第70話 温泉発見


「……この辺り、少し匂うニャ」


 一緒にこの世界に召喚された高校生たちのことを探すため、ファーラムという人族の国を目指している。


 その旅の途中、とある森の中でミーナが何かの香りに気付いた様子だった。


「どんな匂い? 魔物とか? 俺の索敵魔法は、まだ何も検知してないけど」


「いや、これは火山の匂いだニャ」


「火山ってことは、硫化水素かな」


「りゅうかすいそ?」


「一般的には硫黄の匂いって言われたりもする」


「いおうってのも、聞いたことないニャ」


 この世界ではまだ黒色火薬がないから、硫黄も需要が無いんだろうな。


「ちなみに硫黄ってのは無臭で、温泉地とかで卵の腐った匂いがするのって実は硫化水素が発生しているからなんだ」


「卵の腐った匂いなら分かるニャ! 今、ウチの鼻で感じたのは、まさにその匂いだニャ!」


 そうか。じゃあやっぱりこの付近に火山か温泉があるんだな。


「ミーナ、銀細工をいくつか持ってなかった?」


「うん、あるニャ。銀は魔力を通しやすいから、ウチが愛用する短剣にも装飾で銀が使われてるニャ」


「じゃあそれはしっかり布とかに包んで鞄の奥にしまっておいた方が良いよ」


「なんでニャ?」


「今から俺たちが向かい場所で硫化水素が発生してるなら銀が腐食する、つまり劣化しちゃう可能性があるんだ」


「えっ!? で、でも、銀って水に浸けても錆びたりしない強い金属だニャ」


「うん。確かに銀は水や空気とは反応しない。酸にもアルカリにも溶けない比較的安定な金属だって言われてる」


 硝酸や硫酸では溶けちゃうけど、今はその辺の説明を省略しても良いだろう。


「そんな安定な金属だけど、硫化水素がある空間では激しく硫化腐食が進むんだ」


「竜化ふしょく? なんだか強そうな名前ニャ」


「ドラゴンになるって意味の竜化じゃないよ。銀の表面を真っ黒にしちゃうことを言うんだけど、そうなったら魔力が通らなくなる可能性がある」


 低濃度の硫化水素による腐食は銀の表面を黒くする程度だが、硫化水素が高濃度環境で更に空気中の水分が多いと“銀ウィスカ”というトゲトゲを発生させることがある。この棘が魔力を通す上で問題になるかもしれない。


「魔力って基本的には同一方向に流れるから直流電流みたいなもんだけど、でもその性質は交流電流に近くて“表皮効果”がある」


「ちょくりゅうでんりゅう? こうりゅう、でんりゅ? ひょうひ……。えっと、まったく意味がわからんニャ」


「わかりやすくいうと、魔力って銀の表面を流れるんだ。そんで、硫化水素はその銀の表面にトゲトゲを発生させちゃう。そうなるとその棘で魔力が拡散されて、ミーナの短剣の場合は切れ味が落ちちゃう可能性があるんだ」


「えっ!? そ、それはヤバいニャ!」


 慌ててミーナが短剣を布に包み始めた。


「まだ俺が匂いを感じないくらいだから、それほど濃度は高くないから大丈夫だよ」


 ただ硫化水素の濃度が高すぎる場合も、ヒトの鼻は匂いを感じなくなる。致死量でも危険性を感じられないという超危険な気体。


 ミーナが匂いを感じて俺がそうじゃないなら、まだ硫化水素の発生源まで距離があるか、その濃度があまり高くないのだろう。適度な濃度の硫黄泉なら殺菌作用があるから、皮膚炎の症状軽減などが期待できるらしい。


 温泉があると良いな。


 そう期待して山道を進んでいく。




「この辺り、匂いが強いニャ」


「俺はまだ感じないけど……。あ、あれ、湯気かな?」


 岩場のそばで水蒸気のようなものが見えた。


 近づいてみる。


「おぉ、あたりだ! 温泉があった!!」


「おんせん。これ、おんせんって言うのかニャ」


 ミーナは温泉を始めて見るらしい。


 火山が危険な場所だという認識はあるようで、今回のように目的地があってそこに向かう途中で仕方なく通る場合を除き、獣人は硫化水素の匂いがする場所に近寄ることはないという。


 またこの世界では一般人が風呂にお湯をためて浸かる風習が無い。金に余裕がある貴族や王族の中で一部の物好きが異世界人の伝えた風呂に浸かる文化を楽しんでいるだけのようだ。


「温度は……うん、いける」


 入浴に適した温度だ。

 手に刺激などもなかった。


 問題なく入浴できる。


 特に自然でこの湯温になっているのはありがたい。熱いなら俺の水魔法で冷ませばいいが、せっかくの温泉が薄まってしまう。


 源泉かけ流しで入れるなんて素晴らしいじゃないか!



「えっ、なんで服を脱いでるのかニャ?」


「せっかく温泉を見つけたんだから、入らなきゃ!」


 異世界で露天温泉、最高ですね!


 周囲は俺の水魔法で索敵済み。


 もしこの場に魔族が攻めてきたとしても、俺が入れば温泉のお湯全てが俺の武器になる。だから問題はない。


「ミーナも入らない?」


 一応聞いてみた。


 猫獣人だから、お湯に全身浸かるのはもしかして嫌だったりするかも。


「……トールが入れっていうなら」


「無理にとは言わないよ。俺は大丈夫だけど、硫化水素の匂いがミーナにはキツいかもしれないし」


「それは大丈夫ニャ。このくらいなら平気だニャ」


 じゃあ、何がダメなのだろう?


 なぜかミーナがもじもじしている。


「えっと、ここは屋外だけどトールが魔法で見張ってくれてるから安全で、けっこう開放感があるから、その……。ウチが我慢できなくなるかもしれないけど、それでもいいのかニャ?」


 わーぉ。

 そう言うことですか。


 硫黄泉って皮膚からの吸収が良いから、のぼせやすい。


 だからあまり長くならないよう注意が必要だな。


 緊急時用の冷水も用意しておこう。


 

 ……よし、準備おっけー!


「おいで、ミーナ。温泉入って、気持ちよくなろ」


「──っ! はいニャ!!」


 ミーナが勢いよく服を脱いだ。


 温泉でするのって、なんだか興奮しますね。

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