スマホを失くしたばかりに
下之森茂
探しものは、遅れて届く。
学校からの帰りに、地元駅の改札で
中学時代に同級生だった女子に出会った。
「あっ、
「げっ、
俺といえば自分の過去を知る人間に会って、
少し気恥ずかしいものがあった。
遠くの有名進学校に行った優等生の
地元からわざと離れた底辺校に進んだ
落ちこぼれの俺は、中学時代、
男女は別だが同じバスケ部だった。
中学卒業と共に自然と
高校でも同じ部活に入ったようで、
先輩に対する
ほのかに化粧と香水もしているらしく、
制汗スプレー以外のにおいがする。
中学時代から高身長だった彼女は
スリムなモデル体型になっていて、
横に並んで立つのは劣等感が湧いて
あまりいい気分ではない。
お互いにテスト期間だったが、
ドラッグストアへ行った。
なにを買うのでもなく店内を見て回る。
部活で使うテーピング、好きなお菓子、
シャンプーや化粧水の値段を見て騒ぐ。
「あのお高いチョコ10個分だって。」
「
「買うわけないじゃん、
そんなお金持ってないし。」
この冷やかし客ふたりによって、
中年の男性店員に
俺は遠足前のおやつ選びのような懐かしさと、
楽しい時間を過ごせた。
その日は連絡先を交換して別れた。
「
「そりゃ、もう高校生ですぜ、俺ら。
てか中学のとき、みんな持ってただろ。」
「知ってる。
みんなに自慢してた最新モデルのやつね。」
ドキリとした。思い出した。
「あーそうだ。俺のが忘れてるわ。」
「ははは。バカだなぁ。んじゃあまたな。」
「おう。」
それからお互いの部活が終わると会って、
いつものドラッグストアで駄弁った。
「これ欲しいけど、高!」
「バイトでもすれば?」
「こんな時間に帰ってきて、
できるバイトなんて
学校から許されねえんだわ。」
「そりゃそうか。」
未成年者の労働は22時までだ。
部活を終えて19時に帰って来られる俺たちに、
できる労働は家事手伝いくらいしかない。
しかも田舎だ。仕事はない。
「
「せんな。新しいバッシュ欲しいけど、
じいちゃんにねだると買って貰えるし。」
「うらやま。自慢かよ。
スマホもまたちゃっかり
いいの買って貰ってるしよ。」
「いいだろうが、スマホくらいは。」
俺はちゃんとしたスマホを
中学時代に持っていなかった。
正しくは買ってもらったばかりの
スマホを中学校で失くしたのだ。
そのスマホはブランドの最新モデルで、
記憶を
小さなプライドはへし折られ、砕け散った。
結局俺のスマホは見つからず、
親からは失くした罰として、
以前から渡された以前から使っていた
キッズスマホは、
そんな忌々しいスマホを持ち歩く気もなく、
わざと家に忘れる日もあった。
しかし、俺と同じく中学を卒業するまで、
キッズスマホのままの生徒も当然ながらいた。
からかわれるのは決まって
スマホを失くした間抜けな俺に集中した。
「ちょいスマホ見して。」
「あっちょっと。」
上着のポケットに入れた
スマホを簡単に奪われる俺。
「エロ画像どこ?」
「見せるわけないだろ。」
「入ってんのかよ。スケベ。」
スマホを取り返すと、家から連絡が来る。
「うえっ、買い出しだって。」
「なに買うん?」
「おむつ」
「おむつぅ?」
「ばあちゃんのストック切れたんだよ。」
「はー、拡大家族、大変だな。」
「バッシュのためだし、しゃーなし。」
「打算的な孫だわぁ。」
「
「あー…ウチは母子家庭だから。
介護する前に出てくな。
あの人、外で男作ってるし。」
「そっか。」
それ以上の
俺がおむつ売り場に行って
会計を済ませる頃には、
俺たちは学校帰りに駅で落ち合い、
ドラッグストアを散策し、
いつの間にか帰っているのが恒例となった。
他人の家庭にとやかく言うものではない。
相手の気分を害していなければ、
また明日には会えるだろうと思っていた。
