2591年 二国引き裂く風見野襲撃
寒川吉慶
2591年 二国引き裂く風見野襲撃
頬にヒヤリとした感触があったので、ゴウは驚いて振り返った。
「へへ。自販機見つけたから、買ってきた」
先には、そう言いながら缶コーラを2つ掲げるハルがいた。
「缶に入ってるコーラなんて久々に見た」
「シェルターの中の売店にはボトルしか無いからねー」
そんな事を話しながら近くのコンクリートに2人並んで腰を下ろす。
夏の日差しが強かったが、何故だか日陰に入るのは嫌だった。
「折角外に出たんだからさ、楽しまなきゃ損でしょ?」
ハルがそう言いながら差し出した缶コーラは懐かしい冷たさをゴウの手に感じさせた。
ゴウはシェルター、防空壕に入る前の眩しい日常を少し思い出した。
その時は今が眩しいだなんて感じたことも無かったけれど。
「あとでちょうだいね」
「何を」
「お金」
「とるのかよ」
ゴウの言葉に「僕がそんなに気前いい訳ないでしょー」とハルが返しながらコーラを開け口をつける。
ゴウもそれを見て豪快に1口目を飲んだ。
頭がキーンとなるのは分かっていたことだ。
「じゃあ、お前の誕生日にジュース奢ってやる。それでトントンだろ」
「えー、そんなことされたら僕がゴウの誕生日にもなんかあげないと薄情みたいになるじゃん」
「お前、先月の俺の誕生日には何もしなかったよな」
「ゴウって意外と細かいこと気にするんだね」
ハルはふふ、と笑った後空に向かって大きく伸びをして、そのまま寝転がって言った。
「いいよ、それで。これからはお互いの誕生日にジュース奢り合えば、僕も別に損しないしね」
ゴウは少し答えを迷っている間に、ハルが起き上がって口を開いた。
「これは先月のゴウの誕生日分ってことで。
17歳だっけ?おめでとう」
あらたまってそう言われると素直になれないのがゴウの性分だ。
きっとハルもその辺をよく分かってこれだけ真っ直ぐに目を見て来たんだろう。
その証拠に顔が少しニヤついている。
「……ありがとう」
けれど、そこにつっかかるのは少し野暮な気がした。
少し沈黙が流れた。
「ていうか、このコーラ相当古いんじゃねえか?自販機が自家発電だから冷えてるとしても、こんな時にジュース替えに来る業者なんていねえだろ」
「ゴウ知らないの?ジュースって賞味期限結構長いんだよ。戦争始まってから3ヶ月とかでしょ?余裕余裕」
沈黙に耐えられなくなって振った話題だったのだが、「戦争」という言葉を出されたことでゴウはさらに何を言えばいいのか分からなくなった。
「怖くないのか、お前は」
疑問が口をついて出た。
「ん?どういうこと?」
「とぼけるんじゃねえよ」
一度感情を表に出してみると、あとは早かった。
「俺たちはこれから人を殺しに行くんだ。あと30分もしたらな。
シェルターの中で戦いの技術は教わったが、あんなの人の命を奪う覚悟の前じゃ何の役にも立たねえ」
ハルは何も言い返してこない。
いつもはこっちが何を言ってもニコニコと正論をぶつけてくるというのに。
「俺たちは、人を殺せるのか…?」
ハルに向けてでもなく放った言葉が2人の間に消えた後、ハルはさっきと変わらない調子で言った。
「わかんない」
立ち上がってゴウを真っ直ぐに見るハルの姿は夏の太陽に照らされて、目を瞑りたくなるくらい眩しかった。
「わかんないよ、そんなの。戦う相手を目の前にしてもいないのに、わかるわけないじゃん」
逆光で見づらかったけれど、ハルは笑っていたと思う。
「行くよ、ゴウ」
「何処へ」
「もう一本コーラ買うよ。当分コーラなんて飲めないってくらい飲みまくって、教官困らせちゃおう」
「――いいな、それ」
2人の少年は歩き出した。
その時間。
2591年8月17日午前11時26分。
科学技術の進化の結晶が音も無く、姿も無しにその地、風見野に降り立って、そのまま静かに辺りを薙ぎ払った。
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