第84話 勇者とゴールド級冒険者


 魔物の大群が人々を襲っていた。


 逃げ惑う人々の中には、ファーラムの王都に向かう兄弟がいる。大きな街までまだ距離があるこの場所で、魔物の群れに追いつかれてしまったのだ。


 荷馬車がスピードを出せない湿地帯であったため、人々は走って逃げだした。



「に、兄ちゃん。もう僕、走れない」


「諦めちゃダメだ! ほら、俺がおぶってやるから」


 少年の前に兄がしゃがんで背中に乗れと急かす。


 しかし少年はそれを拒んだ。


「兄ちゃんだけで逃げて。僕を連れてたら逃げられないよ」


「ばっ、バカ! 俺はとーちゃんからお前を頼むって言われたんだよ!! 置いて行けるわけないだろ!!」


 そう言いながら兄が無理やり少年を立たせた。


「一緒に逃げるぞ! 兄ちゃんが絶対にお前を守ってやるから。それに、とーちゃんとかーちゃんが必死に魔物を食い止めてくれてる。俺たちが遠くまで逃げなきゃ、とーちゃんたちはずっと戦わなきゃいけないんだ」


「えっ」


「俺たちが早く安全なところまで逃げれば、それだけとーちゃんたちの負担が減るんだよ! だから早く逃げるぞ!!」


「う、うん。わかった」


 この時点で少年たちの両親はまだ健在だった。


 複数の村から集まった自衛組織の人員に加え、村に滞在していたゴールド級の冒険者が最前線で魔物を屠っていたため、防衛ラインを維持できていた。


 とはいえ、それも長くは持ちそうにない。


 この周囲に押し寄せたのは、ほとんどが弱い魔物だった。しかしその数が多すぎたのだ。普通のスタンピードは多くて100体ほどの魔物で構成される。だが今回のスタンピードは500体ほどの魔物が群れをなしていた。


 魔王の号令で動き出した魔族たちが遠隔で大量の魔物を操作し、ファーラム王都へと導いている。自然発生するスタンピードとは規模が違う。


 少年たちが行動を共にしていた集団は、その進路に入り込んでしまっていた。



 ゴールド級冒険者が奮闘し、未だ防衛線の正面は突破されていない。しかし押し寄せる魔物の数が多く、数十体は防衛戦の外側を通って王都へと進んでいた。


 魔物が行く先には、少年たちが。


「兄ちゃん、何か来るよ」


「は、走れ!!」


 グレートボアという、雑食性の魔物がふたりに迫ってきた。通常はヒトを襲うような魔物ではないのだが、今は魔族に行動を支配されている。


 兄は少年の手を引き、必死に逃げた。


「あっ──」


 木の根に躓き、少年が転んだ。


「くっ!」


 少年を起こしていては間に合わないと判断し、兄は近くに落ちていた木の枝を拾って構える。グレートボアは弱い魔物だ。しかし魔法を使えない非力な子供が、木の枝程度の装備で何とかなる敵ではない。


 彼もそんなことは分かっている。

 魔物はとても怖い存在だ。


 でも、弟を置いて逃げるなんてできなかった。


「兄ちゃん!!」 


 グレートボアが突進してくる。

 避けられない。


 もうダメだと思い、兄はギュッと目を閉じた。 




「ぜやっ!」


 空から落ちてきた黒髪の青年が、その手に持つ剣でグレートボアを真っ二つに切り裂いた。



「……ぇ」


 いつまで待っても魔物に襲われる気配がなく、恐る恐る兄が目を開ける。


 そこで彼は、ライトアーマーを纏った青年が迫って来ていた複数の魔物をなぎ倒していく姿を目にした。


「す、すごい」


 村を襲ったグレイウルフを大人が倒すのを見たことがある。その時は、数人の大人が武器を持って何とか倒していた。そんなグレイウルフを3体まとめて剣の一振りで倒してしまう青年に、少年の兄は思わず見とれてしまった。


 少しして、この付近にいた魔物は全て倒された。


 駆けつけた青年は勇者だった。

 

