【短編】婚約破棄される為に悪役令嬢を演じようとしたけれど、どう考えても自分に不利な結果しかないんですが?〜どれだけぞんざいに扱っても、皇太子が溺愛してきます!〜

遠堂 沙弥

第1話

 侯爵家に生まれた私、ミレイ・グリーンウッドは幼少の頃に皇太子の婚約者となりました。


 皇太子殿下であるギュスターヴ様とは、私が5歳のお誕生日会で初めてお会いしたのですが。私の母親が皇族の遠縁だったこともあり、ギュスターヴ様はお祝いにと当時まだ皇太子であった皇帝と来られたのです。

 私が甘やかされて育ってきたということもあるのですが、身分格差を何も知らなかった私は今思えば実に失礼なことをギュスターヴ様にしていたと思います。

 人見知りしない性質だった私は、お誕生日会に来ていた唯一の男の子であるギュスターヴ様に、エスコートして欲しいだの、プレゼントの包みを取るのを手伝って欲しいだの、誕生日ケーキにふんだんに使われていた苦手なイチゴを全部彼に食べさせたり。

 それでもギュスターヴ様は年下の小娘相手だったからか、文句ひとつ言わずに全部快くやってのけてくれたのです。そんな彼の優しさに私は付け上がってしまい、これからも一緒に遊んでほしいと懇願していたそうです。

 私の母は、ギュスターヴ様のお父上に深々と頭を下げていましたが、この時すでにお父上の中ではギュスターヴ様の婚約者として私が候補に上がっていたらしいのです。


 それからというもの、文字の読み書きを早く覚えてギュスターヴ様と少しでもつながりを持っていたくて、しつこく手紙を送っていた私。

 ギュスターヴ様からのお返事は、決まって二週間に一度でした。むしろそれくらい定期的に返信していたことに驚きを隠せません。


 だんだんと年月は過ぎていき、私が10歳になる頃には正式にギュスターヴ様との婚約が発表されました。私は実感がなく、なんとなく「成人したらギュス様と結婚するんだぁ」という感覚でいました。

 第一皇位継承者となった彼は、すっかり大人びてきて、だんだんと自分の身分の高さを意識するようになってきました。

 私はというと、まだ友達感覚が抜けず、身分格差の実感も湧かず、いつものように振る舞っていたけれど。やがてそんな私の行動が目に付くようになったのか、彼はついに言葉と行動に出して自分の気持ちを私に吐露したのです。


「ミレイ、身分の違いに臆することなく未だに俺と対等に接しようとするその図太さ。昔からちっとも変わらないな。本当に変わらない。第一皇位継承者となった今、君が俺を利用して婚約者としての特権を存分に利用してもおかしくないというのに。そんな素振りをおくびにも出さず、君はどうして昔のまま振る舞えるんだ」


 何を言ってるのかよくわからなかったけれど、要するにもっと敬えと?

 私が突き放すような物言いで反論すると、なぜだか彼は満足そうに笑うんです。


「それでこそ俺が見込んだ女だ。15になってすっかり美しくなった。あと2年か」

「何があと2年なの?」


 くつくつと気持ち悪い笑い方をするものだから、私は引き気味に訊ねる。

 すると何を今さらといった風に、ギュスが言い放った。


「俺とお前の結婚式に決まっているだろう。女の結婚は17歳からと法令で決まっている。君が17歳の誕生日を迎えると同時に、式を挙げようと思っているのだが。何か問題が?」


 指折り数えて待っていることに、私は背筋が寒くなった。

 彼、こんなに気持ち悪いタイプだったかしらと首をひねってしまう。

 とにかく婚約者として最低限のお付き合いはこれまで通り続けるから、それ以外は接触してこないでほしいことだけ言うと、彼はなんともあっさり了承した。


「恥ずかしいんだな。いいとも、君のしたいようにするがいいさ。だけど君の一生は俺のものだ。その覚悟だけはしておいてくれ」


 はぁ? いつからあなたはそんな寒いセリフを、いとも簡単に吐けるような成長の仕方をしたんでしょうか。私はだんだんと、彼のことが苦手になって来ました。

 私はどうにかして彼との婚約を破棄出来ないか、考えを巡らせるようになったのです。


 彼、第一皇位継承者であるギュスターヴ・アノイングは今年で18歳になる。

 貴族学校では成績優秀、運動神経も抜群で剣術大会では優勝までしていた。加えて細く流れるような金髪は、光の加減でキラキラと輝いて見えるので、貴族学校の女子からは天使だの妖精だのと呼ばれていたりする。

