第64話 水の研究者 vs 魔族3体
ミスティナスの王都周辺に広がる森が激しく燃えていた。
「ふはははははっ! 燃えろ燃えろ!!」
イブロという魔族が周囲に炎をまき散らしているのだ。彼は火の魔法を使う存在ではこの世界最強。そんな彼の魔法を、アバディル兄弟が風魔法で強化する。
兄弟魔族の風に煽られ、イブロが放った炎は瞬く間に世界樹の森に広がっていく。
「これだけ火力が上がれば、頭上の世界樹にも届くか? アバディル兄弟、ちょっと手伝え」
「「御意!」」
イブロがターゲットを頭上に広がる世界樹の枝に定めた。上方に向かって膨大な魔力を放出する。
「
「「
周囲の森から炎が集まってきた。それが1本の柱となって、上へ上へと立ちのぼる。その周りを風が旋回して炎の上昇を助けた。
「……ちっ! これでも届かぬか」
炎の量は凄まじいものだったが、それでも世界樹には届かない。
「やはり根本から直接燃やすしかないな」
「そのようで」
「これだけの火力があれば、世界樹の結界は破れるでしょう」
イブロ単体の魔力であれば、世界樹の結果を超えられなかった。
しかし森を焼き、風魔法によってその炎を一か所に集約することで、これまで破られたことのないミスティナス王都を守る結界すら破壊可能な火力となっていた。
「行くぞ。我らの悲願は今宵実るだろう」
世界樹の森を焼く炎を引き連れ、イブロたちは王都の防壁へ向かった。
「ん……。あれは、人族? それに獣人か?」
王都防壁の外にエルフではない男女が立っていることにイブロが気づく。
「なぜこんな場所に」
「まさか、勇者が?」
強烈な火炎を背後に引き連れて迫ってきたと言うのに逃げる様子もなく、まるで自分たちを待ち構えているかのようなふたり。彼らを見てイブロたちは足を止めた。
「貴様ら、何者だ? なぜ逃げない」
「逃げる必要がないから。俺はここで、お前たちを止める」
トールが杖を地面に突き立て、ここから先は通さないという意志を示す。
「その杖、魔法使いだな。魔力量はそれなりにありそうだが、その程度で我ら魔族を前に粋がるとは。後悔しながら死ぬが良い。お前たち、殺れ」
「
「
イブロの両脇に控えていたアバディル兄弟が風魔法を発動させる。
数十人の騎士をまとめて切り刻める威力の魔法だったのだが──
その魔法はトールに当たらなかった。
「わ、我らの魔法が」
「かき消された、だと?」
「わー。これ、すごいニャ!」
魔具師ガロンヌが発明した魔法を無力化してしまう魔具。その機能を盛り込むことに成功した鎧は、どんな魔法使いの攻撃も通さない。
しかし魔族の魔法ともなれば、そう簡単には防げない。一般的な魔法使いと魔族では魔法の威力に差がありすぎる。
そこでミーナは魔族が放った魔法の核となる部分に自身の魔力をぶつけて弱体化させ、更に魔法無効化の効果を持った鎧で殴りつけることで魔族の魔法を消滅させた。
拳に魔力を留め、殴りつける瞬間にそれを放つことが可能な彼女だけがこの神業を成し遂げることができる。
「あの、ミーナさん。俺の出番は?」
魔法を発動させるより早くミーナが動いたため、トールは詠唱もしていなかった。
「あっ、ごめんニャ。ウチも初めてこの鎧の性能を試せるってなって……。ついやっちゃったニャ。あとは見ておくから、トール頑張ってニャ」
「はーい」
トールが杖を構える。
その瞬間、イブロたちは言いようのない恐怖を感じた。
「な、なんだこれは?」
「身体が、震える」
「えぇい、落ち着け。所詮ただの魔法使いだ。聖剣を持った勇者でないのは明らか。そんな奴に、我ら魔族が恐れることなど何もない! 我の魔法に合せよ!!」
「は、はい!」
「いけます!!」
イブロは防壁前に立つトールごと、世界樹が展開している結界を破壊するつもりで魔力を高めた。そしてここまで森を焼きながら増やしてきた炎を一点に集中させ、トールに向けて放つ。
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「「
魔族三体が全力で魔力を注いだ魔法に加え、森が燃えて発生した大量の炎がトールに襲い掛かる。
「
地面から大量の水が染み出し、壁となって炎からトールとミーナ。そしてミスティナス王都を完全に守り切った。
地面から湧き出した水は今日の昼頃、トールが魔力を混ぜ込み自由に操作できるようにしておいた地底湖の水。
地面に染み込んだ水を操作できる魔法使いは存在しない。しかしあらかじめ水操作で意図して地面に侵透させた水なら好きなタイミングで操ることが可能だった。
それに気付いたトールは、地底湖の水を対魔族用の武器として活用した。
「王都の全周を覆えるだけの水量を確保してたんだけど……。もう終わり?」
魔族たちの全力攻撃を、トールは余裕を持って防ぎ切った。
というより、余裕過ぎた。
ミスティナス王都を守るため、魔力を通して操作できるよう準備した水の100分の1も使っていなかったのだ。
「なん、だと──」
「馬鹿な、人族があの魔法を防ぐなんて」
「な、何かの間違いだ!!」
アバとディルは次の攻撃をするために魔力を放出した。
しかし彼らを率いてきたイブロは、自身の力だけでは絶対に出せない威力の魔法を防がれたことで唖然としてしまい、動けないでいた。
それは絶対的な隙を産む。
世界樹の枝は世界最高の魔力変換素材。それが芯に使われた杖──名をハザクという。それには使用者の魔力との親和性を高めるため、水魔法を使う魔族の角も素材として組み込まれていた。
水魔法に特化した最強の杖ハザクを、トールが前方に掲げる。
杖の性能を最大限に活用し、世界樹から送り込まれる潤沢な魔力をすべて魔法に変換した。
