ガラクタを鑑定したら『カップ麺』という異世界の食べ物だった件。

更科 転

ガラクタを鑑定したら『カップ麺』という異世界の食べ物だった件。


 小屋から、草木が生い茂る山道を二十分ほど進んだ先にある洞穴。


 俺は毎日、山の麓に建てた小屋からこの洞穴に通っている。


 近くには魔物も生息しており、常に危険が付きまとうが、いざとなれば逃げ切れる自信があるのだ。


 この山はもはや俺の庭、ムロック山のガンケルと言えば俺のことである。


 今日も草木をかき分け、洞穴にやって来た。


 ちなみにこの洞穴は今の小屋を建てるまで住んでいた前の住居でもある。


 雨が降ると浸水するし、夜は風音がうるさい欠陥住宅ではあるが愛着だけはある。


 入り口近くの元住居スペースから、奥に進んでいくとどんどん狭い空間になっていく。


 まだその先を行けば、やがてほふく前進でないと進めないくらい狭い道になった。


 泥だらけになりながら進むと、やがてだだっ広い空洞にたどり着いた。


 おそらくここは洞穴の最奥部だろう。


 いつものことだが、すでにドロドロで汗だく。


 中年のおっさんにはかなり辛い道だ。


 それなのに、俺が毎日ここに通う理由。


 それは、この空洞に宝が埋まっているからである。


 まぁ宝と言っても、ほとんどがガラクタで金になるのはほんのひと握りなんだけど。


 しばし休憩してから、俺は山のように積まれたガラクタを漁って、金になりそうなものを探し始める。


 こんな時に役立つのが、この半年間に身を砕くほどの努力をしてやっとこさ習得した鑑定スキルだ。


「お、なんだこれ?」


 ガラクタの中から、いい感じのものが出てきた。


 銀色の器に木の取手が付いた……、これは鍋か。


 鑑定の結果、ステンレス性の鍋だった。


 ステンレスってなんだ? まぁとりあえず金になりそうだ。


 今日は早速、収穫があった。


 これだけの量のガラクタだ、何時間も漁って何も収穫がないなんてこともザラだから今日は運がいいぞ。


 この前なんて、片面が光る薄くて小さな板とか、車輪が前と後ろに一つずつ付いている不安定な乗り物みたいなガラクタしかなかったんだ。


 そのときと違って、今日はこのガラクタの中から金の匂いがするぞ。


 それからしばらくガラクタを漁っていると、奥の方からガシャガシャバリーンっと身の危険を感じるほどのでかい物音が聞こえてきた。


「ん、またガラクタが増えたのか」


 今のは天井からガラクタが降ってきた音だろう。


 しかし、なぜなにもないはずの天井からガラクタが降ってくるのか。


 俺は今まで何度もそのことを考えた。


 これは俺の推測だが、この空洞に別世界に繋がるポータルがあるのだ。


 そこから別世界の産物が降ってくる。


 まぁ、偉そうな魔法使いに言ったら笑われてしまいそうだが。


 早速、追加で降ってきたガラクタに駆け寄ると珍しいものを見つけた。


 コップより二回りか三回りくらい大きい容器のようなものに、ザラザラの紙で蓋をした何か。


 白を基調にした容器に黄色の模様が書かれていて、容器の真ん中には目立つように文字のようなものが書いてある。どこの文字かはわからない。


 こういう何もかもが謎に包まれたものを鑑定するのは、人としての喜びを感じていると言っても過言ではないほどの快感がある。


 きっと初めて魔法を発見した人もこんな気持ちだったんだと実感できる瞬間だ。


「鑑定!」


 容器に触れて、鑑定スキルを使う。鑑定の結果は……。


「これは……、カップ麺……?」


 どうやら容器の内側の線まで湯を入れて三分間待つと食える食料品らしい。


 つまり異世界の食べ物……。


 何気に今まで食料品を見つけたことはなかった。


 これは素晴らしい収穫だ。


 異世界の食べ物だなんて興味が湧かないわけがない。


 今日のところは早めに仕事(ゴミ漁り)を引き上げ、帰宅することにした。


「湯を沸かすったって、そんな魔法使えないんだよなぁ……」


 と、言いながらふと思い出したことがある。


「そういえば前に拾った、たしかライターとか言ったか……? あー、あったあった」


 小屋の隣に建てた倉庫から火を付ける魔道具(ちなみに高額で売れた)を取り出してきた。


 あと湯を沸かすのに必要なものはっと。  


 あ、そう鍋だ。あったかな……って、さっき拾ってきたじゃないか!


