第42話「異世界バレンタインデー」

第四十二話「異世界バレンタインデー」


―喫茶ポワレ厨房


「バレンタインデー、ですか?」


シルフィーヌが首をかしげる。

この異世界にはバレンタインデーなる風習はないからだ。

無論現代世界の風習ではなく詩音の地元の風習という事にしてある。

しかしなんとてチョコが存在する世界だからラッキーだ。

更に今は2月とは程遠い季節だが言わなければばれないだろう。

何よりレオナ達の好感度を上げるチャンスである。


「私、お菓子作りなんてした事ないのだけれど・・・」


2年生のイクリーサが小難しい顔をして答える。


「私もよ。それにお姉様が甘い物なんて喜ぶとは思えないんだけど・・・」


炎の魔女候補生であるエルデールも同様に眉をひそめて答えた。


「大丈夫、作り方は私が教えるから。それに重要なのは味よりまごころよ!」


詩音は自信満々にエプロンと三角巾を装備した。

さあお料理タイムの始まりである。

とは言っても既製品を湯煎して溶かし、ハートの型に流し込むだけである。

しかしそれだけでも料理初心者のイクリーサとエルデールは四苦八苦していた。


「大丈夫ですか?分からない所があれば私がお教えしますから」


「ありがとう、優しいのねシルフィーヌ」


エルデールがシルフィーヌに礼を言う。

姉である紅蓮の魔女サティアが喜んでくれるかは半信半疑だが、今の自分の気持ちを伝えるには良い手段だと思った。


一方でイクリーサを指導しているのは詩音である。


「直接溶かしちゃ駄目ですって!ああ!お湯をチョコに入れないで下さい!」


「面倒ね・・・雷の魔術で一気に―」


「やめて下さい、先輩!!」


こっちは波乱のキッチンである。

詩音はお菓子作りの腕も完璧であったが、イクリーサの料理音痴の方が上回っていた。


―数時間後


そんなかんなで完成したチョコ達。

詩音とシルフィーヌの二人のチョコは完璧なハート型のチョコレートで味も完璧である。


一方でエルデールのチョコはいびつながらもハート型を維持しており、味はなぜか激辛だった。

本人曰くサティアの好みらしいとの事。


そして最後はイクリーサ。

ハートはひび割れており、味もとてもではないがおいしいとは言えない。

しかし本人曰く、レイナなら何でも食べるから良いとの事。


こうして全員のチョコ作りが終わった。

そして・・・


―喫茶ポワレ


「急に呼び出すなんて何か用?イクリーサ」


「トレーニングをさぼってまで呼び出すとは良い度胸してるねぇ、エルデール」


「シルフィーから呼び出すなんて珍しいね、急用かい?」


「シオン、これはどういう事なのかしら?説明して頂戴」


各々の姉が呼び出された事に困惑している。

それぞれの姉と妹の間に割って入る様に歩み寄る詩音。

そうして大きく息を吸い込むとこう言った。


「バレンタインデーおめでとうございます!」


バレンタインデー自体知らない姉達はきょとんとしている。

当然詩音が説明に入った。


「バレンタインデーは私の故郷の風習で、好きな方に想いを伝える為にチョコを送るんです!」


「・・・・・・」


唐突な内容に絶句し言葉も出ない姉達。

一息付く間も与えず妹達はチョコを差し出した。


まずはレイナからである。


「あの、レイナお姉様、普段お世話になってるので、その・・・」


「へぇ~おいしそうじゃない。受け取るわ」


お世辞にもおいしそうには見えないのだが、レイナはイクリーサのチョコを快く受け取った。

次はエルデールの番である。


「サティアお姉様、受け取って下さい!特製の激辛チョコレートです!」


「ふーん、私が激辛好きなの覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」


喜んでくれたようで安堵するエルデール。

次はシルフィーヌの番だ。


「エリシアお姉様、チョコレートです」


「おっありがとうシルフィー、さっそく食べさせて貰うよ」


エリシアは包装を丁寧に取るとチョコを一口頬張った。

感想は勿論美味いの一言である。

それを見てシルフィーヌはいつもの様に笑顔で喜んだ。

さあ最後は詩音の番である。

転生前にプロのパティシエに教わった詩音のチョコはプロ級の味・見た目だった。

無論包装も完璧である。


「お姉様、私一生懸命作りました!食べて下さい!」


「ええ、後で頂くわ」


「(私の気持ち伝わったかな)」


笑顔のレオナや皆の姿を見て、やってよかったと思う詩音であった。

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