夜明けの月

景文日向

今夜は月が綺麗ね

会えない夜には星を見るの。寂しさを紛らわせるために。

会えた夜には月を見るの。私はこう見えてもロマンチストだから。

「今夜は月が綺麗ね」

「……そうだな」

 貴方は聡いからこの言葉の意味に気がついているはず。なのに、どうして毎回ツレない返事をよこすのかしら。私が従姉妹だから? 私は貴方のことをこんなにも愛しているのに。貴方は言葉の真意には気がつかないフリをして、煙草を吸い始めた。そういうところもひっくるめて大好き。

 貴方と居ると、表情筋が引き締まらない。普段は鉄の女で通っている私が、腑抜けてしまう。日本人離れした黄緑色の瞳、長身で筋肉質な体つき。整った顔立ち、我が従兄弟ながら、見惚れてしまう。

「……ねえ、新」

「どうした? 神楽」

 煙草を吸い終え、携帯灰皿を取り出したタイミングで話しかける。貴方は私の方に向き直って、話を聞く姿勢になった。

「……今日はこのまま、二人で居たい」

 新は言葉の代わりに、私の頭を撫でた。これは了承のサインだ。

「ここからだと俺の家が近いな」

 感情があまり籠もってなさそうな声で呟くと、貴方は自宅のマンションに足を向けた。私もそれに合わせてついていく。別に初めて行く訳でもないのに、久しぶりだからか緊張してしまう。道中では、それなりに話が弾んだ。気に入らない上司の話、大学時代の思い出。話している間に、マンションに着いた。オートロックを解除し、二人で自動ドアを通る。貴方の部屋は四階。エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。密閉空間に二人きりだと何を話していいかわからなくなるが、すぐ四階に着いたのであまり気にすることはなかった。貴方は自分の部屋の鍵を開け、「入っていいぞ」と私を招き入れた。言葉に甘えて入ると、相変わらず生活臭のしない空間が広がっていた。最低限の家具しか置かれておらず、酷く殺風景だ。

「相変わらずね……」

 思わず口から漏れてしまっていた。

「嫌なら帰れ」

「嫌じゃないわ。ただ、あまりにも生活臭がしなかったから……。最近はちゃんと家に帰ってるの?」

 貴方は数秒静止した後、

「一週間ぶりくらいか、帰宅するのは」

 と言った。貴方の勤める会社、私の勤める会社でもあるけれど____は、ややブラック企業なところがある。残業や泊まりこみは当たり前。必然的に、貴方と会う回数も大学時代より減った。覚悟はしていたけれど、ここまでとは思わなかった。しかも、気のせいでなければこの関係性には少し雲がかかっている。会う回数が減ったのも要因だろうが、一番の原因は多分愛情の比率だろう。貴方の愛情を一とするなら、私は十か百か……そんなところだろう。重い愛というのは、それだけ両者を蝕む。わかっていてもこの感情を止めることは出来ない。貴方のことが好きで好きで、愛し足りないの。

「神楽、まぁ座れ。その前にシャワー使いたかったら、使っていいから」

「じゃあ、お先にシャワー使うわね」

「ああ。これ服。持ってけ」

 シャワー室に入ると、男物のシャンプーやらコンディショナーやら、ボディーソープが置かれていた。これが貴方の匂いを形成していると考えると、それだけでも気分が上がる。私も同じものを使い、シャワー室から出る頃には、すっかり貴方の匂いになっていた。少しでも同じ要素があるというだけで、心が満たされていく。

「おかえり。俺もシャワーだけ浴びてくるから、少しだけソファにでも座って待ってろ」

「わかった」

 頷き、貴方を見送る。しばらくの間、ぼーっと何も考えずにいると貴方のシャワー音が聞こえてきて現実に引き戻された。今、貴方の部屋に居るのは現実。私から貴方の香りが漂うのも、現実。そんなことを考えているうちに、「あがったぞ」と貴方が私の隣に座りこんだ。

「……なぁ、神楽」

「何?」

 唐突に呼ばれびくりとしてしまう。

「俺、いや、俺たち。この会社を辞めないか? ブラックだし俺たちならもっと良い仕事があるはずなんだ」

 私は咄嗟に考えた。今より良い職が本当にあるのだろうか。だが、新の居ない職場に留まる意味はない。私はこくりと頷いた。

 そこからは、転職サイトへの登録やらなんやらを済ませた。色々なサイトに登録したので、かなり時間がかかってしまった。気が付けば、カーテン越しに日の光が差し込んできていた。

「もうこんな時間か」

 貴方がカーテンを開ける。夜明けの空がそこにはあった。ただの夜明けじゃない、私たちの新たなる道を祝福する夜明けだ。

「……今日は休日だし、そろそろ寝ましょうか」

「そうだな」

 私たちは二人で寝室に向かった。

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