 勇者ケンゴ。聖鎧を纏い、聖剣を持った彼にしてみれば、この地域の魔物などいくら集まろうが敵ではない。



「この子は君の弟?」


「は、はい。そうです」


「守ってたんだな。偉いぞ」


 単独でこの場に駆けつけたケンゴは魔物を倒しきった後、少年を守ろうとした兄の頭を撫でて、その勇敢な行為を褒めた。


「あ、あの! 俺のとーちゃんがあっちの方で魔物と戦ってるんです! とーちゃんたちを助けてください!!」


「うん、良いよ。俺はそのために来たんだから」


 鞄から魔除けの護符を取り出し、兄に渡す。それは聖女のシオリが作った護符で、弱い魔物を寄せ付けない効果がある。


「これがあれば魔物が寄ってこないよ。弟と一緒に、このまま真っすぐ進んで。街が見えたらもう大丈夫。それから、君たちのお父さんも俺が守ってみせる」


 そう言ってケンゴは戦闘音のする方へ走って行った。



 ──***──


 押し寄せる魔物の大群を食い止める3人の冒険者の姿があった。


「ガジルド! もう矢がねーぞ」

「お、俺も魔力切れだ」


「俺だって剣がボロボロだ! 泣きごと言ってねーで、何とか魔物を殺せ!!」


 彼らはとある街の冒険者ギルドでケンゴたちに絡み、返り討ちにされたゴールド級冒険者だった。


「村のやつらは、俺らで守るんだよ!!」


 それなりに大きな街で幅を利かせていた彼らは、新人冒険者の出で立ちだったケンゴに一蹴され、その街にいられなくなった。そこ以外の街や王都にも噂が流れてしまったため、活動場所を失ったガジルドたちは小さな村に行きついた。


 最初はド田舎の村で落ちぶれたことを嘆き、酒浸りの生活を送っていた。そんな彼だが、田舎村特有のゆっくりとした生活と、プライベートなど存在しないかのような密な付き合いにより徐々に変わっていった。


 今では命をかけて村の仲間を守ろうとする男になっている。


 しかし自慢のダマスカス鋼の剣は、勇者ケンゴに絡んだ際に叩き折られた。今使っているのは、村の長からプレゼントされた黒硬鉄の剣。重くて切れ味が悪いが、どれだけ刃先がボロボロになってもまだ折れない。


 村の仲間を逃がす時間を稼ぐため。

 自分を変えてくれた恩に報いるために。


 ただ頑丈なだけの剣をガジルドは振り続ける。



「クソが! 俺は魔法使いだぞ!?」


 杖で魔物を撲殺するダーナ。



「ダーナ! お前は防御が弱いんだから、後方から石でも投げてろ!」


 弓で射殺した魔物から矢を抜き取り、次の魔物へと打ち込む弓士マシンバ。


 このふたりもガジルドに付き合い、村で過ごしているうちに村の人々と仲良くなった。少しでも多くの村人を逃がすため、彼らは死力を尽くして魔物を倒していた。



「ガジルドさん、マシンバさん、ダーナさん。前線を代わります! ちょっと休んでください」


「私たちに任せて、ちょっと下がって!」


 少年の両親と数人の男たちが前に出てきた。


 冒険者3人の奮戦により、村の自衛団員たちはまだまだ戦える者が多い。


「お前ら、子どものとこに行けって言っただろーが!」


「ガジルドさんたちだけにここを任せるなんてできません。俺たちも戦います」


「ちげーよ! 防衛線の横を抜けてく魔物が何体かいたんだ。そっち守りに行かなきゃヤベーだろ!?」


「なっ!? し、しかし──」


「っ! 危ない!!」

「よけろぉぉぉおおお!」


 突如、巨大な棍棒が地面に叩きつけられた。


 直前までガジルドたちがいた場所に振り下ろされたそれは、地面を大きく陥没させている。


「お、オークファイター!?」

「なんでこんなところに」


「……クソっ。こんなやつ、今の武器じゃ倒せねーぞ」


 この場に現れたのはゴールド級冒険者が万全の準備を整え、それで何とか勝てる魔物だ。更に現れたオークファイターは、1体だけではなかった。



「おい。ファイターが10体って、マジかよ」


「ダーナ。とりあえず聞いておきますが、魔法は?」


「無理だ。もう魔力回復薬は全部使い切っちまった」


 まともな矢はなく、魔法も撃てない。


 ガジルドの剣もオークファイターには効かないだろう。


 絶望がこの場を支配する。


 誰もが死を覚悟したその時──




飛空斬エアスラッシュ!!」


 斬撃が飛来し、ガジルドに棍棒を振り下ろそうとしていたオークファイター含め、何十体という魔物が一斉に両断された。



「大丈夫ですか!? 助けにきましたよ!」


 女神の加護を受けた勇者、ケンゴがこの場に駆けつけた。


「お、お前は!」


「ん? あっ! あんたは、あの時のオッサン!!」


 ケンゴは冒険者ギルドで絡んできたガジルドのことを覚えていた。


「……ボロボロですね。みんなを守ってくれてたんですか?」


「ちっ。ガキには関係ねーだろ」


「関係あります。俺には、貴方たちを守る力がありますから!」


 ケンゴはガジルドたちに背を向け、剣を構える。


「もう大丈夫です。ここからは俺が、みんなを守ります!!」

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