 これは新しいまま、道具屋に売りつけてやろうと思ったがこの際仕方がない。


 少しくらい炭が付いても洗えば誤魔化せるだろう。


 道具が揃い、俺は家の外に薪を集めて早速湯を沸かし始めた。


 驚くほど簡単に湯を沸かせてしまって、もしかしたら俺の文明レベルは世界でも屈指なんじゃないかって思ってしまうが、忘れてはならない。


 俺はガラクタを漁ってるだけの中年男だった。


 これを勘違いしてしまったら、俺は人として何か大切なものを失ってしまう気がする。


「さて、容器の内側の線まで湯を注ぐんだったな」


 さっき鑑定してわかった調理法を頭の中でおさらいしながら、容器の蓋を開ける。


「おっと、そういや蓋を全部剥がしたらダメだったんだ」


 こういう細かいことまでわかってしまう超便利な鑑定スキルは直ちに全人類習得してレベルをカンストさせたほうがいいと思う。


 低レベルのときはほんとにゴミみたいなスキルだから気付いていない人が多いみたいだけど。


 ペリペリペリっと、蓋を半分まで開けるとふわっと香辛料の香りがした。


「……な、なんだこの、食欲をそそる香りは⁉︎」


 反射的に腹がキュルキュル唸り始めた。たまらず、指につけて舐めてみる。


「なんて旨みだ……! この世のものとは思えないな」


 似たような香辛料、たしかレリーだったか、それなら見かけたことがあるがピリっと舌を刺激する辛味の、その奥にある旨味が段違いに強い。口の中に唾液が溢れてくる。


「そうだった、湯を注がなくては……」


 容器の内側にある線まで湯を注ぎ、蓋を閉じる。


 あとは三分間、待つだけだ。


 火の始末をしながら待つと、三分なんてあっという間だった。


「さて、そろそろか」


 おそるおそる蓋に手をかける。


 これを開けてしまったら、もう俺は今までの日常に戻って来れなくなるかもしれない。


 そもそも、本当に食ってしまって大丈夫なのだろうか。


 腹を壊すくらいで済むなら全然構わないが、異世界の怪物に変形してしまう薬だったらどうする……?


 いや、すでにちょっと舐めてしまったわけだが。


「ん、なんだこのにおい……」


 ふわーっと食欲を刺激する香りが鼻腔をくすぐる。


 この香りは……はっ、この蓋の中から……。


 俺は思わずごくりと喉を鳴らした。


 とりあえず開けるだけ開けてみよう。


 ここまで来て、引き返すなんて選択肢はない。


 ペリペリペリ、と蓋を一気に剥がす。


 その瞬間、辺り一帯に香辛料の香りが広がった。


 これが食べ物の王なのだとわからせられるような暴力的なまでの強い香りだった。


「す、すごい……。食べる前から美味いんだってわかる」


 頭がくらくらする中、なんとか正気を取り戻し、容器の中を覗き込む。


 その中にはドロっとした黄色いスープにちぢれた麺、そしていくつか小さく刻まれた具材が入っていた。


 その具材の中で真っ先に目に留まったのは茶色の固形物だった。


「こ、これは……、もしや肉か⁉︎」


 もしかしたらこれは高級食品なのかもしれない。


 もう我慢できない……!


 俺はあらかじめ用意していた木製のフォークを取って麺を掬い上げた。


 黄色のスープを纏った麺は黄金に輝き、湯気を上げている。


 ふぅーふぅー、と息を吹きかけて、おそるおそる口に運んだ。


 長い麺を少しずつ口の中に入れていく。


「んっ!? なんだこれは……!?」


 辛味がピリッと舌を刺激したあと、深い旨みが口の中で無限に広がっていくスープに、噛めば噛むほど甘味が増すちぢれ麺。


 スープがよく麺に絡み、最高のハーモニーを生み出している。


 こんな上質な麺料理は生まれて初めて食べた。


 一口食べると、もう止まらなかった。


 汗をかきながら無我夢中で麺を口に運んだ。


「これはなんだろう?」


 黄色の四角い固形物。


 ホクホクの食感に、噛めば甘みが口いっぱいに広がった。


「そうだ、鑑定スキル! こんな最高の料理がこれっきりなんて考えられない」


 隅々まで鑑定して、この味を再現したい。


 まずは黄色の四角い固形物に触れてスキルを使った。


 鑑定の結果は、


「ジャガイモ……? 芋か」


 デンプンが多く含まれる地下茎がどうたら、らしい。


「そうだ、スープも鑑定しなければ……って、アッツ、アツッ」


 スープに指を突っ込んで、火傷してしまった。


 スープは冷ましてから鑑定しよう。


 別の器に鑑定用として少し取り分けて、容器に残った麺をすべて平らげ、スープも飲み干した。無意識にふぅーっと熱い息を吐き出した。


 なんだこの満足感……。


 もう一杯あれば全然食べられるが、ほどよい満腹感があり体も温まって大満足だ。


 少し贅沢かもしれないが、夜食なんかにしたら最高なんだろうなと考えてしまう。


 リラックスしているせいか、なんだか眠気が襲ってくるが、こうしちゃいられない。


「早速、鑑定して研究に取り掛からなければ……!」


 この料理をいつでも食べれるようにしたいというのはもちろんだが、いろんな人に味わってほしいと思ったのだ。


 そうだな、名付けるなら辛味のあるスープだから「かれぇ麺」って言うのはどうだろう。


 うん、これは名案かもしれない。

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