第3章 水の研究者、勇者を還す

第65話 魔王の対勇者戦略


 数百年前、人族が放棄した国の王城にて──


「こ、これは……。なんと、あのイブロが」


 頭部に2本の大きな角を持つ魔族が憤る。彼から発せられた強い殺気で、周囲の壁に亀裂が入った。


「ネザフ様。いかがなさいましたか?」


 ネザフと呼ばれたのは魔族たちの王たる存在。そんな彼に仕える魔族が、王の機嫌を損ねた原因を把握しようとする。


「感じぬか? イブロが消滅した。場所はミスティナスの近く。しかも消滅したのは、アバとディルの兄弟も同時にだ」


「なっ!? さ、三体の魔族が同時に? 確かに彼らの気配は感じられなくなっておりますが……。消滅というのは、間違いないのでしょうか?」


 魔族は同族の存在を感じることができる。しかしそれは意識して能動的に把握しようとしなければできない。


 同族に何かあったと受動的に知ることができる例外は2体のみ。水魔法を使う最弱の魔族ハラシュと、魔王ネザフだ。


 ネザフはハラシュ、そして雷魔法を使うゼオルという魔族の消滅も把握していた。


 現存する魔族は魔王ネザフを含め8体。



「我も信じられぬ。しかしイブロたちが消えたのは間違いない。直前まで、かなりの魔力を放出していたから、何かと戦闘していたのだろう」


「では、此度の勇者はそれほどの実力を持つということですか」


「その可能性が高いな。異世界からやって来た勇者以外で、我ら魔族を倒せるヒトなどいないはず」


「では、いかがしましょう? 御命令いただければ、私が数体の魔族を招集して勇者討伐に挑みます」


「ふむ……」


 ネザフは考え込む。


 少しして、彼は王座から立ち上がった。


「まだ残っている魔族を全て招集せよ。我らの全力を持って、勇者を殺す」


「す、全てですか? 群れるのを嫌う者もおりますが」


「我とてそうだ。魔族としてこの世界に発生し、ひとりで何でもできるという全能感のままやりたいようにやって来た。しかしその結果、群れたヒトの力で2000年も封印されたのだ」


 魔王が静かに怒っていた。

 

 その強い怒りを感じ、配下の魔族は大人しく従うことにした。


 およそ2000年ぶりとなる王の帰還。そしてその王に、仲間を集めろと命令された。改めて考えれば、気分が高揚する。


 勇者さえ来なければ、1体で国を陥落させられる同胞がまだ8体もいる。更にその8体は、それぞれが数百~数千の魔物を率いることが可能。


 それらが全て集結すれば、世界を終わらせることなど容易い。


 恐れるものなど何もない。


 此度こそ世界を魔族のモノにすることができるはずだと考えられた。


 それができなかったのは、魔王のプライドが原因。


 しかし今回は、その魔王が集結しろと命令を下したのだ。



「ま、魔物はどうしますか?」


「集められるだけ集めよ。それらで絶えずヒトの住む国を攻め続け、勇者を疲弊させるのだ。いくつか国を陥落させても良い。勇者が身を潜められる拠点を潰してしまうのも有効だろう」


 2000年の封印期間は、魔王に対勇者戦略を考える時間を与えてしまった。


「しかしあまり時間は無いぞ。勇者たちがこの世界で活動を始めれば、ヒトの負の感情が薄れていく。そうなれば我らの力は弱まり、勇者の力は増してしまう」


「その点は重々承知しております。全力で準備に取り掛かります」


 かつて敗れた魔族たちが群れなかったのはプライドだけが原因ではなく、見つけ次第勇者と戦わなければならないという切迫感もあったからだ。


 

 現在、勇者はその身分を明かして活動はしていない。それでも世界の負の感情は減っていた。最も魔族の侵攻を受けているミスティナスで、魔族が二度にわたって退けられているのが要因だった。


 世界樹の森を燃やして攻めてきた3体の魔族がトールというひとりの人族に倒された。それによって国と世界の危機が回避されたと、世界樹はエルフたちに伝えていた。魔族の姿を見た者は少なかったが、激しく燃えていた森が信じられない規模の水魔法で消火されていくのは多くのエルフが確認していた。


 そのためミスティナスでは、英雄トールがいれば何とかなるという主張が広く受け入れられ、魔族に対する恐怖や絶望といった負の感情が激減しているのだ。



 ここで魔王にはふたつの選択肢があった。


 ひとつはイブロたちが消滅させられたミスティナスを攻めるというもの。そこを攻めれば勇者が出てくる可能性が高いと考えた。


 もうひとつは、あえてミスティナスを狙わないという選択肢。


「今回、ミスティナスを攻めるのは最後にする」


「そこでイブロたちが消えたのでは? 世界樹は勇者に強力な装備を与えますし、優先的に狙うべきかと」


「同胞が倒されているのだから、勇者は既に装備を揃えたと考えるべきだ」


「な、なるほど」


「戦力が集い次第、ミスティナスからもっとも離れた人族の国を攻めるぞ」


「というと、ファーラムですね」


「そうだ」


「承知致しました。魔界にいる魔物たちは私の能力でどこにでも召喚可能です。加えてヒトの世界にいる魔物を、ファーラム周囲に集結させます」


 こうして真の勇者であるケイゴたちが滞在する人族の王国ファーラムが、魔族たちの標的となった。

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