スマホを失くしたことに気づいたのは、
おむつを買って家についた時だった。
とりあえず自分のスマホに電話をかけたが、
着信を拒否されてしまい連絡がつかない。
中学時代に、最新モデルのスマホを
失くした時を思い出した。
自慢していたスマホを失くして
めそめそ泣き続ける俺を見て
あの日は
ほかの女子たちから同情された。
しかしそんな同情は続くはずはない。
というか同情された反動もあった。
キッズスマホを持ち歩かされた俺は、
ほかの男子たちに混じって、同情していた
女子たちからもからかいの対象となった。
家の電話で回線の利用停止手続きをし、
落ち込みつつ、懐かしい気分に浸った。
◆
「
「あっ俺の。」
「いつ?」
「エロ画像見せてたとき。」
「見せてねえよ。
あー、
礼といっちゃなんだが、
なんか欲しいのある?」
お礼をしなければいけないが、
昨日のおむつ代で小銭は空っぽだった。
「え…? なにそれ、告ってんの?」
「違うわ!」
見当違いも
「失くしてたらまたキッズスマホ、
持たされるとこだったな。」
「もう俺は、スマホ無しで
生きてくの覚悟してたとこだ。」
「そんなの生きてけなくね?」
「こちとら情報科だぞ。
自宅から自分のスマホにかけても、
着信を拒否されたのを思い出した。
「えっ…と、電源切っておいた。
せっかくだしエロ画像送っといたわ。」
「せっかくだが、いらんことするな。
帰ってから楽しむわ。」
「勉強
ダンシコーセー。」
右手で輪を作って挑発する優等生。
「底辺校に勉強は必要ねえし。
「あんに決まってんじゃん。
言っとくけど、めちゃムズだかんな。
「そもそも入学できねえって。」
中間テストの結果で留年するはずはない。
というのは俺にもわかる。
え? …違うのか?
中学時代から優等生だった
男女に
おまけに人望があった。
高校で学校が離れても、こうして
冗談を言い合える相手は良いものだ。
今日もドラッグストアで店員に
迷惑代に買う必要があるか微妙なラインの
シャー芯をレジに持っていく。
スマホに
スマホを失くす人間には大きすぎるお金だ。
「勉強せんのにな。」と、
あとで笑われるところだろう。
しかし会計を済ませると
店を出ると店員に引き止められた。
「ちょっと君、こっち来て。」
いかつい手で力強く肩を捕まれ、
背中を押されて店の奥の事務室に
ほぼ無理やりに連れて行かれる。
新手のナンパかと馬鹿な
底辺校の思春期には刺激の強いイベントだ。
薄暗い事務室には店長と思しき中年男性と、
「お、
声をかけたが雰囲気が怪しく、
俺は状況を
テーブルの上には
1本だけ立て置かれた
高そうなパッケージの化粧水。
「お前はなに盗んだんだ?」
店長が俺に聞いてきた。
なんのことかわからず、俺は言葉が出ない。
「…買いましたよ? これ」
制服のポケットから、
買ったばかりのシャー芯を取り出した。
レシートはもらって無いが、
購入済みのシールは貼ってある。
「お前も万引きしたんだろ。」
「違うって言ってるだろ!」
「防犯カメラで撮ってんだよ!」
「なら、それ確認してから言えよ!」
「おい、学生証見せろ。家の電話番号は?」
この店長は俺を子供相手と見下して、
まったく聞く耳を持たない。
こんな横暴な店では
簡単に
「
「泣いたって無駄だぞ。
もう警察呼んだからな。」
店長がテーブルを叩くとその音に反応して、
泣いていた
「だって…
「はぁ?」
たしかにテーブルの上の化粧水は
それなら買えばいいだけだ。
「共犯か。」
「欲しかったら自分で買うわ!
おっさんはなんだよ、さっきから!」
「
「してねえよ。」
当然、そんな履歴も残っているはずだ。
スマホを取り出しアプリを開くと、
昨日、たしかに俺は
命じるメッセージを送っている。
「なんだこれ!」
記憶にないメッセージを見て、
俺は大声で驚いた。
「警察が来たぞ!
