第69話 ミーナ・ギャレット(3/3)
集団戦当日。
「ミーナ。俺を連れてきてくれて、ありがとな」
「……もうこうなったら、やるだけやってやるニャ」
何を言ってもトールが諦めようとしないのでミーナが折れた。
昨晩、トールは水魔法をいくつか使えるようになったが、それで敵を全て倒せるとは到底思えなかった。
トールは自分が足手まといになれば手首を斬り落とせと言っていたが、ミーナはそんなことをするつもりはない。
(もしトールが危なくなったら、ウチが強引に鎖から抜けて敵を倒せばいいニャ。この国の人族はあんまりウチのこと知らないみたいだから、片手が無くなっても油断しているうちに倒しちゃえばいいニャ)
彼女はそんなことを考えていたのだ。
しかしミーナの予想に反して、トールの魔法は敵の隊長を一瞬で殺してしまった。
「……えっ」
(な、なんニャ!? あのグルグル、人族の首を鎧ごと切断しちゃったニャ! 昨日、あの魔法に触ろうとしたウチにトールがすごく焦って注意してきたけど、あんなにヤバい魔法だったのかニャ!? てか、威力の確認ぐらいしろニャ!)
ミーナはぶっつけ本番で水魔法を使ったトールにキレていた。ただそれをこの場で口にすれば、敵に魔法を使ったのが彼だとバレてしまう。トールの集中を欠くかもしれない。だから彼女は大声でツッコミたい気持ちを必死に抑えた。
トールが威力確認をしなかったのには理由がある。この時トールが使った最強の水魔法“
前日、牢屋の中で発動させた時、彼は体感でこの魔法が連発できるモノではないことを知った。そして何かを斬ることで威力を確認しておこうとしたところでミーナがそれに触れようとしたので慌てて止めた。そうこうしているうちに魔法が解除されてしまったため、効果の確認ができなかったのだ。
なんにせよ、敵の隊長は倒せた。
ミーナも、これで戦況がこちらに優位になると思った。
しかし敵は動じなかった。
魔法使いがいることを一瞬で把握し、分散して攻撃を仕掛けてきた。
仲間の奴隷剣闘士たちが次々に殺されていく。
そんな中、トールが3発目の魔法で敵を倒した。
これで残りの敵は8人。
(こ、これなら、いけるんじゃないかニャ!?)
ミーナは何とかなると思った。
希望が見えたことで警戒が緩んでしまったのだ。
「ミーナ! 右だ!!」
「えっ」
(あっ、ヤバ──)
とっさに身を捻り、襲い掛かってきた騎兵の短剣からトールの身体を遠ざけた。
この戦いで重要なのは、魔法使いであるトールを守ること。
(……や、やっちゃったニャ)
わき腹が燃えるように熱い。
トールを守ることはできたが、ミーナが刺されてしまった。
(あー、これは。ダメなやつだニャ)
身体に力が入らず、その場に倒れる。
自分がもう助からないことが分かった。
(人族って、クソな奴ばっかだと思ってたニャ)
自分のことを心配して涙を流してくれる男の手に抱かれながら死ぬのなら、それも悪くないと思える。
「奴隷になって死ぬなんて、最低だと思ってたけど……。トールとお話しできて、良かったニャ。あとはトールさえ、生き延びてくれれば」
「いやだ、諦めないでくれ! 俺が何とかするから!! 絶対に助けるから!!」
(あぁ……。このヒト、かっこいいニャ。ウチが油断したせいでピンチになってるのに、まだ助けようとしてくれてるニャ。トールになら、ウチは)
人族から凶獣と呼ばれ、同族からも恐れられた。部下から畏怖の目で見られても、仲間を守れるならそれで良かった。異性との交遊は一切なかった。興味がなかったわけではない。ただ、身を任せても良いと思える雄に出会えなかった。
そんなミーナが、トールとなら男女の契りを結んでも良いと思っていた。
しかしその想いは、もはや叶うことはなさそうだ。
「もしかしたらウチのこれ、水として使えるんじゃないかニャ。トールに全部使ってもらえるなら、ウチは幸せニャ」
そう言って自らの血を差し出した。
もう、これが最期だから。
はじめて身体を許しても良いと思えた男に、言葉の通り全てを捧げることにした。
(トール……、勝って…生きてニャ)
そうして彼女は意識を手放した。
──***──
三日後。
(お腹がすいたニャ)
ミーナが空腹で目を覚ました。
「えっ、ミーナ?」
目の前に驚いた表情のトールがいる。
「あ、トール。おはよニャ」
(なんでかニャ? トールがちょっと、カッコよく見えるニャ)
この時のミーナは寝起きでボーっとしていて、自分が集団戦で刺されて死にかけていたことなどすっかり忘れていた。
しかしトールとの会話で、徐々に記憶が戻ってくる。
「ウチって、確か刺されて」
服を脱いで確かめるが、あるはずの傷がなかった。
全ての出来事が夢だったのかと思える。
「上級治療薬ってのを貰ったから、それを使った」
「えっ!? そ、それ凄く高い薬ニャ」
あの時の出来事が夢でなかったと知る。
それと同時に、彼への想いが膨らんだ。
(やっぱりトールが、ウチをあの地獄から助けてくれたんだニャ! あの状況から、いったいどうやって? で、でも今はそんなことより、何とかしてトールと──)
「ミーナはこれからどうする? 王都に行って住むつもりなら、統治者のオッサンが色々手助けしてくれるってさ」
なんとかトールと一緒にいたいと考えていたら、彼の方から問いかけてきた。
ただ彼の言い方だと、自分と距離を置こうとしているようにミーナは感じた。
(トール、ウチとはもうお別れするつもりなのかニャ? そんなの、嫌だニャ)
彼と離ればなれになると考えたら、胸が苦しくなる。
「……ウチ、結構強いニャ。トールが足手まといにならないなら、その辺の人族には負けないニャ」
あの状況から生き抜いたのだから、今のトールは自分より強いとミーナは理解している。それでも彼と一緒にいたいという思いから、口が勝手に動いてしまう。
しかしトールの反応は芳しくなかった。
(ウチくらいじゃ、戦力として連れてくメリットがないのかニャ? だったら──)
「夜の相手として連れてくのはどうかニャ? 身体は傷だらけだけど、トールのヤりたいことは全部させてあげるニャ」
やったことなどないが、精一杯の色仕掛けを試みる。
対面した人族や同族の雄が、自身の胸に視線を落としているのは気付いていた。それなりに雄の興奮を誘う身体であることは自負している。
ひとつ心配なのは、身体中に戦闘でついた傷があること。
(これを聞くのは、ちょっと怖いニャ)
「こんな傷だらけな獣人女じゃ、やっぱり嫌かニャ?」
旅に連れて行って欲しい。
これからもトールと一緒にいたい。
できれば彼と身体を重ねたい。
ゆくゆくはトールとの子がほしい。
そうした想いと、身体の傷が原因で拒絶されるのではないかという不安でミーナは泣きそうになっていた。
そんな彼女に対して──
「嫌なわけないだろ!」
トールは即答して、ギュッと抱きしめてくれた。
「ミーナ。俺の旅についてきてほしい」
「はい。よろしくニャ、トール」
彼の言葉を聞いたミーナは簡単に回答する。
しかしその内心は。
(やったニャァァァァァアア!)
全力で喜んでいた。
(えへへ。同族からはウチにつがいなんてできるわけないって陰で言われてきたけど、ついにウチより強い雄を見つけたニャ!! ぜっっったい逃がさないから、そこんとこよろしくニャ!)
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