 性格もどうやら良いみたいで、周囲からの評判もいい。もちろんそれだけのスペックの持ち主なのだからファンも多い。学校内の女子の大半が彼目当て説もある。


 では身内、つまり使用人などに対して横暴な振る舞いをするのかと言えば、決してそのようなことはなく。使用人達の働き方改革とかいって、重労働を課すことをしないよう父親である皇帝に進言して、誰もが笑顔で働ける職場となっていた。


 それじゃあ女性関係に問題があるのかと言えば、なんとも一途に婚約者である私を第一に考えるものだから、身辺はものすごく綺麗さっぱりとしている。叩いても埃どころか、火がないので煙も立たない。浮気もしていないようだし、なんだったら婚約者がいるからと相手にはっきりと告げて、女性からの告白を全て断っているのだとか。


 皇族なのだから金銭感覚がおかしいのかと思えば、これも決してそのようなことはなく。堅実である一方で、別にせこいわけでもない。私とのデートや食事の時は、必ず彼が出してくれる。

 私は自分の分は自分で出すと言っているのに、全く耳を貸さない。将来の妻となる者に金銭的に不便を感じさせない為であり、妻となった際には財布も握らせないのだから、私が散財することもなくなるという計算でやっているわけだ。


 あれ? 結婚相手としては、完璧なのでは?

 両手を抱えて首をかしげる私は、では彼のどこが、何を苦手としているのか考えてみた。

 容姿は完璧、身分も申し分ない。周囲の評判もいい。誰かを無下に扱ったりしないし、傷つけることもない。女性問題もない。借金していなければ、ドケチということもない。


「ミレイ、何度言ったらわかるんだ。そんな肌を露出させるような服を着ては、いらぬ虫が寄って来るだろう。肩を見せるんじゃない。メイクが濃すぎる。せっかく綺麗なストレートの髪なのに、どうしてそんなウェーブにしたがるんだ」


 わかった。単純に「うざい」のだ。口うるさい母親か。

 必要以上に構ってくる彼のことを、私が煙たがっているに過ぎないのだ。

 どんなに彼のスペックが高くて完璧であっても、私は縛られるのがどうにも苦手だ。

 自分のしたいことをしたいし、おしゃれを制限されるいわれもない。

 そういったところに彼はいちいち口を出してくる。

 私はそれが嫌だったんだ。

 そうとわかれば、どうすればいいのか簡単だ。私が彼に嫌われればいい。

 完璧すぎる彼の弱い部分をつついて、それを理由に婚約破棄に持っていこうとしても、彼にそんな部分は存在しない。むしろ彼の評判の良さが邪魔をして、私の方が悪者扱いされるだけだ。

 だったらいっそのこと、私が完全に悪者になってギュスから婚約破棄させればいいのだ。

 婚約者の評判が悪ければ悪い程、皇族は世間体や国民からの支持を気にする。

 さすがのギュスでも、皇族としてそれは看過出来ない状態になるだろう。

 私は彼との婚約を破棄出来ればそれでいいのだから、達成出来れば自身の人間関係再構築を心がければいい。


 あら? そうすると私の負担の方が大きくならないかしら。

 人との信頼なんて、そう簡単に修復出来ないわ。

 ましてや一度信頼を失えば、二度と……ということにもなりかねない。

 私はもう一度、試行錯誤する。


 そもそも性格の悪い高圧的なご令嬢って、何を考えて自分勝手に振る舞っているのかしら。

 何人かそれに該当する貴族令嬢を、私は知っている。

 何度かお茶会やパーティーでご一緒してしたことがあったけど、まぁ彼女達はなんとも楽しそうに自ら行ういじめの数々を、さも自慢話のように語っていたことを思い出す。

 聞いていたら、やれ「義理の姉が鈍臭い」だの、「自分より才能が劣っているから小間使いにしてやってる」だのと。そんな話を聞かされている他の令嬢達の表情を思い出してみると、まぁみんな無理して笑顔を保っていたのが印象的だった。

 その話に特に賛同することはなく、その意地悪な令嬢の機嫌を損ねないように、自分達までそのターゲットになってしまわないように。無理やり合わせていた空気が、なんとも居心地悪かったのなんの。

 もし私がギュスに嫌われようと思って、その意地悪な令嬢と同じように振る舞ったとして。自分の評判をあえて貶めるようなことをしたとして、周囲の人間からの好感度の下がり方は尋常じゃないとはっきりわかる。

 それで仮にギュスとの婚約が破棄出来たとして、そこから自分の株を上げることなんて易々と出来るわけがない。

 何年、いえ……何十年かかるかわかったものじゃない。


 あら? 時々見かける悪役令嬢って、もしかして知力がものすごく低いのではないかしら?

