第74話 戻らぬ決意


「トール、こっちだニャ!!」


 ミーナに手を引かれ、俺は獣人の王国グラディムのメイン通りを歩いていた。


 肉の焼ける香ばしい匂いがあちこちから漂ってくる。


 ちなみに獣人は雑食で穀物も野菜も食べる。それでもやはり、肉を好む者が一番多いらしい。うん、獣人っぽいね。



「このお店、ウチのおススメだニャ! ここに来たなら、これ食べなきゃダメニャ」


「おぉ、ミーナ様! お久しぶりです」


 店の奥から大きな影が姿を現した。


 獣人王より大きな身体。

 真っ黒な髪の熊獣人だった。


 その巨躯と、身に着けたエプロンのミスマッチ感が酷い。


「ダズ、久しぶりニャ!」


 どうやらミーナはこのダズという熊獣人と知り合いのようだ。


「ん? こちらの人族は、ミーナ様のお連れですか?」


「そうニャ! ウチのつがいの、トールだニャ!」


 つがいって言われるとちょっと恥ずかしい。そもそも俺たち、まだ結婚したわけでもないのに……。


「ミーナ様の、つがい?」


 熊獣人の気配が変わった。

 俺を見る目つきが鋭い。


 何だかヤバそうな感じ。



「トール殿。少し俺と、手合わせしていただけないだろうか」


「えっ。な、なんでですか!?」


「あー、ダズ。それは止めといた方が良いニャ」


「俺は元親衛隊長として、姫様のつがいとなる男の力を見極めておきたいのです。どうかこのご無礼を、お許しください」


 ミーナが姫だった頃、彼女を守る仕事をしていた獣人なんだ。


 俺が彼女を守る力があるか知りたいってことかな。


「わかりました。俺は魔法使いなのですが、魔法の使用は大丈夫ですか?」


「構いません。姫様を守れることを証明していただければ、俺はそれで満足です」


 ダズがエプロンを脱ぎ捨てた。


 そのままメイン通りの真ん中まで進んでいく。


 あっ、ここでやるんですね。

 闘技場とか行くものかと思ってた。


 メイン通りの真ん中でダズが右手を掲げ、ゆっくり降ろして俺を指さした。


 それを見ていた周囲の獣人たちが騒ぎ出す。 


「おい! 決闘が始まるぞ」

「えっ、ダズが?」

「ダズさんが決闘するってニャ」

「マジかよ!」

「元最強の獣王兵が戦うって!」


 なんかヤバそうな単語が聞こえた。


 獣王兵って、めっちゃ強そうじゃない!?


「相手は誰だ!?」

「いや、知らねぇ奴だ」

「人族じゃねーか」

「なんでダズが人族と?」


 俺の周りから獣人たちが離れていき、注目が集まる。


「トール殿。俺と戦うつもりがあれば、前に出ていただきたい!」


「…………はい」


 うぉぉ。

 なんだこれ、凄く緊張する。


 あれかな?


 ミーナを嫁にくださいって言うようなもんだからか?


 

 後ろにいるミーナを見た。


「トール、軽くやっちゃってニャ!」


 俺の勝ちを疑っていない。


 そうだよな。

 勝たなきゃ。


 あとこの際、ずっと曖昧にしてきたことにけりを付けよう。


「うん、いってくる!」



 メイン通りの真ん中まで進んだ。


 熊獣人ダズと対峙する。


 威圧感のせいか、彼が先ほどまで以上にでかく見える。



「これより、ウチの元親衛隊長ダズと、人族トールの決闘を行うニャ! 立会人はウチ、ミーナ・ギャレットが務めるニャ」


 ミーナが出てきた。

 それで騒ぎが大きくなる。


「ミ、ミーナ様!?」

「あっ、姫様だぁ!」

姫様、ですよ」

「姫様ぁー! お久しぶりです!!」


 多くの獣人がミーナに声をかける。

 結構人気のあるお姫様だったようだ。


「トール殿。姫様の人気が分かりますか? 貴方はこの国で、これだけ愛されているミーナ様と一緒になろうというのです。もし彼女が傷付けば、国民の多くが悲しみます。国民から恨まれるかもしれません。その覚悟は、ありますか?」


