【短編版】昨日、幼馴染に彼氏ができた。

更科 転

昨日、幼馴染に彼氏ができた。


 昨日、幼馴染に彼氏ができた。


 アイツの口から告白が成功したと聞いたときは、前々から恋愛相談に乗ってやっていたということもあり、俺も自分のことのように嬉しいと思った。


 だが一晩明けて、アイツに彼氏ができた翌日。


 俺は朝から気分がすぐれなかった。


 目が覚めた瞬間からやけに胸がザワザワとするのだ。


 今日から彼氏と一緒に学校に行くため、早めに家を出るのかな……なんて考えでもしたら脳細胞が破壊されるような不快感に襲われる。


 俺はこの感情をどう処理していいものか、見当も付かなかった。


 娘を嫁に出す父親ってこんな気持ちなのだろうか。


 それとも無意識に嫉妬ファイヤーでも滾らせているのかもしれない――いや、それはないか。


 だって、今までアイツのことを恋愛対象として見たことなんて一度もなかったし、ずっと妹のような存在だと思っていたのだ。


 それがアイツに彼氏ができた途端、急に嫉妬し出すだなんてまるで独占欲の化け物じゃないか。気持ち悪い。


 きっとアイツが遠くに行ってしまったみたいで、寂しいんだけなんだ。


 普段はついつい邪険に扱ってしまうものの、本当は大切な存在なのだと改めて自覚したというだけ。


 俺は油断すればあらぬ方向に流れてしまいそうな感情にそう結論付けて、気を紛らわせるため早めに家を出ることにした。


 団地の駐輪所に向かうと、そこで見知った顔を発見する。


「あれ、ソウちゃん?」

「カ、カレン……」


 よりによって今一番会いたくなかったヤツと遭遇してしまった。


 俺は平静を装い、「うい」っと軽く会釈して、その場から逃げるようにコバルトブルーの愛車に向かう。まぁ愛車つっても、自転車だけど……。


 と、そのとき。チャリンッと自転車の鍵を落としてしまった。


 鍵は地面を転がって、思ったよりも遠くに飛んでいく。


 それを拾ってくれたのは幼馴染のカレンだった。


 鍵を拾い上げたカレンがこちらに近付き、手渡してくれる。


 瞬間、ふわりとフローラルの爽やかな香りに鼻腔をくすぐられた。


 そのせいで思わず心臓がはねてしまう。


 あ、あれ……、コイツこんなに可愛かったっけ……?


 ツヤツヤの髪に、長いまつ毛の奥で輝く宝石のような一〇カラットの瞳。


 そこにいるのは俺の知っているカレンではなかった。


 ぼーっと立ち呆けていると、カレンが心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでくる。


「どうしたの、ソウちゃん……?」

「いや、なんかキレイになったなと思って……」

「えっ!?」


 無意識にとんでもないことを口走ってしまった後、ふと正気を取り戻した。


「あ、いや、違うんだ! ほら、恋する乙女ってキレイになるって言うだろ? よ、よかったな、告白成功して……」

「…………」


 上手く誤魔化しきれなかったか……。


 口をつぐんでしまったカレンにおそるおそる視線を向ける。


 カレンはぷくーっと頬を膨らませてこちらを睨みつけてきた。


 弱々しい声音が聞こえてくる。


「もう、まだ気付かないの? この鈍感……」

「え……?」

「彼氏できたっての嘘、ほんとはソウちゃんに振り向いてもらいたくて……」


 カレンは耳まで真っ赤にしながら俯き、しばし沈黙してからちらと上目遣いに見上げてくる。


「ちょ、ちょっとは意識してくれた?」


 その破壊力は俺の理性を破壊するには十分な威力だった。


「あ、ああ。めっちゃ嫉妬した」

「……そっか。嫉妬したんだ」

「なんだよ、悪いか?」

「ううん、悪くないよ」


 悪戯っぽく笑うカレン。


 俺は形容しがたい複雑な感情に苛まれながら自転車を押し、カレンと一緒に学校へと向かうのだった。

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