星空と竜の原(2)

 たどり着いた物見台で身体を休めたリリとリラは、辺りが暗くなると手すりに近づいてそっと空を見上げた。

 水気を含んだ風が野を渡ってゆく。湿った空気は暑くもないし肌寒くもない。藍を刷いたような空に星々が瞬きだすと、どこからともなくコォーン、オォーンと、硬質な響きがいくつも降り注いできた。


「これが、竜の声なんだねえ」

「うん、このたちを呼んでるんだ」

 頷いたリリが卵を見下ろした。真白の帯からのぞくなめらかな殻に触れながら、そっと唇を開く。

「……みんなが、あなたを待ってるよ」

 卵を優しく撫でながらリリは語りかけた。

「神殿で教えてもらったの。どうして竜は、大切な卵を私たち人間にわざわざ預けてくれるのか」

 隣に立つリラが、同じように卵を撫でながら言葉を続けた。

「竜って、成長するとすごく大きくなるから、人の側では暮らせないんだって。近づいただけで人を傷つけてしまうから、空のぎりぎりまでしか来ちゃいけない決まりになってるんだって」

「だから年に四つ、トコワ国を旅して人間と触れ合うことのできる卵は、竜の中でも羨まれるくらいの特別なんだって」


 リリの抱える卵はその特別を二度経験してきた。旅の前にリラと相談して、孵化の旅路は去年と全く違う道を選ぼうと決めたのだ。


「生まれる前に、世界につらいことがあるって知ってしまったのは悲しいけれど。この世界にはきれいなものも、楽しいこともいっぱいあるんだよ」

「美味しいものもいっぱいだったよねえ」

 リラが笑うと、抱えられた卵も同意するように大きく揺れた。その様子を見たリリが目を細める。

「……それに、あなたは一人じゃない。一緒に生まれてきてくれるきょうだいがいるんだから」

 うんうんと頷いたリラが言った。

「二人って良いこといっぱいだよ。もし『桜餅と苺大福どっちにしようかな?』って悩んだ時、一人だったらどっちかしか選べないけど、二人だったら一個ずつ選んで半分ずつ食べられるの」

「大変なことがあれば支え合えるし、嬉しいことがあったら分け合える。そんなきょうだいが、いつもあなたの側にいてくれるから。たくさんの人とたくさんの竜が、私とリラが、あなたたちが生まれてくるのを待っているから。だから──」


 空から降り注ぐ竜の声が止んだ。

 星空の下、リリとリラが肩を寄せる。小さく息を吸うと同時に唇を開いた。



「「”──生まれておいで、愛しい仔”」」



 二人の声が吸い込まれるように卵に響く。

 ピシ、と。

 リリの抱える卵の表面に亀裂が入った。


 ──クゥ。


 大きく割れた卵殻の奥から、新緑色の鱗に覆われた頭がおずおずと顔をのぞかせた。

 星空を散らせたように輝く黒目と、額に生える薄桃色を帯びた二本の小さな角。リリは優しく笑った。

「木竜の、女の子だったんだねえ」

「こっちは火竜の男の子。ふふ、ずっと元気だったからそんな気がしてた」

 そう言ったリラの周りを飛び回るのは、夕焼け色の鱗に金味を帯びた角の仔竜だった。

「ちゃんとお姉ちゃんが出てくるまで待ってて、偉かったねえ」

 リラがひんやりとした鼻先をちょんとつくと、クァと小さく仔竜が鳴いた。

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