたもいきなりここに来たんですか?」女性の声だ。

「そうですそうです!目が覚めたらここにいて。」俺は必死に返事をする。

「私もいきなり誘拐されてこの部屋にいて…」女性も食い気味に発言する。

「おい、あんたらもか?俺も気がついたらここにいてさ。俺だけかと思ってたんだが。」横から男の声が聞こえる。

「どうにか逃げ出せないですか?」俺は言う。

「しっ、誰か来た!」女の声がする。

「おーい!助けてくれ!」横にいる男が助けを求める。

しかし様子がおかしい。反応がない。やはり外にいるのは俺たちを誘拐した奴らなのか。俺は警戒した。

するといきなりドアが開く。

「出ろ。」大男が俺に言ってきた。

俺は部屋から出るとすぐに3人の男に壁に押し付けられ手錠をかけられた。俺は抵抗しようとしたが、3人とも拳銃をもっていたため大人しく従うことにした。

向かいの部屋からも長い髪の女性が出てきた。おとなしそうだが、インナーカラーを入れていて少し派手な頭だ。

俺の横にいたのは太った男性だった。他にも何人かが部屋から出され手錠をかけられていた。

「俺たち逮捕されたんですか?」俺は女性に尋ねる。

「私なにも悪いことしてないのに!」女性はパニックになっていた。無理も無い。

「俺も悪いことはしてねえ。」太った男も不満そうに言う。他の人たちも口々に喚いている。

パァン!と破裂音がする。

銃声だ。まさに親の声より聞いた音だ。皆悲鳴をあげたりしたあとシーンと静かになる。

「黙って歩け。」そう言って銃を持った男が歩き出したので皆黙ってそれに従う。俺もついていく。

グレーのジャージを着て手錠をつけられた人たちが次々と部屋に通される。広くて舞台がある体育館のような場所に通される。上にも空間があり、そこにはサブマシンガンを持った人が数名こちらを見ている。何か下手な動きをすればあれで撃たれるのだろう。俺はできるだけ目を合わせないようにした。

10分ほど待たされる。

「お辞儀しろ!」と誰かが野太い声で叫ぶ。皆すっかり怖気付いていたため言われた通り頭を下げる。俺も頭を下げた。

お辞儀しながら少し頭を上げると、舞台の上に和服を着て車椅子に乗った老人がゆっくりと出てきた。鼻にはチューブが繋がれている。

「頭を上げていいぞ。」老人はゆっくりと言う。

皆は言葉通り頭を上げるとザワザワし始める。

「静粛に!」老人の横にいる男が叫ぶ。

皆はシーンとなる。

老人はこちらを見つめながら黙ったままだ。

数分間老人は喋らなかった。

「では喋っても良いかな?」老人は静かに話し始める。

「君たちはここに集められた理由がわかるかな?」老人は問いかける。

「知らねえよ!早く出してくれ!」誰かが叫ぶ。

「話は最後まで聞きたまえ。君たち全員に共通点がある。そう。君たちは全員”げぇむはいしんじゃ”である。」老人は言う。

「ゲーム配信者です。」横にいた男が小声で訂正する。

「ははは、そうだったそうだった。君たちは皆ゲーム配信者だ。」老人の言葉に皆ザワザワし出す。

「君たちは第二次世界大戦を舞台にしたゲームを配信して収益を得ている。それが君たちの共通点だ。」老人の言葉に、一人の女が反応する。

「それがなんだって言うの!」彼女の言葉に皆そうだそうだと言う。全くその通りだ。

「それは、貴様ら配信者が私の戦友たちを冒涜しているからだ!」老人は声を荒らげる。

俺たちはその剣幕に押されて黙り込む。

「私はな。昔戦争に兵隊として参加していた。私は当時ガダルカナルにいた。そこで私は仲間たちと共にアメリカと戦っていた。だが、戦場は地獄だった。我々は常に押し込まれ戦友は戦闘で、餓死で次々と命を落としていった。実に嘆かわしことだ。彼らは戦争がなければただの一般人として幸せに一生を終えた者たちだったはずだ。それが戦争によって彼らは無惨にもがき苦しみながら、腹を空かせながら、極限の苦痛の中命を落としていった。