 そうでなければ嬉々として自分の悪行の数々を、他人に話して聞かせるようなことなんてしないんじゃない?

 悪役令嬢って、もちろんだけど「自分が正しくて、正義だと思って行っている」のよね。

 それはあまりに無知すぎて、救いようがないのでは。

 私が一瞬でも目指そうとしたものが、これほど自分にとって不利にしか働かないものだったなんて。

 実行する前に気付いてよかったけれど、いいえ……そういう話じゃなかったはずよ。

 

 私はクドクドと小うるさいギュスターヴとの婚約を白紙にしたくて、試行錯誤していたんじゃなくって?


 悪役令嬢の奇行について、議論していたわけじゃないわよ。

 だけど何事においても完璧という言葉しかないギュスに対して、身分が下である私がどうやって彼との婚約を破棄出来るというのか。

 またしても仮の話になってしまうけれど、私が他の男性と恋に落ちて駆け落ちするなんてどうかしら……なんてことも、当然一度は考えたことがある。

 だけどそれに見合った男性がいなかった、というのが現状だけれど。そもそも私は他の男性と恋に落ちたいとか、恋愛感情が旺盛な性格ではないのが難点だったから頓挫しただけのこと。

 

 私は頭を抱える。

 何をやっているんだろう。ギュスという存在一人の為に、なぜ私はこうまでして悩まなくてはいけないのかしら。

 それもこれもギュスが私に対して口うるさく言ったりしなければ、私はここまで毛嫌いしなくて済んだというのに……。


「……あら?」


 ふっと頭をもたげた。

 私って、ギュスのことが嫌いなんじゃなかったの?

 だってあんなに鬱陶しくて、私のことを自分の物扱いしてくるような失礼な男よ?

 嫌いになるには十分な理由なのに、どうして私は「ギュスが小言を言わなくなれば問題ない」という結論に達するのかしら。

 私はギュスのことを子供の頃から知っている。

 何を言っても文句の一つ言わずに、まるで私の手下のように従って一緒に遊んでくれたギュス。

 私のことを好きだの愛してるなど、嫌いだなどと口にしたことはないけれど、それでも彼は私を唯一の婚約者として。一生共にする相手として、それを裏切る行為は一切してこなかった。

 そりゃ私の化粧が濃いのは認めざるを得ないけれど、それが似合っていなかったことくらい私だって気付いてる。

 私がお願いしたら、大抵のことは聞いてくれた。

 嫌がったのは、私が「友人の誘いで、他の男性と会うお茶会に参加してもいいか」と訊ねた時だけ。 

 あの時は珍しく断固反対されたのを覚えている。


「君は、婚約者がいるという自覚はないのか」と。


 それはまぁ確かにそうか、と私もとりあえず納得した上でお誘いを断ったのだけど。

 あの時はただ「私のプライベートに干渉して来て鬱陶しい」という感情で一杯になって、しばらくギュスとは口を聞かなかったんだけど。

 今思えば、あれは明らかに私が間違っていたのかもしれない……と思えてきた。


 私は改めて、自分がギュスをどう思っているのか考えてみる。

 対外的には完璧だろう。

 きっと妻を大切にする、彼が女性に対して無礼を働いたところなど見たことがない。

 私はただ、彼の隣で笑っていればいいのだ。

 皇太子妃は政治に関わることなく、ただ精神的な面で夫を支えればいい。

 

