俺には君に言えない秘密が3つある〈コミティア146 サンプル〉
ワニとカエル社
第1話
「オレ……
「おーい、
県内有数の私立高校なのに、教室にはクーラーなんてない。だから退屈な数学の授業で脳みそが沸騰するなんてよくある事だ。クラスの奴らもいつもの冗談だと受け流している。笑いに包まれる教室。オレも軽く笑った。冗談、で言っているんだ。じゃなきゃ、危ない変態だ。
遠縁の家の奴で、小学から高校生までずっと一緒。そんな幼なじみ同然の釘人をここ最近、まさかそんな目で見ているなんて…事実。
ここ一年くらい釘人が別人みたいに見える……でも、そんなの……気の迷いだ。
「樹、そろそろ帰るぞ」
いつの間にか帰りの時間になっていて、噂をすればなんとやら、釘人が迎えに来ていた。
ネクタイまできっちりしているのに、ブレザーの制服は少し大きめで袖が余っている。サイズを間違えているから変えようと言っているのに、面倒だからと今まで二年そのまま着ている。金がかかるから遠慮しているのだろうか。
「あー、今帰る」
釘人は違うクラスだが、同じ屋敷に住んでいるので帰りは一緒。オレは準備が遅いのでたいてい釘人が待ちきれず迎えにくる。
「よぉ釘人、今日も樹が淋しがってたぜー」
「うるせーなタキ、違ぇし」
もたもた鞄をまとめている間にからかう声。今日一日この話題で盛り上がっているので、また皆が笑う。釘人は当然その事情を知らないので、軽く首を傾げただけ。
「俺の話って?」
その仕草に、俺は一瞬ときめいてしまって、激しく自己嫌悪。………馬鹿、釘人は男だ。
とにかく、この暑い教室を出よう。
「だいたいタキの野郎がさー、変な質問するからさ!
オレも眠かったし、適当に言っただけなのに、あんだけ笑うから」
帰りのたんぼ道を歩きながら、つらつらとまくしたてた。並んで歩くのもなんだか照れくさい。タキのせいだ。
「で、どんな質問だよ?」
気にしているみたいだが、釘人はオレより背が低い。自然と見上げるようになる。くりくりとした目が、オレを覗き込む。
「……忘れた」
「は? なんだよソレ」
「忘れた。すげーくだらなすぎて忘れた!」
「まーいいけど、変な奴」
変態よりいいわ。たぶんうちが男子校だからこんな気の迷いが起こるんだ。オレ、女子大好きだから頭おかしくなってるんだろうな。
そっと横目で釘人を見る。まぁ…男にしちゃ華奢な肩に女顔。でも筋肉はわりと付いてるみたいだ。さすがに全裸を見たわけではないから分からないけれど、釘人の身体能力は高い。スポーツテストでもだいたい項目的に上位にいる。……悔しい。顔もいいし運動能力もよくて、頭もオレよりはいい。オレに勝てないところは金くらいだが、それは実質的にオレの力じゃないから空しいばかりだ。
いつものように、とりとめのない話をぽつぽつしながら、門を抜ける。
中庭に見慣れた後ろ姿…女の中でも嫌いな奴が勝手にお茶していた。母さんのつながりだか何だか知らないが、よく家に上がり込んでくるから嫌いだ。
「てめぇ、何しに来た」
「あらぁ、樹。早かったわねぇ」
腹黒い微笑がいちいち勘に触る。だいたい一言一言が上から目線なんだよな。
「おかえりー、樹。 お前んちのスコーンうまいなー!」
薫子の真向いに座る、
二人の間にまるで鏡でもあるかのように、姿形が瓜二つ。
双生児…にしちゃ、性格は真逆。腹黒ネコ被りの薫子に、純真無垢な撫子。
「嫌だわぁ、その目。まるで邪魔者を見るような目。
ねぇ、撫子」
「いや、撫子はいい。薫子、テメーは帰れ」
「まぁ、淑女に無礼な態度。
…あらぁ。ご機嫌よう、
オレの言葉にもまるで怯まない薫子は、釘人がお気に入り。同じ顔の撫子は薫子みたいな嫌味もなくて純粋、ちょっと食い気が強い以外は文句のない美少女だ。
「こんにちは、薫子様、撫子様」
お辞儀をする釘人と桜庭姉妹が並ぶと絵になる。釘人は顔が女っぽいし背も低いから、自然と溶け込んでしまう。…ま、本人は嫌がるだろうけど。
「あらぁ…夏目君、ちゃんとご飯食べてるかしらぁ。
なんだか以前より痩せていてよ? おかわいそうに。
私の屋敷にきたら樹の執拗な虐めも無いしぃ」
虐めてねぇ。俺の返しにも薫子は鼻で笑うだけ。
「…勿体ない事でございます。
この身に余る光栄なお心遣いありがとうございます、薫子様。温かいそのお言葉だけ、頂戴します」
「貴方が淑女なら、問答無用で屋敷に持ち帰れたのに…残念」
まさに王子と姫のよう。スコーンのカスを口元いっぱいにつけた撫子が邪魔…あとオレか。
「あ、樹。
母さんから? というかそれが本題か。
母さんは去年の冬からパリの講演会に行っていて、一年で最も忙しい時期。オレの事など大抵後回しなのに、珍しい。
「物騒だから夜の外出は控えるように、とのことよ。
そろそろ年齢的に跡継ぎ話もあるだろうから、身辺に注意したほうが身の為よぉ」
かちゃりとカップを置く。薫子の言葉にようやく自分の立場を再認識する。
「貴方は財閥、
一応は余計だ。
「まぁSPの長谷川さんがいれば大丈夫だろ。気を付けるよ。釘人、お前も気を付けろよ」
急に話し掛けられたことに驚いたのか、釘人は一瞬言葉につまっていたが、俺は大丈夫だよと笑う。