ちゃんと説明しろよ。」
しろと言われたところで、
心当たりがまるでないので
俺は説明のしようもない。
事情を知っているはずの
「君が彼女に、盗むよう頼んだって?」
事務室にふたりの警察官がやって来て、
目の前に座って俺たちは
「いや、違います。そんなこと言いません。
欲しかったら、普通にお金払いますし。」
「金払えば済む問題じゃないだろ!」
事務室の隅で立っていた店長が叫んで、
ドラマの刑事を真似てテーブルを叩く。
「店長さん。大声出さないで。」
「メッセージを送ったという話しだが?」
「送ってません。いや、送られてますけど。」
スマホを供出して画面を見せたが、
馬鹿な俺はそれまでずっと気が
気づかなかった。
「あっ、昨日の夜、俺は
スマホ失くしたんですよ。」
「適当な言い訳をすんな!」
「うるさいから黙ってなさい!」
警察官のひとりが店長を
俺も
「いや、まだ回線停止したまんまなんで。」
「えっ?」驚いて顔を上げたのは
「そのスマホ、いま電波届いてないでしょ。
昨日、家に帰って失くしたことに気づいて、
家から電話しただけど拒否られて、
それで利用を停止したんだよ。ですよ。
まだ回線復旧させてないんで。」
正しく送信できていなかった。
「お疲れ様でぇす…。
あのぉ、店長…。」
そんなとき、レジスタッフの
大学生らしき女性がひとり、
事務室に顔を見せた。
「そっちの男の子、そのシャー芯は
ちゃんと買いましたよ。昨日も
介護用のおむつとか買ってましたし。」
「えっ?」今度は店長が
「だから、買ったって言ったのに、
なんで防犯カメラ確認しないんだよ。」
「いや、でも化粧水があるだろ。
俺は見たんだ!」
取り
「はい。そっちも防犯カメラ見たら
わかることなんで。」
警察官のひとりがそう言って、
「
「なに?」泣き声で返事をする。
「俺のスマホ盗んだの、お前だよな。」
「は?」
「そうやって泣いて
ようやく
俺を見る目は怒っている。
「あれは哀れみで泣いてたんじゃなくて、
自己
そのウソ泣き。」
「違う!」
「中学のときに俺のスマホ盗んだのは、
まあ、過ぎたことだしいいよ、別に。」
「私じゃない!」叫んだ彼女の反論は
「俺のスマホを盗んで、メッセで
主犯に仕立てようとしたのは
もちろん腹が立つけど、
自分が欲しいもんを盗むために、ずっと
カムフラに使われたのが一番腹が立つよ。」
「私じゃない! 私は悪くない!」
否定しなくなってきた。
それから
俺に対して怒りをあらわにした。
「ムカつく! なんなんだよお前!」
「やめなさい。」
「お前さぁ!
勉強もできない馬鹿のくせに、
素直に
「おちついて、静かに。」
至近距離でイスの脚を強く
殴りつけるように腕で押された俺は
倒れたが、すぐに立ち上がらなかった。
事実を受け入れられず、立ち上がれなかった。
これまで
浮かれていた自分が、彼女の言う通り馬鹿で、
馬鹿でも馬鹿なりにショックを受けるものだ。
中年女性の店員が警察官に見せた
防犯カメラの映像には、
盗んでいる姿がはっきりと映っていた。
それも、きょうだけではなかった。
昨日もおむつを買った同じ時間帯に、
俺のスマホとは別に、化粧品を盗んでいた。
俺のスマホを盗んで
メッセージを
彼女の口からは一切出てこなかった。
言い訳をし続けたが、
俺は彼女の
これから始まる両親への
事情説明で頭がいっぱいだった。
◆
事件発覚の日から、
ドラッグストアにたむろすることも、
テスト期間に駅で
それから数年して就職で地元を離れ、
年末に帰ってくると、いつの間にか
そのドラッグストアは潰れていた。
地元で就職した友人たちに飲みに誘われ、
潰れた事情を耳にした。
店長が客に
俺にはにわかに信じがたく、あの日の記憶も
すっかり薄れていた。
店長の話題から優等生の
彼女は
風のうわさであっても、
俺はすぐに受け入れた。
あぁ、それと、これも忘れていた。
盗まれたスマホの回線利用を再開すると、
同時に
その画像は、鏡の前でなにも着ていない
彼女の自撮り写真だった。
(了)
スマホを失くしたばかりに 下之森茂 @UTF
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