王都を炎から守るために使った大量の水を、そのまま攻撃に転用する。
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イブロたちがいる左右に水が集まり、超高密度に圧縮される。
それは二枚の巨大な水の壁となった。
三体の魔族はその異様な光景に圧倒され動けない。
トールが杖から手を離す。ハザクは彼の前で自立して浮いている。
既に魔法は完成していた。
あとは発動のトリガーを引くだけ。
トールが手を胸の前で広げる。
「
彼が勢いよく手を叩くと、二枚の水の壁は超高速でぶつかり合い、その間にいた魔族たちは声を上げる間もなく一瞬で叩き潰された。
それは10メートル級の津波で発生する破壊力を凌駕する威力があった。鉄筋コンクリート製の建物を容易く破壊する力である。
あまりの衝撃で、頑丈な魔族でも身体がバラバラになっていた。とはいえ、これでも魔族はまだ復活する可能性があった。
当然トールもそれを知っている。
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正方形に維持された水の中で一部の水が高速回転し、バラバラになった魔族の肉片を更に細かく切断していく。それも魔族の血に含まれた魔力を使うので、魔族たちが死ぬまでこの魔法が解かれることはない。
「これで終わりで良いのかな? 隠れてる魔族とか、いないよね」
「ウチが気配を感じ取れる範囲には、強そうな奴はいないニャ」
『私も大丈夫だと思います。というか、やっぱりトールさん強すぎですね。あとミーナさんも。魔族の魔法を打ち消しちゃうって……。なんでそんなことができちゃうんですか?』
トールは異世界人だから、女神から受け取る特殊なスキルやこちらの世界にない知識で強くなれるというのは世界樹もまだ理解できる。しかし獣人が魔族の魔法を防いだというのが信じられなかった。
「確かに、ミーナって強いよね」
「そうニャ。その辺の人族には負けないくらいには強いって、前に言ったニャ。魔族の攻撃を防げたのは、ガロンヌさんの鎧のおかげニャ!」
トールと世界樹が聞きたいのは、どうやってそれだけの強さを手に入れたのかということだが、今はそれを聞いている余裕がないようだ。
『あっ、トールさん! 森の炎が迫って来ています!! これも何とかできませんか? このままじゃ、エルフたちが暮らせなくなります』
魔族は倒したが、そいつらが森に放った炎は森を広がり、ミスティナス王都を取り囲んでいた。放置すれば辺り一帯が不毛の地となってしまう。
「地底湖の水、全部使っていい?」
『ぜ、全部ですか!? ……仕方ありませんね。私の末端が一部枯れるかもしれませんが、森が全てなくなってしまうよりマシです。やっちゃってください!』
「りょーかい!」
トールが杖を高く掲げた。
魔族たちを倒した時以上に集中する。
「
地面からしみ出した水が塊となり、森へ飛んで行った。
これは火を自動追尾する水魔法。
対象となる火を消せば、蒸発しなかった分の水はまた別の場所の火を消すために移動する。そんな水の塊が大量に放たれた。
次々と火が消されていく。
10分もしないうちにすべての消火が完了した。
『すごい……。あれだけの火災が、もう消されるなんて』
「大量の水を押し流せばもっと早く消せたけど、それをするとまだ生きてる木々もなぎ倒しちゃうから。ちょっと時間かけちゃった」
『時間をかけたって、あれで?』
ヒトの手ではどうしようもないと思えるほどの災害を防いだだけでなく、彼は複数ある選択肢の中から最善のものを選んでいたのだ。
『……もう、トールさんが勇者様ってことで良いですよね?』
「俺は勇者じゃないよ。ただ勇者の召喚に巻き込まれただけ」
『それでも、私の中ではあなたが真の勇者様です。今回も私とエルフ族を守って下さり、本当にありがとうございました』
「うん。それじゃ、いつものよろしく」
『いつもの、とは?』
「俺らをここに召喚したでしょ。魔族はもう倒したんだし、俺たちが泊ってた宿まで送り還してよ」
『……いやです』
「えっ、なんで!?」
『トールさんとミーナさんは救国の英雄です。もてなされるべきです。王族によく言っておきますので、エルフたちからも感謝されてください。さぁ、王城まで来てください! お待ちしてますよー!』
そう言って世界樹の声が聞こえなくなった。
「えっと、どうする?」
「トールは3回もこの国を守ったから、そろそろ褒められても良いと思うニャ。だけど……。もし美人エルフたちに鼻の下伸ばしてたらウチは全力で
「なら大丈夫かな。俺はミーナ一筋だから」
トールはミーナの手を取り、彼女の頬に軽くキスをした。
「今日の俺、どうだった?」
「カッコよかったニャ! やっぱり戦ってる時のトールの真剣な顔は最高だニャ」
「ありがと。これからもこんな感じで魔族を倒すよ。ミーナを危険な目には合わせない。だから、俺の近くで応援よろしくね」
「はいニャ!!」
ふたりで少しイチャついたあと、彼らは王都へ向かってゆっくりと歩いて行った。
【お知らせ】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第2章完結です。
引き続き、最終章を書いていきます。
トールは無事に勇者たちと会えるのか。
彼らを元の世界に送り還すことができるのか。
それから、魔族に取り込まれた興行師に復讐できるか。
お楽しみに~。
よろしければ作品フォロー、★での評価などよろしくお願いします。
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