「俺はただの居候だろ。危ない目に合うかもなのは樹なんだから、お前が気を付けろよ」
「ま、そーだけど。あんまし自覚ないんだよなー」
海塚財閥次期当主…そう言われていても、特に帝王学やらを習うわけではなく。普通の義務教育を受けてきて、普通の…それよりちょっと低い評価をされてきた。
変わったところはない。あるとしたら家がでかい事と、欲しい玩具はだいたい買ってもらえる事。それくらい。
だから当主なんて自覚はない。
でも残念なことに、自覚する瞬間は、やってきた。
夜、部屋で刃物を突き付けられて目が覚めた。声も出ず、冷たい金属の感触で目を開ける。今まさにそれが何者かによって振り下ろされる瞬間で、『あ、死ぬ』と脳細胞が働くだけで精一杯の刹那。
誰かが何者かの腕を蹴り倒す。握られていた刃物が頬をかすめて床に落ちた。
まさに危機一髪…暗闇だから何が起こったのかよく分からないけれど。呻き声もなく、二人の呼吸の音しか聞こえない。
ばしばし、と激しく肉体がぶつかり合う音。闇に目が慣れてきて、それが組み手…闘っている音だと分かる。
一人はフードを被っていて顔は見えない。
もう一人はそれより背が低くて眼鏡がちかりと光る。
二人とも…誰だ? よく見えないが、眼鏡の奴が刃物を奪い取って勝負はついたようだ。
窓からフードの奴が飛び降りた。一応二階だが、死にはしないだろう。やはり受け身を取ったのか、着地の音がした。
部屋に残されたのは、眼鏡のやつとオレ。
「…えと、……ありがとう?」
助けてくれた、と思っていたが眼鏡はオレに何も言ってこないし近寄りもしない。敵なのか?
月明かりもないので、眼鏡という姿以外、暗闇でぼやけて全然見えない。
「…………」
眼鏡は黙ったまま、同じように窓から飛び降りて、どこかへ走っていった。
「てな訳だったんだよ」
翌日、休みなことをいいことに、再び俺の屋敷の庭でアフタヌーンティーを勝手に楽しんでいる桜庭姉妹に、昨日の出来事を伝えるとそれぞれ対照的な反応だった。
「えええ! 大丈夫だったか? 怪我はないのか?」
人並みに驚いて心配してくれるのは撫子。 天使。
「……で、その眼鏡は女の子だったのかしらぁ?」
オレの事よりそれが最重要事項という態度を隠そうともしない真性悪魔の嫌な奴、薫子。顔だけは天使の撫子と一緒だから気分悪い。
「暗闇だから性別なんて分かんねーよ。だいたい不審な奴と戦ってたんだから女なわけねーだろ」
「あら、どちらも女の子の可能性もあるでしょお?」
薫子はにこりと笑いながら言ってのけるが、オレの上にのしかかっていたフード野郎は間違いなく男だ。感触と力の強さからして男しかあり得ない。それと対等に戦っていた眼鏡も男だろう。さすがに蹴りとか入れられて、体幹動かないのは筋肉で同行できるものじゃない気がする。
「まだ捕まったと報告もないですから、お二人とも気を付けてください。この温室内であれば安全かとは思いますが、出る際はいつものように警備を付けますね。
つーか、樹もな。アレは窓に鍵かけてなかったかららしいじゃん。
長谷川さんに土下座しろ。いい加減自覚しろよな」
横に控えていた釘人にも怒られて、翌日から散々な一日だった。
…でも、あのフード野郎も眼鏡も侵入者だったのか。…二人とも? 俺を殺すことが同じ目的だったのか?
眼鏡は俺のことを助けたのか、違う目的があってフードを殺そうとしたのか、よく分からない。
もし敵、同じ暗殺目的だったとして、フード野郎を退けてオレを殺す時間ならあったはず。例えオレが抵抗しても、眼鏡野郎の戦闘力ならあっさり殺せただろう。
……あぁ、でもオレが助けを呼んで、隣の部屋にいる釘人とか下にいる長谷川さんに見つかるって可能性もあるか。そうなると不利…確かに逃げた方がマシだ。
食事中にもんもんと考えていたら、釘人にまた怒られた。コックに気を使う夕食は昔からだけど、高校の食堂の方が好きだ。皆で騒げるし、好きなものを好きなだけ食べれる。釘人ともご飯が食べれるし…。
「ん、何だよ?」
俺の横に直立している釘人と目が合って一瞬動揺する。違う事を考えよう、いつも通りいつも通り…。
「い、いや…。そ…それにしても家に侵入した奴らってまだ見つかってないんだよな?」
これまでに物騒な事は少なくなかったけれど、刃物を突きつけられるなんて初めてだ…それは俺のミスのせいだけど。自分の窓の閉め忘れで死ぬなんて最低すぎる。長谷川さんに土下座したほうが確かにいい。
「捜査も全力でやってるから、そのうち捕まるよ。
とにかく、白波様から通達があった通り、今日から単独行動は禁止。これからずっと俺と一緒にいろよ」
……他意は無いんだろう。当たり前だ。
釘人はどんなに可愛い顔でも、男。あー、撫子に会いたいなぁ。
「…にしても、」
かつ、とフォークでフォアグラをぶっ指す。
「暗殺、なんて、まるで…」
ようやく俺は自覚できた。
「金持ちの御曹司、みたいじゃん…」
オレはごくりと生唾を飲み込んだ。
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