「……私、もしかしてとてつもなく贅沢な悩みを持っていたのかしら」


 自分に自信がなくなってきた。

 これじゃあ身の程知らずの悪役令嬢と、やってきたことが変わりなくなってしまう。

 一度でも悪役令嬢を演じようと画策したけれど、もしかしたらすでにギュス相手にのみ実行していたのかもしれない。


「もう少し、ギュスに対して優しくしてあげてもいいかもしれない、わね」


 私は反省した。

 もしかしたらギュスはものすごく、私に対して誠実に、真摯に向き合ってくれたのかもしれないから。

 むしろ彼のことをぞんざいに扱って、酷い仕打ちをしてきたのは私の方だ。

 今頃になって彼に言われたことを思い出す。


「君はどうして、子供の頃のままでいられるんだ」


 確かにそうだ。私の精神面が子供のまま過ぎたんだ。

 私は改めて、自分の身の振り方を考え直す。

 今ならほんの少しだけだけど、ギュスに対して優しくなれるかもしれない。

 ゆくゆくは結婚して、一生を共にするのだから……。


 ***


「全く、君は社交場をなんだと思っているんだい。そんなに扇状的な格好をしたら、変な虫が寄ってくるだろう」


 肩を出したドレスで、ネチネチといつまでも言われ続ける。

 男性が笑顔で話しかけて来る度に、ギュスは野生の獣のように威嚇した。

 やがてそんなギュスに絡まれないようにと、男性が近寄ってくることは無くなったけど。


「君がここまで非常識だとは思わなかった。もっと自分の魅力に気付いた方がいい。そうだな、これからは俺の専属メイドにドレスアップしてもらうんだ。彼女なら俺の好みを把握している。なんだったらもっと野暮ったくしたっていいんだぞ」


 くっ……。

 やっぱり、自分本位で口うるさくて独占欲の強いこの男とは、婚約破棄したい!


 だけど、落ち着くのよミレイ。

 これは私が未来の皇太子妃として、相応しくない露出度の高いドレスを着たせいでもある、かもしれない。

 ここを逃したら、私は一生彼の言いなりになってしまう。

 今、この場で言うのよ。


「ギュス、ちょっとよろしいかしら」

「なんだい、やっと着替える気になったのかな」


 私は何から何まで、全てあなたの思い通りになったりはしないんだから。


「私はこの数年間、あなたの婚約者としてここまで来ました。そこでギュスがどれだけ欠点のない素晴らしい人物だったか、よく理解したつもりです」

「どうしたんだい、急に俺を褒めるなんて。それをわかってくれたのなら、君はもう少し俺に対して愛情を示してくれる気になったというのかな?」


 何をしゃあしゃあと。

 あなただって私に対して愛情というより、縛るだけ縛ってきたじゃない。

 主に私の格好とか、そういうところだけだけど。


「だけどただ一つ不満があるわ。これだけはどうしても、直していただかないと。私があなたを夫として敬うことなんて不可能だわ。だから、そのたった一つの不満を直してもらったら……私はもう派手な格好をしたりしない」

「この俺にそんな欠点が? この国の柱となる身として見過ごせない……っ! 言ってくれ! 俺の一体何が不満なんだ!」


 私はスゥッと大きく深呼吸をして、力一杯込めて思いの丈を吐き出した。


「ぐだぐだとうるさいのよ! 細かいことをグチグチネチネチ、鬱陶しいったらないわ! 今後一切、私に口出ししないでちょうだい! そしたら常識的な範囲で、私はあなたの理想の妻になってやる! わかったわね!?」


 きょとんとしたギュスの表情と、静まり返ったパーティー会場。

 周囲の視線が痛い中、私は溜め込んでいた気持ちを吐き出せてスッキリとしていた。

 これで婚約を破棄してきたのなら、それはそれで構わないわ。

 もう我慢の限界だった。ギュスが小言さえ言わなくなれば、私は別にギュスのことを嫌ってるわけじゃないから。

 不本意ではあるけれど、ギュス以上にポイントが高い男なんてそうそういないのは私もわかっていた。

 ある意味で、逃したら手痛い大きな魚でもある。

 何より私が皇太子と結婚すれば、両親もきっと喜んでくれることだろう。

 私の将来も恐らく安泰。ーーギュスという男の存在さえ、我慢していれば。


 今の言葉でギュスは傷付いたのか、激怒したのか、どっちなのかわからない。

 だけど次の言葉で、はっきりとわかった。


「ミレイ、君って女性は本当に……。なんて気の強い女性なんだろう。未来の妃は精神的に図太い方がいいに決まってるんだ。俺が見込んだ通り、君の図太さは筋金入りだ。まさか俺に対して『黙っていろ』と言えるなんて! そんな人間、なかなかいないぞ! 胸が締め付けられるようだ。やはり俺が抱いた恋心は、気のせいじゃなかった! 今この瞬間、確かな愛を感じたよミレイ! 俺は、君のことを心の底から愛しているんだ! 今までそういった素振りを見せなくてすまなかった!」

「だ、だから! そういうのをやめてって言ってるのよ!」


 そうだった……、こいつは思ったことを口にする。

 私はギュスのそういうところが、大っ嫌いなんだ。

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