心の値打ち

k.bot

第1話 日記

 「今日まで私は、自分の記憶をこの紙に遺してきた。今では忘れてしまっていることも多くある。失われてしまったものは記憶だけではなく、彼や彼女も手の届かないところへ行ってしまった。年をとる程、大切だったものが喪われていく。書き留めているのは、その残酷さへの抵抗なのかもしれないし、そんなに大層なものではなく、単なる気分なのかもしれない。私はあの日確かに掴んでいたものを喪いたくない。その一心で筆をとっている。屹度、私が何にそんなに苦しんでいるのかを理解してくれる人はいないだろう。それで構わない。これは私が抱え続けなければならないことなのだから。」



 この手記を拾ったのは何年前だったろうか。可哀想な人だと思う。そんなことを考えなくとも、幸せに生きられただろうに。この人は今何をしているのか、もうこの世にいないのか、そんなことは分からない。知ったところで出来ることなど、この手記を返すくらいで興味がない。私には、そんなことを気にする暇なんかないから。それでも折角だからと、一週間に一頁は読んでみている。似たような内容のことが、こんな感じに書き連ねられており、それでも自分と違った考えに触れられるのは楽しいことだと感じる。

 そんなことを考えていたら、鴉の声が聞こえてきた。カーテンを開けると、綺麗な朝焼けが目に入り、今日も良いことがあるだろうという楽しげな気持ちにさせられた。


 さて、今日の支度をするか。

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心の値打ち k.bot @Amamizu_souichi

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