それがどうだ!貴様らはその恐ろしい戦争をゲームにし面白おかしく遊ぶ。死んでいった仲間たちが最後に言った言葉を無闇に連呼し茶化す。挙げ句の果てに貴様らはそれを娯楽とし金を稼ぐ。これを冒涜と言わずしてなんと言う?」老人は俺たちを睨む。

正論のように言っているが全く支離滅裂だ。俺たちを誘拐したところで今更戦争がなかったことにはならない。

「そこでだ。君たちには今からデスゲーム!に参加してもらう。」変なイントネーションだ。

「君たちには特別なVRヘッドセットを用意してある。」横にいた幹部のような男が合図する。

一人一つヘッドセットが配られる。頭頂部に何かついている。

「これは成形炸薬だ。皆は詳しいだろ?もしゲーム内でデスするとこいつか炸裂して頭蓋と脳を砕く。要はゲームで死ぬと自分も死ぬ。」幹部の言葉に参加者はざわつく。


見せてあげよう。そう言って幹部はヘッドセットを机の上に置くと十分に距離をとってノートパソコンを操作する。

カチッという音が聞こえたと思うと、ゴーグルにつけられた皿のようなパーツが破裂する。

参加者は絶句する。


だが、死ぬ前にゴーグルを外せばいいのでは?と思った。


「それに、ゲームに参加しなかった者は直接射殺する。」そう言って幹部は拳銃を取り出す。

なるほどね。俺はため息をつく。


「おいおい!そもそもこのゲームをやってる奴は俺たち以外にも大勢いるし、そんなにこのゲームが許せないなら俺たちじゃなくて開発者に文句を言えよ!」参加者の一人の言葉に皆がそうだそうだと言い出す。

パァン!という銃声と共に先ほどの発言者が脳漿をぶちまけて崩れ落ちる。

車椅子の老人が撃ったのだ。彼が持っているのは南部14年式拳銃。ゲームでは威力は低いが弾速は速い。あまり強く無い武器だ。

皆それを見て恐慌状態となり部屋から逃げ出そうとする。

上にいた人がサブマシンガンを乱射したことで皆観念したのか静かになった。

「貴様らはそうやって怒られたらあいつもやってるから〜と言い訳するのか!大人になってそんな幼稚な。これだから配信者は。」老人はぶつぶつと文句を言う。

「ともかく、残り参加者は99人。詳しい説明はあとで行う。部屋に戻れ。」幹部が言うと武装した男たちが銃を向けながら部屋に戻れと言ってきた。


部屋に戻った俺は得体のしれないVRゴーグルを眺める。大変なことになってしまった。これが夢なら良いのだが。

ともかく俺はヘッドセットを付ける。少し重い。普段使っているものよりスペックが低い。はいっているゲームはただ一つ。WWOだ。



このゲームには独自のゲームモードがある。その名もオペレーショナル・アーツ。片方の陣営が三組に分けられ三つのランダムな地点からスタートする。三つのグループは各自指定されたポイントに攻勢を行う。防衛側は有利な位置に陣取りつつ攻撃側の目標を予測して行動する。

攻撃側の指令は毎試合ごとにランダムであり、三点のポイントを同時に制圧し前線を上げる。包囲殲滅、砲台や港の制圧など様々な指令がある。防衛側は攻撃側の行動を見て防衛戦略を決定する。大人数対戦が可能にしたこのゲームの目玉ゲームモードだ。

面倒なルールであるが、前線を上げたり包囲殲滅ルールは戦闘が苛烈になり、破壊任務は戦闘は穏やかになるが攻撃側も防御側も空挺やゲリラ戦などトリッキーな戦術を駆使して目標を達成しようとしてそれはそれで面白いというゲームモードだ。


そして、俺たち99人はこのゲームモードに参加することとなった。


「まずは説明をしよう。」聞き覚えのある幹部の声がする。

「諸君らにはこのオペレーショナル・アーツにおける全てのマップの戦闘に参加してもらう。もし全てのステージで生き残ることができれば君たちは解放される。」

「だが、もし一回でもデスをすれば、ゴーグルに仕込まれた成形炸薬が炸裂し君たちの脳を床にぶちまける。」

「要するに、終戦まで死なずに生き残れ。では幸運を祈る。グッドラック。」

放送は終わった。

顔を冷や汗が流れるのが分かった。突拍子も無い話だが、彼らならやりかねない。

ともかく、これに参加しなくては生き残ることはできない。俺は深呼吸をすると仕方なくヘッドセットを装着した。

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