 ミーナが奴隷にされてたこととかは、多分知られていないんだろうな。


 どこで情報が止められているかは知らないけど、もし彼女が人族の奴隷になったってことが知られていたら、獣人族と人族で戦争になっていたかもしれない。


「覚悟はあります。俺は何があってもミーナを守ります。今から俺の力を見せるので、納得出来たら俺たちを祝福してくださいね」


「良いでしょう。ちなみに貴方は魔法使いということですが、俺は決闘開始の瞬間、貴方に襲い掛かります。魔法使いの弱点は、魔法発動までのタイムラグですから」


 このヒト、優しいな。


 そんな注意をせずに襲い掛かればいいのに。



「双方、準備は良いかニャ?」


「……はい」

「おっけー!」


「では、決闘開始ニャ!」


 宣言通り、ダズが高速で俺との距離を詰めてきた。


 右の拳を大きく振りかぶり、俺に殴りかかる。


 その拳は──



 俺には届かなかった。


「なっ!?」


 氷の盾が現れ、俺を守っていたんだ。


 大型魔物の突進でも受け止められる強度の盾なんだけど、ダズの一撃で大きくひびが入っていた。


「これに傷をつけるなんて、やりますね」


「え、詠唱は、していなかったはず!」


「魔法使いの弱点は魔法発動のタイムラグだって、さっき貴方が言っていたでしょう。だから俺は、詠唱済みの魔法を常に持ち歩くようにしているんです」


 衝撃を受けた瞬間に“過冷却”を引き起こし、氷になる水を魔法で創り出した。それに自動防御の魔法を重ね掛けして、いつ、どこから攻撃が来ても俺とミーナを守れる魔法にしていた。


「ちなみにこの氷の防御、エルフの弓矢でも防げます」


 今ならエルフ族最強のラエルノアが至近距離から矢を撃って来ても防御可能。


 俺がこの世界に来てから見た一番早い物理攻撃は彼女の弓矢だった。それに対応できるようになったので、獣人のパンチでも防ぐことは容易い。


 これでミーナを守れるってことは示せたかな?



「次は、俺の攻撃力をお見せしましょう」


 俺の杖、ハザクを構える。


「死にたくなければ、避けてくださいね」


「な、なにを言っている?」


 ド派手なのをやろう。


 全力で魔力を放出する。

 それを全て空へ。


水のディポート 粒よマイン止まれディフシーク集まれレゾフ──」


 空が暗くなる。

 

 俺の魔力で待機中の水分を凝固させ、一点に集中させた。



降り注げネフィーラ!」


 黒い雲から、巨大な氷塊が落ちてくる。


 俺の魔力で落下軌道を完全制御された超質量のひょうだ。


 それがダズ目掛けて一直線に落下する。


 しかし彼はその場から動こうとしない。


「ば、ばかな……。天候を変える、魔法使いだと?」


 降ってくる雹を呆然と眺めている。


「あのー。避けないと」


「ダズ! 逃げろニャ!!」

「──はっ!」


 ミーナの声で我に返った彼は、その場から大きく後ろに飛び退いた。


 その直後、高さ1メートルはある巨大な雹が、直前までダズのいた場所に突き刺さった。轟音が響き、衝撃で地面が大きく揺れた。


 その揺れで、俺たちの戦いを大きく囲んで見ていた獣人たちから悲鳴が上がる。


 ちなみに普通の氷だと割れて周囲に被害が出るかもしれないので、落下の衝撃でも割れない強度にしてある。あとの楽しみにも使えるように。



「どうでした? これで、俺がミーナに相応しいと認めていただけますか?」


 ダズのそばまで行き、地面に座り込んでいる彼に手を差し出す。


「み、認めます。疑いようもなく、トール殿は最強の魔法使いです。ミーナ様のお相手として、貴方以上の強者はいないでしょう」


「ありがとうございます! ミーナ、こっちに来て」


「はいニャ!」


 俺が呼ぶと、彼女は走ってやって来た。


 何かを期待するように俺を見上げてくる。

 

 俺が何をするつもりが、気づいてるみたい。



「ミーナ、俺と結婚してほしい」


「は、はいニャ!!」



 俺はこの日、ミーナと結ばれた。

 そして──



 元の世界には戻らないことを決意した。

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